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うらにわのこどもたち2 それから季節がひとつ、すぎる間のこと
補完する世界(1/3)
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なかなか明けない梅雨の、退屈な昼下がり。
その日、白雪の部屋に「こどもたち」は集まっていた。特に理由があるわけではない。強いて言うなら「暇つぶし」である。
蒼一郎と十歌が他愛のない雑談をする傍らで、ぬいぐるみの山に埋もれた白雪の髪に、真白がリボンを結んでいる。決して器用とは言えない真白の手つきはたどたどしく、綺麗な結び目が作れずに悪戦苦闘しているようだ。
眠兎はそんな皆から少し離れて、本のページをめくる。何度も読み返しているので、内容はほとんど頭の中に入っていた。本を読んでいるのはポーズであり、意識は本の内容よりも、周囲の様子にある。
信頼に足る相手を、未だに眠兎は測りかねていた。誰ならば、自分をより有利な立場へと押し上げるカードになりうるのか。それとも、自らの記憶を含む全てが、自身を不利に追いやるものでしかないのか。
再び、ページをめくる。ようやく綺麗にリボンを結べた真白が歓声を上げる。はしゃぐ真白と白雪の輪に蒼一郎と十歌が加わる。控えめに言わなくても、うるさい。耳鳴りがする。
「みんとー! みてみてー!」
「うるっさ……あーもう、はいはい」
真白の声に僅かな頭痛を感じつつ、顔を上げる。誇らしげに胸を張る真白、照れくさそうにもじもじとはにかむ白雪、小さく拍手する蒼一郎、何を考えているのかよく分からない十歌。
「……君ら、本っ当に平和だよね」
皮肉を込めて言う。
「だってよー、ほかにすることねーもん」
「確かに、部屋の中で出来ることは大体やり尽くした感じがあるよね」
「雨続きだからな。お前もこっちでやるか?リボン結び」
ほら、と十歌が淡いピンク色のリボンをこちらへと差し出す。
「いらない。白雪をリボンだらけにしてどうすんだよ」
「白雪が可愛くなるな」
「うん、白雪ちゃんが可愛くなるね」
「しらゆきうれしそーだぞ」
「かわ、い。すきー」
楽しそうな四人を前に、眠兎は溜息をつく。この馬鹿共め。
「あのさー、もうちょっと生産的な事を……まあ、ここにいる時点で僕も同類か……」
諦めて本を置き、輪に加わる。十歌の横に陣取ってあぐらをかくと、真白のすぐ横にある大きなクマのぬいぐるみと目が合った。すぐに目線を外す。
(ああ、成程……こりゃ気づかないはずだ)
ぬいぐるみの片目が、小さなレンズになっていた。以前、白雪と「遊んでいた」のがすぐにばれたのは、この片目が原因だろう。
(でも、いつから……? カメラはここだけ? 別の場所にも……?)
もし、前々からカメラが仕込まれていたのなら、日野尾や大規が「遊び」を黙認していたことになる。大規はともかくとして、白雪を大切にする日野尾が黙認するなどありえるのだろうか? それとも白雪が頬を腫らすことが重なって、隠しカメラを導入したのだろうか。
色々と思うところはあるが、顔には出さない。代わりに、探りを入れる意味も込めて聞く。
「皆集まってるんだからさ、何か面白い話ないの? 少しは時間と暇を潰せるようなやつ」
「面白い話かぁ」と蒼一郎。「難しいな」と十歌。
まあそうだろうな、と眠兎が思っていると、再び懸命にリボン結びに取り組んでいた真白が声を上げた。
「あっそーだ。おれきこーと思ってたんだった」
何かを思い出したらしい彼女は、白いリボンから手を離す。
「あのさー、なんでおれたちって、男と女にわかれてんの?」
一瞬、場に沈黙が落ちる。
「そういえば、何でだろう……」
「だろ? べつにせーべつなんてなくていいじゃん」
蒼一郎と真白は共に首を傾げる。
「別々なのには、意味があるのかな」
「おれもさ、そー思って、でもぜんぜんわかんねーから、みんなならしってるかなって。みんとはしってる?」
「うえっ!? 僕に聞くの!?」
「みんとなんでもしってるじゃん」
「僕も気になるなあ。眠兎くん知ってる?」
「え、えー……」
急に話を振られ、返答に詰まった眠兎は十歌を見る。それとなく顔をそらした十歌からは、気まずい、という雰囲気が漂っていた。いや、そこは助け舟を出してくれよと思った後に、十歌の反応に違和感を覚えた。
(……何でこいつ、気まずそうにしてるんだ……?)
「こども」に性の知識は与えられていない。
日野尾は、「こども」が「こどもらしくない」ことを嫌っている節がある。そのためか、この施設では特定の情報が徹底的に排除されている。この研究施設外の情報はもちろんのこと、男女の「違い」も含めた「性の知識」は排除される情報の最たるものだ。故に、外見上の違い以上の「性の知識」を「こども」は持たない。
眠兎には「夢」の記憶が他の「こども」よりも鮮明にある。だから「性の知識」をある程度持っているのであって、この施設においては、真白や蒼一郎の反応の方が「普通」なのだ。
――十歌の反応は、「おかしい」。
十歌もまた、言いよどむ眠兎に、何か違和感を感じているようだった。
「なー、もしかしてみんとにも分からないことなのかー?」
「えー……、そうだなー……」
ちらり、と蒼一郎の点滴パックの中身を確認する。不思議な色の液体は、あと少しで四分の一を切るあたりだろうか。
「蒼一郎、もしかして、この後大規先生来る?」
「えっ、……あ、うん。ここに僕がいることは伝えてあるから、もうすぐ来ると思うよ。先生が忘れてなければだけど」
蒼一郎も点滴パックを見上げる。
(……ま、最近大人しくしてた分、少しは暇つぶしに役立ってもらおう)
心の中で舌を出し、眠兎はにっこり笑う。
「じゃあさ、先生に聞いてみようよ。どうして男と女が存在するんですか? って」
その日、白雪の部屋に「こどもたち」は集まっていた。特に理由があるわけではない。強いて言うなら「暇つぶし」である。
蒼一郎と十歌が他愛のない雑談をする傍らで、ぬいぐるみの山に埋もれた白雪の髪に、真白がリボンを結んでいる。決して器用とは言えない真白の手つきはたどたどしく、綺麗な結び目が作れずに悪戦苦闘しているようだ。
眠兎はそんな皆から少し離れて、本のページをめくる。何度も読み返しているので、内容はほとんど頭の中に入っていた。本を読んでいるのはポーズであり、意識は本の内容よりも、周囲の様子にある。
信頼に足る相手を、未だに眠兎は測りかねていた。誰ならば、自分をより有利な立場へと押し上げるカードになりうるのか。それとも、自らの記憶を含む全てが、自身を不利に追いやるものでしかないのか。
再び、ページをめくる。ようやく綺麗にリボンを結べた真白が歓声を上げる。はしゃぐ真白と白雪の輪に蒼一郎と十歌が加わる。控えめに言わなくても、うるさい。耳鳴りがする。
「みんとー! みてみてー!」
「うるっさ……あーもう、はいはい」
真白の声に僅かな頭痛を感じつつ、顔を上げる。誇らしげに胸を張る真白、照れくさそうにもじもじとはにかむ白雪、小さく拍手する蒼一郎、何を考えているのかよく分からない十歌。
「……君ら、本っ当に平和だよね」
皮肉を込めて言う。
「だってよー、ほかにすることねーもん」
「確かに、部屋の中で出来ることは大体やり尽くした感じがあるよね」
「雨続きだからな。お前もこっちでやるか?リボン結び」
ほら、と十歌が淡いピンク色のリボンをこちらへと差し出す。
「いらない。白雪をリボンだらけにしてどうすんだよ」
「白雪が可愛くなるな」
「うん、白雪ちゃんが可愛くなるね」
「しらゆきうれしそーだぞ」
「かわ、い。すきー」
楽しそうな四人を前に、眠兎は溜息をつく。この馬鹿共め。
「あのさー、もうちょっと生産的な事を……まあ、ここにいる時点で僕も同類か……」
諦めて本を置き、輪に加わる。十歌の横に陣取ってあぐらをかくと、真白のすぐ横にある大きなクマのぬいぐるみと目が合った。すぐに目線を外す。
(ああ、成程……こりゃ気づかないはずだ)
ぬいぐるみの片目が、小さなレンズになっていた。以前、白雪と「遊んでいた」のがすぐにばれたのは、この片目が原因だろう。
(でも、いつから……? カメラはここだけ? 別の場所にも……?)
もし、前々からカメラが仕込まれていたのなら、日野尾や大規が「遊び」を黙認していたことになる。大規はともかくとして、白雪を大切にする日野尾が黙認するなどありえるのだろうか? それとも白雪が頬を腫らすことが重なって、隠しカメラを導入したのだろうか。
色々と思うところはあるが、顔には出さない。代わりに、探りを入れる意味も込めて聞く。
「皆集まってるんだからさ、何か面白い話ないの? 少しは時間と暇を潰せるようなやつ」
「面白い話かぁ」と蒼一郎。「難しいな」と十歌。
まあそうだろうな、と眠兎が思っていると、再び懸命にリボン結びに取り組んでいた真白が声を上げた。
「あっそーだ。おれきこーと思ってたんだった」
何かを思い出したらしい彼女は、白いリボンから手を離す。
「あのさー、なんでおれたちって、男と女にわかれてんの?」
一瞬、場に沈黙が落ちる。
「そういえば、何でだろう……」
「だろ? べつにせーべつなんてなくていいじゃん」
蒼一郎と真白は共に首を傾げる。
「別々なのには、意味があるのかな」
「おれもさ、そー思って、でもぜんぜんわかんねーから、みんなならしってるかなって。みんとはしってる?」
「うえっ!? 僕に聞くの!?」
「みんとなんでもしってるじゃん」
「僕も気になるなあ。眠兎くん知ってる?」
「え、えー……」
急に話を振られ、返答に詰まった眠兎は十歌を見る。それとなく顔をそらした十歌からは、気まずい、という雰囲気が漂っていた。いや、そこは助け舟を出してくれよと思った後に、十歌の反応に違和感を覚えた。
(……何でこいつ、気まずそうにしてるんだ……?)
「こども」に性の知識は与えられていない。
日野尾は、「こども」が「こどもらしくない」ことを嫌っている節がある。そのためか、この施設では特定の情報が徹底的に排除されている。この研究施設外の情報はもちろんのこと、男女の「違い」も含めた「性の知識」は排除される情報の最たるものだ。故に、外見上の違い以上の「性の知識」を「こども」は持たない。
眠兎には「夢」の記憶が他の「こども」よりも鮮明にある。だから「性の知識」をある程度持っているのであって、この施設においては、真白や蒼一郎の反応の方が「普通」なのだ。
――十歌の反応は、「おかしい」。
十歌もまた、言いよどむ眠兎に、何か違和感を感じているようだった。
「なー、もしかしてみんとにも分からないことなのかー?」
「えー……、そうだなー……」
ちらり、と蒼一郎の点滴パックの中身を確認する。不思議な色の液体は、あと少しで四分の一を切るあたりだろうか。
「蒼一郎、もしかして、この後大規先生来る?」
「えっ、……あ、うん。ここに僕がいることは伝えてあるから、もうすぐ来ると思うよ。先生が忘れてなければだけど」
蒼一郎も点滴パックを見上げる。
(……ま、最近大人しくしてた分、少しは暇つぶしに役立ってもらおう)
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