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2V 大学退学

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 V-1  皇太子誘拐 アフリカ戦地の中
 V-2  大学交流会 出席の予定が崩れる  三回も仕事と重なる
 V-3  洞窟岩盤崩落 四国中央
 V-4  大学退学


 V-1  皇太子誘拐

儚と嘉紀は、街の喫茶店で、お茶を飲む。
儚、仁美、嘉紀の三人は、同じ街で住み、大学も同じである。
その喫茶店は、高校時代からの、お馴染みであった。
「山臥さん、久し振りに、ゆっくりしたね?」
「本当だね。しばらくバタバタしてたから、お茶も飲めなかったな?」
嘉紀は、入学式の日も外国へ行った。その上、学長に呼ばれたり、学生連合に追い回されたりと、うるさい日々だった。
「学生連合の奴等は、諦めたかな?」
「いや、三人も断られた事は無いからね?  慌てて居ると思う。」
「一番の山臥さんに抜けられると、勝手が違うよね。 おまけに、その下の二番も三番も、抜けてしまったしね?」
「それでも、喜んでやってくれる人も居るから、大学は困らない筈だよ。」
「まあ、その人達には、私達も感謝しなければね?」
こんな、のんびりとした生活も、長くは続かなかった。組織から電話が掛かった。

「今度は、アフリカの戦争の真っ只中だった。ある国の皇太子が誘拐された。」
「偉い人が、何故そんな所を、うろちょろしてるのよ?」
「放って置く訳にもいかないし、組織の直行便で今晩から行く。誰が行ける?」
「声を掛けて見るけど、何時間掛かるかな?」
「途中で、車に乗り換えて、丸一日の行程になる。」
アフリカまで、飛行機で20時間、車が4時間ぐらいになる。行くだけで疲れるが、誰かが、やらなければならない。急な仕事だったが、仁美以外は全部行ける。
「仁美だけ、連絡が取れなかった。」
儚が答える。
「それで充分やれる。今晩の八時頃に集合しておいて。」
それ迄、四時間、ご飯を食べて風呂も入れる。
「山臥さん、仁美と連絡が付いた。どうする。」
儚から、仁美の事で電話が掛かった。
「行けるのなら、誘って置いて。」
「分かった。」
結局、全部で行く事になった。五人全部でやるのは、久し振りである。
その日の夜に出発して、翌日の夜に現地に着いた。
ついその先は戦闘地域で有り、皇太子が拘束されて居るのは、まだ先である。
そこまで八キロ程ある。歩くには遠いし、戦闘地域も有る。
「そこまで、どうして行くかだが、夜の内に、行ける所迄は行って置きたい。」
「敵兵と同じ服が要るのと、似たようなジープが要るね?」
それを、現地の人達に尋ねたところ、元々同じ軍隊が分裂したので、そんなに違いは無いそうだ。
「それでは、服を五人分と、ジープを一台貸して貰えますか?」
「分かりました。直ぐ手配します。」
服は、すぐ用意出来たが、ジープはまだ来ていない。
「取り敢えず、服を着替えよう。」
服装を整えている内に、ジープが着いた。皆んなそれに乗り込む。
ジープは、嘉紀が運転している。嘉紀は最近、免許を取得した。
「山臥さん、運転できるの?」
「免許は取ったとこだけど、ジープぐらい運転出来る。」
「一キロぐらい迄は、近付いて置きたいね?」
戦闘地域を避けて行くには、かなり迂回する。
「近く迄ジープで走って、後は歩きだ。」
出来るだけ、検問の無さそうな道を選び、後少しの所でジープを隠した。
まだ一キロは歩かなければならない。
「この広場に、仁美がドローンで来る。」
「私と山臥さんが、歩く訳ね?」
「一番の経験者だからね?  仁美は陽動を兼ねる。」
「分かった。そのあいだに、山臥さん達が近付くのか?」
「カコと夢は、この事務所の維持だ、後で仁美が、皇太子を連れて来る。」
30米ぐらいに近づいた時、ドローンの音が聞こえて来た。
皆んな、上を見て警戒をしている。その隙に嘉紀達が家に近づく。
「この家に、間違いは無いか?」
「貰った地図には、そうなってる。」
儚が、その家を幽視している。
「あの部屋に間違いは無い。一人拘束されている。」
儚と嘉紀は、その家に自然なふりで入っていった。
「何だお前は?」
入った所で、見廻りに捉まった。周囲にはその二人だけだ。
「え、あ、」
嘉紀は、分からない振りをして数歩近づく。そして自保護を切る。
二人の敵兵に近づいた嘉紀は、敵兵に当て身を喰らわす。二人は一瞬で気絶した。
自保護は、普通は切れない。嘉紀程の経験が有って、初めて切れる。
「あの部屋だ。壁に穴を空けて、そのまま飛び込むぞ。」
「分かった。」
儚と嘉紀は、皇太子と見張りの間に飛び込んだ。これで皇太子は他保護範囲に入る。
中に見張りが二人居る。嘉紀は他保護も自保護も切り、二人に当身を喰らわす。
部屋には、縛られた若者が居た。儚が写真と照合する。皇太子本人だ。
「仁美、家の横にドローンを降ろしてくれ。皇太子を乗せる。」
「了解。」
仁美は、ドローンの音を消した。
そのドローンは、能力者が中央で操縦している限り、音も遮断出来る。
その為、着陸しても、周囲の者しか気が付かない。但し、陽動の時は音を漏らす。
儚は皇太子を仁美のドローンに乗せる。
「仁美、皇太子は任せたよ。」
「了解。皇太子は、無事受け取った。」
嘉紀も、少し離れた場所で敵兵を倒している。多少でも注意を逸らす為である。
ドローンに皇太子を乗せ、仁美は、組織の現地事務所に帰ってきた。
皇太子を降ろした仁美は、儚と嘉紀の二人を迎えに行く。
「ジープは、まだまだ先だね?」
儚と嘉紀の二人は、ジープまで走って行く積もりだが、ジープは、まだ大分先だ。
儚は、保護膜を展開する。その中に嘉紀が入る。
少し走った広場に、仁美のドローンが現れた。
「早く乗って、急いでジープ迄帰るよ。」
直ぐに、儚と嘉紀が乗り込む。ドローンも散々撃たれて居るが、儚たちの誰かが操縦している限り、傷は付かない。組織のドローンは、儚たちの保護下に入る様、小型軽量化をされている。その代わり、航続距離は短いし装甲は弱い。それに、操縦士も含めて三人しか乗れない。

儚たちは、組織にも能力は隠している。それを、何とか理由をでっち上げ、ドローンの小型化を図った。
それは、形の都合上ドローンと呼んでいるが、機能は自家用飛行車だ。

皇太子を、組織に渡した儚たちは、ジープで空港まで送って貰う。
「何とか、任務は達成出来たな?」
行く時は、組織の専用機を使えたが、帰りは、そうはいかなかった。民間航空便を、何度も乗り換えて、日本に帰って来た。
「この作戦、やっぱり、丸三日では済まなかったね?」
「そうだな、帰りも、組織の交通網を使えれば、三日で行けただろうけど。」
組織は、余る程の専用機を持っていない。
「他にも、事件が多いのかな?」
「それも有るけど、専用機は、出来るだけ余裕が欲しいんだよ。」


 V-2  大学交流会

今日は仁美も交えて、お茶を飲んでいる。
「山臥さん、私達が休んでいる時も、放送で、呼び出していたそうだよ。」
「ふーん、何の用事だったんだろうね?」
「どうせ、何か手伝えって事じゃ無いの?」
そんな話をして居る時、放送で、呼び出して居る。
「山臥さん、山臥さん、学長室まで、おいで下さい。」
「山臥さん、山臥さん、学長の用事です。学長室まで、おいで下さい。」
何度も何度も、煩いので、嘉紀は、学長室まで出向いて行った。
「山臥ですが、何か?」
「おー、来たか?  今度、大学交流会が有るんで、出て貰いたいのだ。」
「用事が無ければ、出られるんですが、用事とぶっかると欠席しますよ?」
「いや、これだけは出て貰いたい。一年生の首席が出ないと、格好が付かん。」
「じゃ、出席にして置いて下さい。」
嘉紀は、それだけ言って、学長室を出た。
「神園さん、扶養さん、学長室へ出頭して下さい。」
「繰り返します。神園さん、扶養さん、学長室へおいで下さい。」
今度は、儚と仁美の呼び出しだ。二人は保留にして、嘉紀の元へ現れた。
「山臥さん、交流会はどうしたの?」
「煩いから、出席にしたけど、例の用事が出来れば、無断欠席をする。」
「こっぴどく、叱られるよ。」
「仕事が来るか五分五分だし、出たとこ勝負だな?  二人は出席すれば?」
「仕事が来ればどうするのよ?」
「夢もカコも居るし、大丈夫だよ。」
儚と仁美は、相談をしていたが、交流会に出ると返事をした。
その後、儚が彩の事を報告した。
「山臥さん、彩も、様子がおかしいって、夢が言ってたよ。」
「様子がおかしいって?」
「例の能力が、感染っている気配だって。」
「えっ、まさかね?  もう少し観察して貰って。」
その時嘉紀は、暗い想像をしていた。世界の何処かで、世間に受け容れられなかった能力者が、ひっそりと亡くなった。
嘉紀の場合は、父親が知られて居た為、仕事に迄なった。世界には、世間に疎んじられる能力者も居るかも知れない。世界に一人減った為、彩に順番が来たのかも知れない。これは、あくまで嘉紀の想像である。嘉紀が、それを口にした時、儚が言った。
「山臥さん、物凄い想像だね?  彩の話が、世界規模の大きさになった。」
「全くだわね?」
仁美も感心をしていた。


 V-3  洞窟岩盤崩落

「山臥さん、四国で洞窟事故だって。組織から、連絡が有った。」
儚が、嘉紀に報告している。
「洞窟でどうしたの?」
「観光用に、手摺を付けて居たそうだけど、機械で、杭の穴を明けたところ、岩盤が崩れた。工事人が閉じ込められている。」
「そんなに、柔い岩盤だったのかな?」
「さあ?  鍾乳洞と言ってるけど、元々弱って居たんだろう?」
「何故、傷んだのよ?」
「前の地震が、原因かも知れない。」
出口の方が崩れた為、工事をしていた人が、中に閉じ込められた。助ける為、穴を掘ろうとすると、上から崩れて来て、危なくて工事が出来ない。
もっと入口の方なら、大型機械を使えるが、そんな物は入らない。
「そんな状況だから、我々に依頼が来た。前に似たような現場が有ったな?」
「何人かで言って、トンズラこいた所が有ったね?」
「覚えている。夜の間に済ませた奴。」
「今夕から行く。又見られない間に済ませよう。」
一応、三人で行く事になった。夢達に、余り学校を休ませたくない。
儚は、夢達に事情を説明した。ところが、自分達も行くと言ってきかない。
国内だと、そんなに日数は要らない。うまく行けば一晩で済む。
「親の許しを得てくれるなら、参加をしても良い。」
儚が、説明をしている。夢は、人助けだから承諾は取れたと言う。
「分かった、今夕から行く。私の家に集まって。」
今回は、列車で行くより車の方が早そうだ。明石海峡を渡る道を選んだ。
組織が、夕方迎えに来る。その車には、太い鉄骨が何本か積まれている。
その日の夜中に、現場に着いた。役場へ行く前に、儚は洞窟を見た。近所の人に事情を問うたが、五人が閉じ込められている。入り口から、50米ぐらいの所だそうだ。
もう少しで夜食の時間になる。儚は太い鉄骨を、皆んなに、一本ずつ担がせる。
「夜食の間にもぐり込む。数分が勝負だ。崩れから出てしまった後なら、地元の人に出会っても良い。どんな言い訳でも出来る。」
「そうだね?  山臥さん、嘘が上手だから。」
「僕を、詐欺師のように言わないでくれる?」
「あははは。」
儚が大笑いをしていて、慌てて口を手で塞いだ。笑い声を聞かれたら怒られる。
「人の目が切れたら、洞窟にもぐり込む。中に入れば、こちらの物だ。」
地元の人が、周囲の人達に、夜食を呼びかけている。
「トイレの後に行きます。」
儚は、顔を見せないで、声だけ聞かせる。
「今のうちに入るぞ、暗視ゴーグルを着けて。」
その暗視ゴーグルは、自ら赤外線を放射している。真っ暗でも見える。
「よし、気付かれずに入れた。現場は50米先だ、外からは見えない。」
「あっ、気配を感じた。」
「よし、僕が初めに穴をあける。幽能力なら、長さが伸びる。」
「空いた。一人で大丈夫、余裕は有る。」
儚は、一番初めに奥に入った。被害者は五人固まっている。
儚は、懐中電灯をつけて、その人達に聞いている。
「これで全部ですか?  埋まってる人は居ませんか?」
仁美が、その辺りを回って、人の気配を探しているが、人の気配は無い。
「人は埋まっていない。これだけらしい。」
「夢、カコ、仁美も人を運び出すよ」
儚は、開けた穴には電灯を向けなかった。
「あっ、懐中電灯が切れてしまった。仁美、ゴーグルで見える?」
「大丈夫、行くよ。一度に四人行けるから、私が最後にもう一人を助ける。」
「了解。仁美、それで最後だな?」
「この人が最後だよ。」
「皆んな、坑を塞ぐよ。」
嘉紀は、ゆっくりと下がって行く。嘉紀が穴から出た為、上から土砂が落ちて来る。穴は、元通りに埋まってしまった。土砂に混じって、太い鉄骨が数本見えている。
補強に鉄骨を使った様に見える。
「人を洞窟の外迄出すぞ。各自、一人ずつだな?」
穴は、約50メートル。一人ずつ引っ張って洞窟を出る。
「もうちょっと穴から離して。その方が安全だ。今から人を呼びます。」
少し先の、夜食の近くまで行って、儚は叫んだ。
「怪我人が、洞窟の外に居るわよ。」
食事をしていた人が立ち上がる。
「人の動く気配がした。行くよ。」
一同五人は、直ぐにそこを離れた。後には、助けられた人達だけが残されていた。
翌日の新聞には、助かった人達のニュースは有ったが、助けられた詳細は出ていない。少年達が居たとの報道も有ったが、その本人の顔を見た者はいない。
「山臥さん、やり方を変えないと、そろそろヤバイよ。」
儚が警告をする。
「そうだなあ?  何か考えてみるわ。」


 V-4  大学退学

「山臥さん、この前は上手く行ったね?  顔も見られてないし。」
今日は、その時の五人が揃っていた。
「まあな、しかし大学は怒ってたよ。凄く。」
一同はその日、近くの温泉に行き、美味しい物を、ほぅばっていた。
大学は、よりにもよって、あんな日に交流会をやっていた。前の日に、そんな事は聞いていない。突然その日に決まったそうだ。
「突然やられても、こっちも困るよ。捨て置くしか無いね?」
儚も仁美も、こんな意見だ。
悪い事に、次の現場の時にも重なった。こんな事は、どうしようもない。
しかし、学長は大かんむりだ。一回生の三人が出て来ない。それが二回も続いた。
「こんな事では、進級も難しいぞ。今度やったら退学だ。」
「分かりました。済みませんでした。」
嘉紀は一応謝った。しかし、内心では納得していない。
「学長が、今度やったら退学だと言った。言ってはいけない言葉だ。教育者の言葉では無い。もう、この大学には居られない。折を見て大学をやめる。」
間の悪い事に、又重なった。その時は日本に居なかった。学長はカンカンだ。
「もう、退学しろ。」
「分かりました。」
今回も、儚も嘉紀も素直だった。次の日大学に、退学届けが郵送されて来た。
その又次の日、儚と嘉紀は、皆んなを集めて説明をした。
「僕は今の大学を辞める。退学届けは郵送で送った。」
儚と仁美も、親と相談の上、退学届を提出した。
一年の最上位三人が、大学をやめた。学長の誤算である。本当にやめるとは?
「もしもし、衣笠栄根です。どう言う事でしたか?」
学長秘書の栄根が、嘉紀に電話をした。実は栄根も、しばらく用事で休んでいた。
嘉紀は交流会の話をした。
「そうですか?  断念です。山臥さんは、成績もダントツに高く、非常に期待していたんですが?」
「僕も、やめる程の事は無いと思ったんですが、これは、これからも、起こるだろうなと思いまして。その度に学長と喧嘩するのも、鬱陶しいですし。」
「後は、どうされるんですか?」
「何処か、違う大学を受験します。」
「私大なら、編入出来るでしよう?」
「いえ、受験をし直した方がキレイなので、別の大学を受験します。」
「頑張って下さいね?  私としては断念ですが、仕方が有りません。」
「有り難ぅございます。頑張ります。」
これで、儚、仁美、嘉紀の、一回目の大学は終わった。来年は、又受験になる。
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