愛だけど恋じゃない

隆駆

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新しい始まり

永遠までの第一歩

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翌年。

3ヶ月かかるリハビリを一ヶ月半ほどでこなしてすっかり通常に戻った淳にプロポーズされ、桜はそれを受け入れた。
そして今、桜の指にはその時にもらって指輪が輝いている。
「おい桜、お前もっと真剣に考えろよ」
「考えろって言っても…。お金かかりすぎだって。お色直しなんて別にいいわよ」
「よくない。金なら俺がだすって言ってんだから、気にせず好きなものを選べばいいだろ」
「そう言われてもねぇ……」
少しいいドレスを選ぼうとすると、すぐにウン十万が飛んでいく。
それを思うとどうにもやる気がおきない。
「やっぱさ、地味婚にしてお金は貯蓄しておこうよ」
「まだそんなことを……。いい加減諦めてお袋たちにつきあってやれ」
「おばさん、ノリノリだもんねぇ…。あの調子で言ったらお色直し3回はやらされそうなんだけど…」
「何回でもやればいい。金の援助もしてくれるらしいしな」
「娘にかけるおばさんの執念がすごい」
「お前が本物の娘になるのがよっぽど嬉しいんだろ」
「まぁねぇ…」
確かにそのようなことはずっと言われていたが。
「一生に一度なんだろ?楽しんだらどうだ」
からかうようなその言葉に、ついいたずらごころが芽生える。
「今は一度で済まない人もいるみたいだけど?」
つまりは離婚、再婚を匂わせる桜の鼻をつまみ、「ばーか」とすぐ間近で額同士を合わせる。
「させねぇよ」
「…私だってするつもりはないわよ」
こんなに面倒なこと、と肩をすくめる桜。
「ま、ただの式だけだったら何度やっても構わないけどな」
「それこそ御免よ」
ただの見世物になるだけじゃないかと、むっとして顔をしかめる桜。
――2人が式を急いだのにはわけがある。
数ヶ月前、栞と雅人の2人が正式に入籍を果たしたのだ。
その理由は、雅人の口からなされたとんでもない爆弾発言による。
「……まさかできちゃった結婚なんて」
しかも、ギリギリ栞の高校卒業後に。
正直、狙ったのではないかと疑っている。
おかげでせっかく合格した大学の入学を取りやめ、現在栞は自宅から産婦人科に通う日々を送っている。
先に籍だけを入れてから、安定期を待って正式に式を行う予定だ。
「ありえないとは言えない。……だから俺たちも急いだんだろ」
「まぁそうだけど…」
プロポーズしてから1年とまたず式を行う運びとなった最大の理由、それは下手したら式を執り行うのが妹たちよりも後になるかもしれないという懸念からだった。
当初は先に籍を入れ、ゆっくり式を考えるつもりだったのだが、それが思わぬ急展開により、わずか数ヶ月での挙式に至った。おかげで毎日が大忙しである。
栞の妊娠が発覚したのは2か月前。その頃ようやくウエディングフェアなどの下調べを始めた頃だった二人は、結果大慌てですぐにでも式を挙げられる式場を探す羽目になった。
妹に先を越されるのがちょっと、というのもあるが、理由はもう一つ。
「どうせなら2組で一緒に式をあげればいいじゃない」という、半ば真剣な互いの両親からの提案に対して「そんなの冗談じゃない!」と先に式を行うことを決意したのである。
この時の桜と淳の心情は見事に一致した。
うるさく言われる前に、さっさと決めてしまおうと。
まぁ、そのせいでバタバタする羽目になったり、いろいろしわ寄せは来ているのだが。
それでも、あの2人と一緒に結婚式を挙げるのはさすがにゴメンだ。
妹は別にいい。だが、あの雅人と並んでというのは断固拒否したい。
「おばさん、私たちの式と並行して栞のドレス選びにも一緒について回ってるって…」
妊婦用のドレスも今はたくさんあるんだ、と自宅に帰ってから母親にもさんざん聞かされた。
まったく、娘の気持ちも考えずのんきなものだ。
「ドレス選び?だがまだそれほど出歩けないはずだろ?」
「それがカタログを集めてきたり、実際に実物を確認しにまでいってるみたい。
その写真を栞に見せて、ある程度絞らせてから選べば身体も楽だろうって…」
淳のおばさんと二人、とても張り切っている。
「まさかそれ、兄貴の…」
「そう。雅人さんにそう言われて余計に張り切ったみたい…」
「んで、自分は栞につきっきりってわけか…」
「最近じゃ、楽しそうに栞と二人でベビー用品のネット販売なんて見てたわよ」
もちろん家にはすでにベビー用品がいくつか揃い始めている。
まだ性別もわからないうちから洋服まで買い揃えてあるのだからよくよくだ。
どちらでもいいように黄色の色を選んだから、などとは言っていたが…。
「赤ん坊なんて所詮親の着せ替え人形だろ」
「まぁね…」
下手したら自分達の子供は妹夫婦の子供のお下がりを着ることになるのではなかろうかと思うと頭が痛い。
しかも2人の子供が年下になるのは確定なのだ。
ただでさえ複雑な関係が余計にこんがらがった。
本気で勘弁して欲しい。
もちろん、妹の子供の誕生は心から祝福するが…。
「俺たちも来年…か?」
「そんなのわかんない。それよりほら、まだまだ決めることはいっぱいあるんだから…」
「だからまずはドレスを…」
「それはもういいの!ほかにも引き出物とか招待客とかいろいろあるでしょ!」
互いの親戚筋やら何やら、もう殆どは決まっているが、その席順を決めたりと準備はまだ途中だ。
「指輪は?どうする」
「これでいいじゃない、別に」
「それは婚約指輪、結婚指輪は別だろ」
「えー」
「……お前、普通女はそういうのこそ喜んで選ぶもんじゃないのか?」
「面倒だしお金がかかるから嫌」
「…はぁ」
わざとらしい溜息をついた淳が、ボソリと呟く。
「兄貴達が、2組でお揃いの指輪でもいいなと…」
「よし、今すぐ買いに行こう、すぐ行こう!!」
雅人さんがそう言っているということは、栞がすでにその気になっている可能性もある。
ロマンチックな性格の持ち主の栞。
仲の良い姉とお揃いの指輪と言われれば、喜んで賛同しそうだ。
だが桜にとってはもはや嫌がらせ以外の何者でもない。
雅人にとってもおそらくそうだろう。
「くそ~、あの陰険男がっ」
「…あの兄貴にそんなセリフが吐けるのはお前だけだよ。ほら…じゃあいくか」
「ラジャ。ちょっとまってて、上着とってくるから」
車の鍵をちらつかせる淳に一言断ってから、部屋に置きっぱなしの上着を取りに戻る。
まったく、本当に忙しい。
ちなみに今いるのは、新居として選んだばかりのアパートの一室だ。
いずれは桜の家に淳が婿として入ることは決定しているが、子供ができるまでは二人暮らしをするつもりだ。
まぁ、せっかくの新婚生活を楽しみたいだけとも言えるが。
雅人たちの場合、子供が生まれることもあり、そのまま自宅の隣――雅人の家に引っ越す形でほぼ決定した。
都合のいいことに、淳が家を出たことで一室空いている。
今はまだ自宅から隣に通っている形になるが、近いうちに完全に居を移すことになるだろう。
どちらにせよ距離的にはほとんど変わらないのだが。
ここまで来るにはいろいろあった。
だが、結局は収まるところに収まったと大方の人間が見ているようだ。
実際きっとそういうことなのだろう。
「桜、早く行くぞ」
「わかったわかった、すぐ行く!」
答えながら、桜は思う。

愛でも恋でも最後は一緒。

結局の所一番大切なのは、その人と一緒に一生を過ごす覚悟ができるかどうかだと。
その意味では、答えはとっくに決まっていた。

―――――これから始まるのは、永遠までの第一歩だ。
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