うらにわのこどもたち

深川夜

文字の大きさ
49 / 69
うらにわのこどもたち3 空中楼閣

世界の断片・3

しおりを挟む
 数多くのデータが必要だった。差異を調べる事は重要な事項だった。それらは全て人類の為に役立てられるからだ。そしてそれを、研究者達は信じてやまなかった。
 特別な個体のデータは特に重要視された。「全ては人類の為」だと言ってしまえばどんな事でも許された。ここはそういう場所だった。世間では到底容認されない非倫理的、非道徳的な事であっても。むしろ、それらを研究するためにこの場所は存在した。それぞれがそれぞれの役割を受けいれた。繰り返すようだが、ここはそういう場所、なのだ。
 何が起ころうと、それを受けいれる。悲劇も喜劇も。不幸も幸福も。役割を担うということは、その役割に付随ふずいする全てを受けいれる事を意味していた。それでも、一度はそれを覚悟した者でも、研究施設を去る者は多かった。去ったところで、一度でも研究に携わった以上、先の人生に光の当たる道は絶たれてしまっているのだが。それでもここよりはマシだと彼等は吐き捨てるように言った。
 不要になった個体はその筋の業者が回収した。研究者達は自己の欲求を満たすことには積極的だったが、実験体の生命に最後まで責任を負う事には消極的だった。「人のかたちをした生命体」の最終的な処理は可哀想でできない、という話だ。
 随分と身勝手な話であるが、人間という生き物には往々おうおうにしてある事である。

「あの個体、死んじゃった?」

 その言葉に、一瞬、返答に詰まる。

「……そうだよね。でも、三日も耐えたのは偉かったよね。あんなに苦しそうだったのに」

 静かな声は、せめて死んだ相手を肯定しようと務めているようだった。強化ガラスを隔て、助けを求めてガラスをひっきりなしに叩き続け、爪のはげた指で身体を掻きむしり、ついには奇声を上げながら死んでいった個体。その一部始終を声の主も見ていた。正視に耐えない個体の様子に、部屋にいた多くの研究者達は目を背けた。最後まで顔色一つ変えずにじっと見つめていたのは声の主だけだ。まるでそれが自分に課せられた義務であるかのように。
 いや、声の主はその義務を自分に課せたのだろう。生きている時間だけでなく、死に様までもを記憶する事を。恐らくそれが声の主なりの、実験体に対するせめてもの礼儀だったのだ。

「そんな顔しないで。平気だから」

 緩やかな拒絶。踏み込めば互いに傷付く。だから、それ以上は何も言わない。何も言えない。
 何が起こっても、それを受けいれる。この施設での、絶対的な暗黙のルール。

 声の主は助けを求めないのではない。
 助けを求めることすら、諦めてしまったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...