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びっくり仰天。

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『悪食』
そんな言葉が脳裏に浮かび、ゴクリと息を呑む。
以前竜児が同じ言葉を口にしていたが、その意味がよくわかった。

「うわぁ………」

食っている。
牙を剥き出し、引きちぎった黒い腕を楽しそうに食らう白亜の獣。
敵もただやられているわけではなく、複数の触手が同時にマルちゃんを襲い、黒い触手に全身を覆われ一瞬その白い体毛が全て漆黒にかき消される瞬間もあったのだが……。
「――――凄いな。尻尾の一振りか」
目の前で、マルちゃんを包みこんで繭状になった触手が、一瞬にして吹き飛ばされる。
賢治の言う通り、そこにいたのは、自らの太く長い尻尾を悠々と振り下ろしたマルちゃんの姿で――――。
「あ、あれ?」
そこでようやく気づいた。
マルちゃんのしっぽが、増えている。
「さっきまで一本だったと思うんだけど……?」
「増えたな、確かに」
触手たちを引きちぎり、噛み砕き、足元にひれ伏せさせる。
取り囲まれたその中心で、逆に我こそが支配者だと言わんばかりの顔で艶然と微笑む白狐。
(狐なのに、そのドヤ顔がやたら印象的なのが謎だ)
その尻尾が、3本に増えている。
「2本ならともかくなぜ3本!?」
「なんか独自なシステムでもあるんじゃねぇの?」
触手を食って増える尻尾。
なかなかに不気味ではあるが、本人は至って満足そうな顔だ。
ぺろり、と舌なめずりをする白狐には、もはや目の前の触手は獲物としか見えないらしい。
「マルちゃん無双、だね……」
「こっちは楽でいいけどな」
高瀬を腕に抱っこしたままの賢治は、こちらに被害が及ぶことがないと理解するや実に気楽な様子で。
「お。腕が再生する端から食ってるぞ。すごい食欲だな」
「びちびちいってるよびちびち……!!」
「ははは、さしずめ踊り食いか」
「笑い事じゃないって!」
叫んだところで、マルちゃんが噛みちぎった触手のかけらがこちらに向かって飛散し、「んにゃぁぁ!」と悲鳴を上げる高瀬。
「舌を噛むなよ?」といいながら高瀬を腕に抱えたままの賢治が軽く後ろに飛びずさる。
そのすぐ目の前で、びちびちと暴れていた腕のかけらは次第に力をなくし、急速に朽ちていったかと思うと、今度は液体のような形状へと変化し、真っ黒いシミ状のものがじわじわと地面に侵食していく。
「う、動くよあのシミ!?」
「意外としぶといな」
足場を奪われてはさすがの賢治も身動きがとれない。
軽く舌打ちした賢治の腕の中で、ようやく我に帰った高瀬が「ケンちゃん下ろして!」とじたばた暴れ始める。
「私霊体だから!!生身のケンちゃんの方が絶対ヤバいって!」
私のことは放っておいていいから、とりあえずケンちゃんだけでも安全なところに避難して欲しい。
そう伝えたはずなのだが、なぜか抱きしめる力は先程よりも格段に強くなり、「馬鹿だなぁ、タカ子は」と。
「霊体ってことは、器の中身だけがむき出しになってるようなものだろ?んな危険物放り出せるかよ」
「危険物……」
そういう表現をされたことは今まで一度もなかったが、そう言われると確かにそのとおり……なのか?
今まではそんなこと考えたことも――――。

「それよりほら、見ろよ。あっちはだいたいカタがついてきたみたいだぞ」
指された場所を見れば、そこには既に触手の姿はほとんど見えず、まだ懲りずに床からウヨウヨと飛び出そうとする残りの触手を、もぐらたたきの要領で前足を使ってぺしんぺしんと踏み潰していくまるちゃんの姿が。
どうやら液体状になった触手は再生が可能なようだが、マルちゃんによって完全に消滅させられてしまったものに関しては別らしい。
一時は周囲の床を斑に黒く染めていた触手の残骸も、徐々にその数を減らしていく。
その中心では、増えたしっぽをフリフリと上機嫌に揺らし、ドヤ顔継続中のマルちゃん。
「終わった……かな?」
とりあえず床を見ても、先ほどの黒いシミは既にそこにはない。
流石にこれは褒めてあげてもいいかもしれないと感心したところで、それは起こった。
「!?まるちゃん!?」
ブルブルと震えるまるちゃんの巨体。
普通の狐などよりはるかに大きなその体が一時いつもの手乗りサイズにまで縮み、以前見た小さな光の玉のような状態にまで戻ったかと思うと――――。

「!?」

「こりゃまた………さすがタカ子の使い狐。想像の斜め上を行くな」

呆れ半分。感心半分といった微妙な感想をこぼす賢治。
あわあわと声もないのは高瀬だ。

「け、けんちゃん、あれって……!?」
「まぁ……妥当に考えてアレなんじゃねぇの?」
「だよね、ってことはあれがあれ!?」

「アレ」ばかりで非常に会話ではあるのだが、それも仕方ない。
二人の視線の先。
そこにあった――――いや、そこにいたのは既に白狐でも、光の塊でもなく――――。


「主よ。ようやくあなたにお仕えするにふさわしい姿に戻ることができました」

すっと歩み寄り、恭しく高瀬に向かって頭を下げるソレ。
主呼びの破壊力が半端ない。

「執事カフェってこんな感じなのかな!?ケンちゃんっ!!」
「しっかりしろタカ子。こんな執事いねぇだろ。着物に狐面って……」
一体どこの二次元から出てきたんだコイツは、と。
思わずそう賢治がぼやくのも無理はない。
現在の白狐の姿は、まごうとなき人間。


それもあざといくらいに色気のある、目元に泣きぼくろのついた20代後半くらいの美青年。
頭の後ろにはここ最近よく見るようになってきた白い狐のお面が引っ掛けられ、着ているものは白地の一見地味な着物ではあるが、よく見ればいたるところに金の糸で刺繍が施されており、独特な婀娜めいた色気を醸し出している。

「狐が美形に化けるってのは本当だったみたいだなぁ」
感心したようにつぶやく賢治。
高瀬はまだその変貌に声もない。

「――――お褒めに預かり光栄。なれど我が望むのは主よりの労いのみ」

主よ、と。

顔を上げ、高瀬を見上げたその表情がまたやたらと色っぽい。

「うぅっ…。顔面凶器……」
「なぁタカ子。狐カフェって名前でコイツにホストやらせて金取るってのはどうよ?」
うめく高瀬に、こそこそと碌でもない提案を吹き込む賢治。
もちろん冗談だろうが、今のこの状況では笑えない。

「我は誇り高き神の使いなり。人に媚びへつらったりなどはせぬ」

動物特有の耳の良さで全て筒抜けだったようだが、そこはちょっと待てと思う。
検事の腕の中からそ~っと手をあげて、「あの…」と。
「私も一応人間なんだけど……」
あいあむのーまるひゅーまん。
その言い分ではまるで、「主」扱いされてる私まで人外認定のような――――。
戸惑いながら口にすれば、まるで「おっといけない」というように口に手を当てたまるちゃん。
「そのような瑣末なことをお気に召されますな、主よ」
――――って。
誤魔化すすように笑われても、そんなの逆に気になるわっ!!
「なに!?なんなのこの驚きの展開っ!!」
「狐に変化はつきものだしなぁ。むしろ竜児のやつなんかはある程度想像してたんじゃないのか?」
「!そういえばマルちゃんのことやたらと警戒してたような気はするっ!!」
「下僕が一人増えたとでも思えばいいんじゃねぇの?」
これに関してはあとで竜児を問い詰めなければ気がすまないが、それにしてもケンちゃんは適当すぎだ。

「ふさわしい姿に戻る……ってことは、それがマルちゃんの本当の姿ってこと?」
「我が身の化身でございます」
「化身……」
つまり本体はやはりあの狐の姿であるようだ。
「神に仕えし時代は、より神に近いこのお姿でお側に侍っておりました」
いわゆる、神使、というやつだろう。
確か竜児が……マルちゃんは以前、「仕える神を失った」とかなんとか言ってたような気がする。
自分の容姿に自信満々な今のマルちゃんの様子を見ると、この姿は以前仕えていたという神様の趣味に合わせたものなのかも知れない。
「神様って、面食いなんだ……」
どうでもいいことについ納得してしまった。
確かに今思えば絵画などに記されている神は当然のように美形である。

すっかり”顔面危険物”認定されたマルちゃんの顔を見下ろせば、それがもともとマルちゃんだと分かっていてもどことな精神にクルものがあって……。

「――――ーなんか、その顔で”お側に侍る”とかって妙に卑猥……」
「!?」

その瞬間なんともいえない情けない顔をしたマルちゃん。
その顔がちょっとだけ可愛かった気がするなと思ったのは――――ただの気の迷いだと信じたい。
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