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うらにわのこどもたち2 それから季節がひとつ、すぎる間のこと
補完する世界(2/3)
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……大規の目から一瞬、微笑みが抜け落ちたのを見て、眠兎はにやにやと笑う。
「ほら、大規先生なら詳しく教えてくれるんじゃないかなーって。僕にもよく分からないことだし」
真白や蒼一郎が純粋に目を輝かせる中、大規は口元のマスクに手を当て、考える素振りを見せる。
さて、どんな風に切り返すのだろうと思っていると、彼は再び、目元を和らげて、
「うん。いいよ。じゃあ、お話をしようか」
と、明るい声で快諾した。
「はじめ、人間に性別はなかったんだよ」
*
「昔々、神様という完璧な存在がいました。皆は、神様って知ってるかな?」
「はいはーい! この世界をつくった、すっげーつえーやつだろ!」
元気よく手を挙げて、真白が答える。
「うん。大体それで合ってるかな。誰から教えて貰ったの?」
「みんと!」
即答する真白に、余計なこと言いやがってと内心毒づく。
「眠兎くんは本当に知識の幅が広いなあ」
穏やかに笑って、大規は続ける。
「完璧な神様は、完璧な世界を創りました。全てを完璧に創り上げたあと、自分によく似た生物を創りました。それが、人間だね」
「はい先生」
蒼一郎が控えめに手を挙げる。
「どうして神様は、完璧な人間を二種類に分けたんですか?」
「うん、いい質問だね。……神様はね、初めは、完璧な世界に満足していたんだよ。だけどすぐに、致命的な欠陥――大きな問題点だね。それがあることに気づいた」
「完璧なのに、問題があったんですか?」
「完璧であること。それ自体が問題だったんだよ。つまり、完璧な世界は、完璧であるが故に、それ以上の成長も変化もない。成長のない世界に未来も希望も可能性もない。完璧な世界は、既に完結してしまっている。そんな世界は美しくない。だから、神様はわざと世界の均衡を崩したんだ。その時、完璧だった人間も、不完全な二種類の人間に分けられた。そして、男と女ができた」
「みんと、みんと、わかりやすくして」
こそこそと眠兎の脇を真白がつつく。
「あー、つまり、完璧な世界は変化がなくてつまんないから、変化が起こるようにわざと完璧じゃない世界に作り直して、ついでに人間も完璧じゃなくなるように二つに分けました、ってこと」
「そういう事だね。元はひとつの存在だった男と女は、いつしか在りし日の半身を求めるようになりました。自分に欠けたものを補ってくれる相手……運命の相手、って言うのかな。もし本当に、そんな相手がいるのなら、何だか素敵だよね」
優しい口調で、大規は説明を締めくくる。旧約聖書をアレンジした内容。上手く煙にまいた説明をしたもんだ、と眠兎は思うが黙っておく。
そこに、今まで静かに話を聞いていた十歌が口を挟んだ。
「先生」
「うん?」
「神様は、世界に何を期待したのだと思いますか?」
驚いたのは眠兎だ。
(――……っ! こいつ……っ……!)
「折角創った、完璧な世界です。それを崩してまで、神様が見たいと思った変化や成長。それは、何だと思いますか?」
「うーん、僕は神様じゃないからなぁ。でも、そうだね」
大規は困ったように笑う。
「やっぱり、可能性じゃないかな。自分の想像を超える〝何か〟。それが世界で起こることを、神様は期待した」
無表情のまま、十歌は続ける。
「幸福な結果が訪れるとは限りません。均衡が崩れた世界に、美しくもなんともない、どうしようもない不幸が訪れるかもしれない」
「そうだね。それでも、……神様は試さずにはいられなかった。神様は、世界を愛しているから、ね」
真っ直ぐに問う十歌に、大規もまた、真摯に応える。
穏やかな、柔らかく、優しい口調で、慈悲深い言葉を並べ立て、少しも笑っていない声で。
ぞわり、と寒気がした。懲罰室で見る大規に似た、恐ろしさを感じた。真白や蒼一郎は気付かないのか、にこにこと大規の言葉を聞いている。
改めて、眠兎は十歌をじっと見つめる。
十歌は「異質」だ。「こども」は普通、「先生」の話を否定するようなことは言えない。口に出そうとしても、「先生」を目の前にすると、途端に言えなくなるのだ。もしも魂が存在するならば、もしくは潜在意識に刷り込まれていると言ってもいい。十歌の質問のような、先生個人の価値観を問うことを、自発的に「こども」はできない。
十歌の質問の真意はどこにあるのだろう。あらかじめ二人の間で用意していたやり取りを、脚本通りに演じているだけなのか。何のために?それとも、この異質な存在こそが、自分を守るためのカードになるのか。
「ところで」
大規の声のトーンが明るく切り替わる。
「どうして真白ちゃんは、それが気になったのかな? 先生に教えてくれる?」
「う……」
話の矛先が自分へと向いて、困惑する真白。嘘や隠し事が壊滅的に苦手な彼女が、珍しく話そうかどうか葛藤しているようだった。散々悩んだ末に、真白は恐る恐る口を開く。
「……せんせー、……ひのおせんせーに、いわねー……?」
「日野尾先生に? 怒られるようなことをしたのかな?」
「うーん……」
ごにょごにょと、言葉を濁す。それからまたしばらく考えて、上目遣いに大規を見た。
「じつは……おれ、ちょっと前に、ともだちができたんだ。でも…………ひみつのともだちだから…………」
「秘密の?僕にも教えられない秘密?」
「うーーーー!」
悪戯っぽく大規に言われ、ついに根負けした真白は、「ぜったいひみつだぞ!」と言って「秘密の友達」の名前を口にした。
「その、……カイ。ひのおせんせーとよくいっしょにいる、きらきらのかみの、男の子……」
「ほら、大規先生なら詳しく教えてくれるんじゃないかなーって。僕にもよく分からないことだし」
真白や蒼一郎が純粋に目を輝かせる中、大規は口元のマスクに手を当て、考える素振りを見せる。
さて、どんな風に切り返すのだろうと思っていると、彼は再び、目元を和らげて、
「うん。いいよ。じゃあ、お話をしようか」
と、明るい声で快諾した。
「はじめ、人間に性別はなかったんだよ」
*
「昔々、神様という完璧な存在がいました。皆は、神様って知ってるかな?」
「はいはーい! この世界をつくった、すっげーつえーやつだろ!」
元気よく手を挙げて、真白が答える。
「うん。大体それで合ってるかな。誰から教えて貰ったの?」
「みんと!」
即答する真白に、余計なこと言いやがってと内心毒づく。
「眠兎くんは本当に知識の幅が広いなあ」
穏やかに笑って、大規は続ける。
「完璧な神様は、完璧な世界を創りました。全てを完璧に創り上げたあと、自分によく似た生物を創りました。それが、人間だね」
「はい先生」
蒼一郎が控えめに手を挙げる。
「どうして神様は、完璧な人間を二種類に分けたんですか?」
「うん、いい質問だね。……神様はね、初めは、完璧な世界に満足していたんだよ。だけどすぐに、致命的な欠陥――大きな問題点だね。それがあることに気づいた」
「完璧なのに、問題があったんですか?」
「完璧であること。それ自体が問題だったんだよ。つまり、完璧な世界は、完璧であるが故に、それ以上の成長も変化もない。成長のない世界に未来も希望も可能性もない。完璧な世界は、既に完結してしまっている。そんな世界は美しくない。だから、神様はわざと世界の均衡を崩したんだ。その時、完璧だった人間も、不完全な二種類の人間に分けられた。そして、男と女ができた」
「みんと、みんと、わかりやすくして」
こそこそと眠兎の脇を真白がつつく。
「あー、つまり、完璧な世界は変化がなくてつまんないから、変化が起こるようにわざと完璧じゃない世界に作り直して、ついでに人間も完璧じゃなくなるように二つに分けました、ってこと」
「そういう事だね。元はひとつの存在だった男と女は、いつしか在りし日の半身を求めるようになりました。自分に欠けたものを補ってくれる相手……運命の相手、って言うのかな。もし本当に、そんな相手がいるのなら、何だか素敵だよね」
優しい口調で、大規は説明を締めくくる。旧約聖書をアレンジした内容。上手く煙にまいた説明をしたもんだ、と眠兎は思うが黙っておく。
そこに、今まで静かに話を聞いていた十歌が口を挟んだ。
「先生」
「うん?」
「神様は、世界に何を期待したのだと思いますか?」
驚いたのは眠兎だ。
(――……っ! こいつ……っ……!)
「折角創った、完璧な世界です。それを崩してまで、神様が見たいと思った変化や成長。それは、何だと思いますか?」
「うーん、僕は神様じゃないからなぁ。でも、そうだね」
大規は困ったように笑う。
「やっぱり、可能性じゃないかな。自分の想像を超える〝何か〟。それが世界で起こることを、神様は期待した」
無表情のまま、十歌は続ける。
「幸福な結果が訪れるとは限りません。均衡が崩れた世界に、美しくもなんともない、どうしようもない不幸が訪れるかもしれない」
「そうだね。それでも、……神様は試さずにはいられなかった。神様は、世界を愛しているから、ね」
真っ直ぐに問う十歌に、大規もまた、真摯に応える。
穏やかな、柔らかく、優しい口調で、慈悲深い言葉を並べ立て、少しも笑っていない声で。
ぞわり、と寒気がした。懲罰室で見る大規に似た、恐ろしさを感じた。真白や蒼一郎は気付かないのか、にこにこと大規の言葉を聞いている。
改めて、眠兎は十歌をじっと見つめる。
十歌は「異質」だ。「こども」は普通、「先生」の話を否定するようなことは言えない。口に出そうとしても、「先生」を目の前にすると、途端に言えなくなるのだ。もしも魂が存在するならば、もしくは潜在意識に刷り込まれていると言ってもいい。十歌の質問のような、先生個人の価値観を問うことを、自発的に「こども」はできない。
十歌の質問の真意はどこにあるのだろう。あらかじめ二人の間で用意していたやり取りを、脚本通りに演じているだけなのか。何のために?それとも、この異質な存在こそが、自分を守るためのカードになるのか。
「ところで」
大規の声のトーンが明るく切り替わる。
「どうして真白ちゃんは、それが気になったのかな? 先生に教えてくれる?」
「う……」
話の矛先が自分へと向いて、困惑する真白。嘘や隠し事が壊滅的に苦手な彼女が、珍しく話そうかどうか葛藤しているようだった。散々悩んだ末に、真白は恐る恐る口を開く。
「……せんせー、……ひのおせんせーに、いわねー……?」
「日野尾先生に? 怒られるようなことをしたのかな?」
「うーん……」
ごにょごにょと、言葉を濁す。それからまたしばらく考えて、上目遣いに大規を見た。
「じつは……おれ、ちょっと前に、ともだちができたんだ。でも…………ひみつのともだちだから…………」
「秘密の?僕にも教えられない秘密?」
「うーーーー!」
悪戯っぽく大規に言われ、ついに根負けした真白は、「ぜったいひみつだぞ!」と言って「秘密の友達」の名前を口にした。
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