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2E 迷宮の悪意

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 E-1  儚が代表代行 代表を儚に頼む
 E-2  紅葉狩りと火事 火事現場で子供と老人を助ける
 E-3  民主派対宗教派 宗教派が誘拐
 E-4  迷宮の悪意 昔の悪意の生き残り  幽機能で消す
 E-5  地震の救援 家の下敷きになった人を助ける
 
 
 E-1  儚が代表代行
 
久し振りに儚から電話がかかった。嘉紀も、儚に頼みたい事が有った。
「山臥さん、お茶飲める?」
「今日は飲めるよ。」
「分かった、駅前の喫茶店に居るから。」
十分余りして、嘉紀がその喫茶店に現れた。
「久し振りだな?  一週間程、バイトに詰めてた。」
「山臥さんは、バイトをしなくても、お金に困って無いでしょう?」
そんな事より、儚に頼みたい事が、嘉紀には有った。
「あれは実践訓練なんだよ。それより儚に頼みが有る。」
「なんの話なの?」
「僕の仕事は、大体分かっただろう?  これからは、儚に代表を頼みたい。」
儚は、しばらく考えていたが、改めて嘉紀に話し掛けた。
「大体は分かったけど、難しい物も有りそうだよ。」
「普通は僕も参加しているから、大概は対応出来る。たまに用事で抜けるけど。」
「何の用事が有るのよ?」
「最近、僕達の仕事を覗く奴が居る。そう言うのを探る。」
儚も、普段は嘉紀が居るのなら、何とか、なりそうだと思った。
これから、このグループの表面的な代表は、儚になる。


 E-2  紅葉狩りと火事

「それはそれとして、山臥さん、秋も終わりだね、紅葉は、まだ見られるかな?」
「山の上とか、寒い所は無理だけど、谷川とかなら、まだの所も有るよ。」
そう言えば、最近遊んでいなかった。少しは、気晴らしもしたいところだ。
「お弁当持って、何処かへ遊びに行こうよ。」
「それなら、早く行かなければ寒くなるよ。今度の日曜にでも行こうか?」
ちょっと、寒くなって来たのだが、紅葉の所も有る。
「うん、日曜日だね?  それでいい。」
「それじゃ、仁美も誘って見て。出来れば三人で行こう。」
「分かった、誘って見る。」
仁美も、日曜は暇していた様だ。一緒に行くと言う。
「寒いかも知れないから、温かくして来てよ。寒いと楽しめないよ。」
「土曜日に、お弁当の食材を買いに行く。山臥さんも、お茶を飲もうよ。」
儚、嘉紀、仁美の三人は、同じ学校で同じ組だ。放課後、三人で買い物に行く。

その土曜日、三人は、まず喫茶店に寄った。
「山臥さん、例の仕事は、中学の頃から独立したと言ったわね?」
「そうだよ。」
儚が、嘉紀の仕事について、色々と尋ねている。
「一人で、どんな事をやってたのよ?」
「今より、簡単な仕事だよ。助けるのも一人が多かった。」
「それでも、一人じゃ、やりにくく無い?」
その時、サイレンの音が鳴り響いた。
「何か、外が騒がしいわね?」
「お客さん、直ぐ側で火事です。早く逃げて下さい。」
「仁美、これでお金払って、後から来て。」 
儚は、仁美にお金を渡し、慌てて外に出た。二軒隣で火が出ている。
「儚、中に人が残って居ないか、幽視で覗いてみて。」
そう言いながら、嘉紀も、近くの人に尋ねている。
「子供が残っているかも知れない。」
「二人足りない。多分、あの部屋の筈。」
儚は、その家を幽視する。二階の部屋に三人居るが、火が大分回って居る。
しかし、そこに行くには壁が邪魔だ。儚は…彼等を隣の部屋に、幽力で転送した。
「山臥さん、右の部屋に移したから、そこにお願い。」
儚は、髪を崩しメガネをかけた。そして、そこに有ったバケツの水を頭からかぶる。それを見た側の男が、注意を促す。
「お嬢さん、今からでは遅い。やめなさい。貴女の命が危ない。」
それを、聞き流した儚は、部屋に飛び込んだ。その後ろに嘉紀も続く。
しばらくして、右の窓から顔を出した儚は、後から来た仁美に布団を放った。
「仁美、この下に敷いて。子供を紐で降ろすよ。」
「わかった。降ろして。」
儚は、小さな子供を、紐でぶら下げた。
「もう一人、子供を降ろすぞ。受け止めてよ。」
嘉紀も二階に上がっている。
「了解。降ろして。」
嘉紀は、部屋に引き返し、年寄りを一人抱えて来る。
「仁美、そこを空けて。飛び降りるぞ。」
「分かった、飛び降りて。」
子供を近くの人に渡した仁美が、布団を直す。すかさず、嘉紀が年寄りを抱いて、飛び降りた。それに仁美が、バケツの水を振りかけた。階段は完全に火が廻っている。儚も窓から飛び降りた。それに仁美が水を被せる。

「山臥さん、年寄りを抱いて飛び下りたのは、目立ち過ぎたね?」
「儚だって、二階から飛び下りた。当分近くで事件が無い事を祈っている。」
「今回は、仕方が無いわよ。誤魔化す時間も無かったし。」
儚も仁美も、髪を崩してテールにしている。その上、頭から、水をかぶっている為、よく見ないと、誰だか分からない。
「騒ぎに紛れて引きあげるぞ。ちょっと派手にやり過ぎた。」
「分かった。」
現場を離れた儚たちは、少し離れた洋装店で服を買い、着替えもさせて貰った。
我に帰った大人達が、子供を助けた少女達を探したが、どこにも居なかった。
明くる日の新聞に、子供が助かった事を書いて有ったが、詳しい内容は出なかった。
その次の日三人は、料理屋の弁当を買い、近くの谷川へ、紅葉見物に出かけた。
「昨日は大変だったね?」
「子供を紐で吊り下げたり、年寄りを抱いて二階から飛び降りたり、大活躍だ。」

「あれでは顔を出せないね?  只では済まないわ。」
「儚が二階から飛び降りた事だけ取っても、あれも人間業では無いものね?」
「私達のする事は、どれも、顔を出せないけどね?」
紅葉は、まだ充分キレイだ。谷川を流れる、紅葉の風情も中々で有った。
三人は、久々に、心を洗われる気分になった。
「ああ、弁当が美味しい。子供が助かったのは、良かったね?」
「全く、近所での事件は勘弁して欲しいよ。介入しない訳にもいかないし。」
「近くだから助けられたのよ。良い方に取らないと。」
「それは、そうだったね?  喜んで置こう。」


 E-3  民主派対宗教派

「このあいだから、誰かに窺われている。その頻度が多いのは、SSSからの情報漏れが有るかも知れない。それを確かめたい。」
「どうやって確かめるのよ。相手もプロでしょうに。」
「僕も一応プロだからね?  窺ってる奴を逆に辿る。儚、三日程留守にするけど、留守番を頼むよ。」
「うん、細かい仕事なら、仁美に手伝って貰って、済ませて置く。」

間の悪い事に、その明くる日、組織から電話が掛かった。東南アジアの小国で、誘拐事件が起こった。その国は、民主主義を掲げて居るが、ある宗教派が、かなりの影響力を持っている。その宗教側が、民主派の役人を連れ去った。
「仁美、手伝ってくれるかな?」
「何なの?  山臥さんは、どうしたの?」
嘉紀はその頃、DH社の密偵を追跡していた。
「山臥さんは、他の仕事中。このぐらいの事は、私達で片付けて置かないと。」
儚は仁美に、内容と作戦を話した。今から、それを実行に移す。

儚と仁美は、その小国の寺院を観光している。怪しい素振りが見える。
それが見張りに捕まった。見張りを投げ飛ばし、二人は逃げる。
「儚、早過ぎ。今から私が、けつまずくから。」
程なく仁美が地面に転ぶ。儚は、仁美を助ける振りをして、仁美の腕を掴んだ。
「捕まえたぞ。お前は何者だ?」
「ただの観光客です。助けて下さい。これを差し上げますから。」
儚は、兵士に金を掴ませる。その兵士は正義感の強い奴だった。それで余計に怪しまれた。結局二人は、牢屋に放り込まれた。
その夜二人は、かんざしに模した金鋸で、鍵を壊し逃げ出した。しかし、逃げ切れずに捕まった。
「こいつ等、何か怪しい。重罪犯の牢屋に入れて置け。」

「やっと一歩進んだ。向こうの部屋に居た人が、誘拐された人だね?」
「写真の顔と一致するわね?  もう少ししてから動こう。」
儚と仁美は、無理矢理に捕まった様だ。夜もふけてから、二人は動いた。
鍵を能力で壊し、牢屋から出る。その儘、身を屈めて進み、目的の部屋に着く。
その人を再確認して、その牢から、誘拐された役人を連れ出した。
「静かにして下さいよ。逃げますよ。」
怖がって渋る役人と共に屋外に出る。あと百米の所で、見張りに見つかった。
儚は保護幕を展開する。今日は、儚と仁美で力押しになる。取り敢えず、能力は保護幕で誤魔化せている。
「この中に居る限り、命は保証します。絶対出ない様にして下さい。
三人は、何とか密林に逃げ込んだ。それから二十分、密林を逃げ廻った。
「疲れたー。何とか逃げられた。」
儚は、本当に疲れた様子だ。
「自分達だけで、目的は達したけど、本当に疲れた。」
「山臥さんの苦労が、よく分かった。」


 E-4  迷宮の悪意

「山臥さん、東南アジアの某国で、洞窟の事件だよ。」
「洞窟がどうした?」
組織の話によると、洞窟に入ったまま、帰って来ない人達が居る。それも、同じ様な事件が、三件も重なった。
初めに入ったのは、洞窟探検家達だった。それが、いつになっても帰って来ない。
「何か事故でも有ったのか?  探して見よう。」
ところが、探しに行った者達も、帰って来なかった。それも二組である。地元の人達も、さすがに、危機感を持った。

「何か、胡散臭い話だね?」
「だけど、全部で三組だよ。流石に嘘では無さそうだよ。」
儚と仁美が、感想を述べている。
「噂だけの話なら、国連の下部組織にまで、連絡は来ないだろうよ。」
「現場に行ってみるしか無いわね?」
「しようが無い、準備をしよう。依頼は依頼だよ。」
「明日の朝から動くから、準備をしておいて。」
次の朝、嘉紀は組織の車で、儚の家の近く迄、迎えに行った。
それから九時間、東南アジアの現地に着く。
「この洞窟がそう?  何でも無い洞窟の様だけど。」
「中に入って見なければ、何が有るか解らないよ。」
その洞窟は、入口こそ普通だったが、少し奥に入ると、枝道は多いし、細い所や、登りや下りも多くて、複雑な様相である。
「儚、幽視してみて。これでは、どっちに進んで良いのか、全く解らない。」
「この枝が、一番太い道に繋がっている様だよ。」
儚が、一本の枝道を指し示す。その穴を、百メートルばかり進んだ所で、儚が突然立ち止った。
「何かおかしい。変な気配がする。」
「それなら、気配を確認しながら、ゆっくり進もう。」
「私も、目眩がしそう。何か有るね?」
今度は仁美が報告をする。周囲には、石を積んだ建造物の残骸が見える。
そんな事を話しながら、もう百メートル程進んだ。
突然、皆んなの頭に、悪意が響いた。
「何なの、この気分は?  頭が狂いそうだよ。」
「皆んな、他保護に切り替えて、悪意を消去して。それで少しは止まる筈だ。」
「本当だ、随分と楽になった。」
やはり此処の壁にも、建物の残骸が見える。その悪意は、完全に消えた訳では無いが、他保護で殆んど消えた。そう思った途端、その悪意が強くなった。
「いけない。悪意の攻撃が来る。幽力に切り替えて。」
「何なのよ、いったい?」
皆んなに向かって、凝縮された悪意が襲う。
「ううーん、危なかった。かなり強い悪意だったね?」
「あの悪意の原因が、相当攻撃的な念だったんだろうね?」
三人は、幽力のお蔭で持ち堪えた。他保護機能では、危なかった様だ。
「もう少し奥へ入るよ。行方不明の人達は、何処に行ったんだろうな?」
「あっ、この先に、人間らしいものが見える。何人か転がっている。」
幽視をしていた、儚が叫んだ。
その少し奥の方に、何人かの人達が転がっている。儚は、その人達の脈を見ている。
「大丈夫。心臓は動いている。気を失っただけらしいよ。」
「突然の悪意に、対応仕切れなかった様だね?」
「多分、そんな事だろう。」
儚は、その人達が生きている事を確認した後、洞窟の奥を幽視していた。数十メートル先にも、何かが転がっていた。
「あそこにも、人らしいものが見える。ちょっと行ってみる。」
「私も一緒に行く。」
儚と仁美が、奥の方に向かっている。
「やっぱり人だ。こちらも息は有るよ。」
脈を取っていた、仁美が言う。その辺りにも、建造物の残骸が見える。
「もう少し奥へ行けるか?  もう一組入った筈だ。」
嘉紀の言葉に、儚が動いた。
「頑張って行ってみるわ。仁美、この人達をお願い。」
「了解。無理をしないでね?」
儚の言葉に、仁美が答えている。儚は、多少悪意を感じて居るのだが、動けない程ではない。そのまま進んで、右に曲がる。そこにも、一団の人達が倒れていた。やっぱり、気を失っては居るが、皆んな生きていた。
「こっちにも居るよ。皆んな生きてる。」
「気を失った状態で外へ運ぼう。起こしたら苦しむ。外で介抱しよう。」
それからが大変だった。三人で、倒れた人達を外に運び出す。外には、他の人達がたくさん集まっている。介抱を頼んで、儚達は、洞窟の調査を続行する。
もう少し奥へ入って見たが、他に人は居なかった。しかし、この悪意は何だろう?  
消して置かないと、知らずに入った人に被害が及ぶ。
儚たちは、幽力が使えるので、悪意は消えるが、普通の人は危ない。この探検家達の様に気絶する。原因が分かる迄は、この洞窟は進入禁止にするしか無い。

「山臥さん、この前行った洞窟だけど、あのままでは危ないよ。」
儚は、あの洞窟の悪意は、危険過ぎると言う。嘉紀もそれは感じて居た。そんな所へでも、冒険者は入ろうとする。
「それについては、僕もそう感じている。解決方法も考えた。」
「あんなもの、どう解決するのよ?」
あの洞窟の悪意は、昔に出来た悪意が、生き残ったものだろう? 今は建物の残骸しか無いが、その昔には、暮らせる程には、建物が残って居た。
そこに住み着いた盗賊達と、他の誰かが、争いをやっていた。その悪意が、あの洞窟に染み付いた。それが、あの探検家の侵入で浮き出した。それに当てられて、探検家達が気絶した。
「あれは、僕達の幽体機能で、消去する事が出来そうだ。」
「幽機能に、そんな力が有るのかな?」
嘉紀は、儚に解説した。
「幽体機能は、基礎能力の十倍以上の力がある。」
「やって見ないと解らないわね?  今度三人で、やってみよう。」
そんな話をして、その日は別れた。今度の土曜日に実行する。
「揃ったか?  瞬間で跳ぶよ。」
「あれ、もう着いた。山臥さん、そんな能力が有ったんだね?」
「あれは幽体移動だ。一度行った所なら幽体機能で飛べる。」
それからが又大変だった。建物の残骸に隠れた悪意の想念を追い回した。
人の肩に乗ったり、地べたに這ったり、悪意の元を消去して廻った。逃げる悪意も追い回した。攻撃的な悪意も有る。
「何とか終わった。しかし、あそこの建物は、残っていれば、まるで迷宮だね?」
「何か複雑な感じたったね?」
儚も仁美も、今回は相当疲れている様子だ。
「儚、念の為に、最大規模の幽体機能を放射してくれ。悪意が広過ぎた。」
「分かった。仁美も手伝って。幽体放射!」
「幽体放射!」
儚に合わせて、仁美も唱和する。
今回使った幽体機能も、組織には秘密にしている。こんな能力が知られると、大騒動になる。


  E-5  地震の救援

ある日、儚の携帯電話に、組織から電話が掛かった。最近は儚がSSSの担当になっている。嘉紀は、その補助を担当する。
「山臥さん、組織から連絡が有った。地震で閉じ込められた人が居る。」
「地震で救援要請って珍しいな?  仁美も要るな?」
「仁美に電話をしてみる。すぐ後から連絡する。一度切るわよ。」
直ぐに儚から電話が入った。国内なら仁美も出られるそうだ。
嘉紀は、組織の車で近所まで迎えに行く。
「来たよ。出られるか?」
「もう出た、すぐ行く。」
電話が切れた直後に、儚と仁美が現れた。そして嘉紀の隣に乗り込んだ。
現地は、中部地方の小さな町だ。地盤が弱く、その町だけ被害が大きい。
ビルの壁が倒れ掛かって助けられない。ビルが倒れそうで、重機も使えない。
儚たち三人は二時間で現地に着いた。嘉紀は、二人に数枚のシートを渡した。それとなく、理由を付けて、現場にシートを置く。穴を空ける現場を、隠す為の小道具だ。
「僕はここを片付ける。二人は他を頼む。後で手助けに行く。」
「了解。」
嘉紀は現場を見た。穴を開けて、人を助けるのは可能だが、穴を空ける現場は見せられない。嘉紀は、シートを、コンクリート壁の前に掛けた。
「私達も手伝います。何をしたら良いですか?」
ボランティアの人達だろうか?  数人の男達が寄ってくる。
好意から、言って居るのは分かるのだが、目線が邪魔だ。それに、素人は危ない。
「済みません。危ないので、下がって下さい。」
「そんな訳には行かない。他人に任せて、何もしない訳には行かない。」
「好意は分かるのですが、危ないので下がってて下さい。」
「貴方達だけに任せて、私達がひく訳にはいきません。」
「そうですか?  それでは、これ迄ですね?  貴方方の命迄、責任を持てません。」
嘉紀は、そう言って、道具やシートを片付け始めた。
「あのう、どうされるんですか?」
「他の子達の、手伝いに行きます。」
「ここは、どうなるんですか?」
「あなた方の責任感に感動を覚えました。頑張って下さい。」
そう言って、嘉紀は、そこを離れた。
「困ったな、どうするよ。重機で穴を開けるか?」
「あの場所では無理だって。重機ごと潰されるよ。」
「あいつに任せて置けば、余分な命は奴一人で済む。」
「そう言われてもなあ?  俺達の協力は、認めてくれないよ。」
嘉紀は、さっさと、その場を去った。
嘉紀が、儚の所に行くと、そこでも揉めている。
「どうした。助けたのか?」
「まだだよ。この人達が邪魔をするから、仕事が進まないのよ。」
「何と言う言い草だ。俺達も協力しようと言ってるのに。」
「それが邪魔なのよ。あんた達の命まで責任は取れないよ。」
「まあ、火が近づくまで議論をしていて。仁美を見てくるわ。」
嘉紀が仁美の所に行くと、仁美も、怪我人を見ながら議論の最中だ。
「どうした、仁美。片付いたか?」
「仕事が出来ないのよ。ボランティアに邪魔をされて、動けないのよ。」
「邪魔とは何だ?  協力をしようと言ってるのに。」
「わかった。三人共同じ状況だ。組織に断るわ。」
嘉紀は、自治体の責任者に、仕事を断った旨を説明した。
「それは、困るんですが?  何とかなりませんか?」
「そばに居られると命が危ないと、幾ら説明しても、分かって貰えないのです。そんなに沢山の人を、私達は護れません。だから中止したのです。」
嘉紀は、現状を組織に連絡して置いた。組織から嘉紀に電話が来た。
「どう言う事ですか?  仕事が出来ないとは?」
「簡単な事です。手伝うと言って、現場に居座られています。私達は、下敷きになった人より、何倍もの命を掛けられています。その人達の命まで護れません。それなら断った方が、犠牲者が少なくて済みます。」
嘉紀は、現状を説明しておいた。
「分かりました。もう少しだけ待ってて下さい。」
組織の担当者は、自治体の長に電話を入れた。
そして、嘉紀の言い分を説明した。自治体の長も、納得せざるを得なかった。
その頃、嘉紀は、二人を呼び寄せて、話し合っていた。
「皆、手伝わなかったと言う非難が怖いのよ。それで、側から離れないのよ。」
「そう言う事だよな?」
その後、組織の電話で、すったもんだの末、皆んな現場から引き上げた。
「やっと自由に動ける。現場に戻るぞ。」
儚は、嘉紀の現場で、影響の少なそうな所に、ギリギリ人が通れる穴を空けた。嘉紀が、その側でビルの崩壊を防いでいる。嘉紀達がそこに残れば、崩壊は防げる。
そのあいだに、儚が被害者を助け出す。
「次は儚の現場だ。」
「山臥さん、そこを支えて居てよ。」
「大丈夫だ、作業を進めて。」
嘉紀が建物の残骸を支え、その間に儚が、被害者二人を助け出す。
「後一つか?  急いで応援に行こう。」
どの現場も、他の者が建物を支えなければ、被害者を助け出せない。その建物を支えるのは、普通の人達では無理なのだ。その説明が出来ないので、いつも苦労をする。
仁美の現場も、同じ様な状況だった。
儚と嘉紀が、ガラクタを支え、仁美が怪我人を助けだす。ここは一人だけだった。
「やれやれ間に合った。もう少しモタモタしていたら、火が来る所だった。」
「小さな町で良かった。もっと多かったら、手の付けようが無かったね?」
「そうだよね?  人の目が多すぎて、思い切った事が出来ないわね?」
「被害者が多いと、僕達の素地を出しても、助け切れないよ。」
「そうだよね?  とても廻り切れないよね?」
いつもの如く、儚たちは消えた。顔を化粧で誤魔化して、素顔は見せていない。
メディアから、記者会見の要望が有ったが、肝心の人間は居なかった。
何処の誰かと聞かれたが、自治体も知らされて居ない。
SSS は、メディアの要望を受け付けなかった。救助者の個人情報も護られるのだ。
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