うらにわのこどもたち

深川夜

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うらにわのこどもたち3 空中楼閣

プロローグ

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 悲しい事があると、私は鏡の前に立つ。それはもう癖のようなもので、いつの間にか私の中に染み付いていた行為だった。欠けた鏡に映る大嫌いな自分の顔を見て、不安定な世界から、私は朧気おぼろげになった私の輪郭りんかくを取り戻すのだ。私という輪郭りんかくを取り戻す儀式。私という存在を確認する儀式。

 夏の終わりの空は既に暮れて、日没後の残光ざんこうが辛うじて薄暗い部屋を照らす。薄闇の中鏡に映る自分は、まるで亡霊のようだと思った。ぼんやりと白く浮かび上がった輪郭りんかくに影が落ちた自分の顔。眼鏡を外す。鏡の中の自分と目が合った瞬間、私は反射的に目をらした。鏡の中から、恨めしそうにこちらを見つめる自分の瞳。自分の視線に痛みを覚える。自分の受けたショックの大きさを知った。痛い。痛い。知覚できる全てが私を傷付ける。皮膚に触れる白衣の感触も、遠くで聴こえる物音も、煩い蝉の鳴き声も、自分自身の思考も、何もかもを痛みとして認識する。ざっくりと、自分の内側を傷付けられた感覚。

 上手くいっていた筈だった。少しずつ、回り始めた歯車は噛み合い、幸せな世界を形成していた筈だった。そしてそれは、これからもっと成長して、うつくしい物語を築く筈だった。それが、どうして。

 私は信じてもいない神様に願う。どうか時間を巻き戻してください。私が間違えたところから、もう一度世界の選択をやり直させてください。不可逆な世界の流れを、もう一度初めから。

 だけど、やっぱり神様なんていないから、私の願いが聞きいれられることはない。いたとしても、こんな何もかもから見放された研究と研究施設を、神様が顧みてくれることなんてないだろう。分かっている。本物が偽物に微笑むことはない。偽物が本物に成り代わることはない。私は鏡の前でうずくまる。刻々と部屋から光は失われ、世界は闇に沈んでいく。どうしようもない現実を前に、私には為すすべもない。

 私は胎児のようにうずくまったまま目を閉じて記憶を辿たどる。光の世界。光の時間。幸福だった夏の幻影を。


 それは梅雨が明けたあの頃までさかのぼる。雨上がりの空の下、世界は確かに輝いていたのだ。
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