わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

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座敷牢

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「骨壷…?」
「ええ、土蔵の中に」
壁に設置された棚一面に置かれた白い骨壷は、あまりに異様な光景だった。
「多分、例の幼くして亡くなった女の子――だと思います」
「じゃあ、幸希の骨も」
「恐らく中に…」
納骨されることもなく、土蔵の中にしまいこまれた骨。
蓋には札のようなものが貼られ、まるで何かの封印を施されているようだった。
――ー一目で、彼女たちが今だに成仏できていないことが分かる。
「それじゃあ、中にはその子達の霊が…?」
「それが一人も。だから余計に不気味なんです」
あの状態で、成仏などできるはずはない。
ならば一体どこに…?
「まだ探ってない場所もあるんで、もう少しこの家のことを調べてみようかと」
「わかった。頼むよ…」
「主任も、怪しまれない程度にこの家を出てくださいね。私だったら大丈夫ですから」
いつでも出入りは自由だ。
この家に、高瀬の行動を阻めるようなものなど何もない。
例えあの土蔵の結界が万全の状態であったとしても、それは同じことだ。
「探索が終わったらこっちに連絡をできるようには?」
「……とりあえず、ハムちゃんを預けておくのでもし何かあったら伝えてくれると思います」
『きゅ!』
今の今まで大人しくしていたハム太郎が、自分の出番かとばかりに威勢良く声をあげる。
「流石は俺の恩人だなぁ。素晴らしく有能」
『きゅ?』
「飼い主に似たので」
「………」
なぜかそこで長い沈黙が流れたが、気にせず更に主張を続ける。
「私に似てとってもお利口さんなんです!」
「…うんうん、わかったわかった。じゃあお利口な及川くんにあとは任せて大丈夫かな?」
「了解です!」
後のことは任せて欲しい。
「部長の方も気になるんで、そっちの様子確認もお願いします」
「あっちには何もないんじゃ?」
「でも、室井社長がいますからね…油断はできないかと」
「まぁそれもそうか…」
アレク君が付いている以上滅多なことは怒らないと思うが。
「まだ話し足りないけど、残念ながらそろそろ時間切れかな…」
ちらりと向こう側に視線を送り、主任がつぶやく。
確かに、そろそろ家政婦さんも戻ってくる頃だろう。
「その場合でも別にただ主任が独り言を言ってると思われるだけなんで私にはノーダーメージですけどね」
どうせ何をしていても彼女には見えない。
だが、どちらにせよそう長居をする理由もない。
「んじゃ、そういうことで」
「あぁ、後は頼んだ」
『きゅい!!』
おぉ、ハムちゃんが頼もしい。
できるだけ余計なことはしないようにね~と念を送りながら、主任の元を離れる。
さぁ、探索を続けよう。

       ※

「座敷牢…って言ってたのはこれかぁ…」
ようやく見つけた。
奥座敷の家具の後ろに妙な隙間があったので確認してみたところ、ドンピシャ。
まったくとんだ忍者屋敷だ。
それとも、臭いものには蓋ということか。
光がほとんど入らない土塀。
部屋のほぼ3分の2にあたる場所に籠目文様の柵が設けられ、中にいるものを閉じ込める形状になっている。
柵の中は3~4畳といったところか、古びた畳がひかれ、トイレと思しきボットン便器のようなものがすぐそばには設置されている。
衛生状態はそれなりに確保されていそうだが、気分のいいものではない。
奥にはやはりこれも随分年代物らしき桐箪笥のようなものがひとつ。
そして―――――。
「そっか、みんなここにいたのか…」
高瀬の瞳に映るのは、その場にじっとうずくまる少女達の姿。
一人や二人ではない。ところどころ姿が重なっているものもいるようだ。
皆一様に年頃は同じ、そしてやせ細った青白い肌。
着物を着せられ、その境遇に反して身なりだけは妙にきちんとしている。
この様子だと、もしかしたら生きている間は誰か世話係がついていたのかもしれない。
それでも、この場所に閉じ込められたことの救いには程遠いが…。
彼女たちは皆一様に表情がなく、高瀬の姿を見ても、ピクリとも動かない。
完全に意識を失って、既に人であることを亡くしているかのように。
「まるでこの場所に記憶だけが染み着いたみたい…」
たとえ地縛霊であっても、そこに本人の魂があれば高瀬には分かる。
だが、この場の彼女たちには、それがまったく感じられないのだ。
輪廻の輪に戻ることもできず、封ぜられたまま永遠に現世にとどまる事を強要された
どんな呪法を使ったものか高瀬には想像もつかないが、こんな幼い少女達を犠牲にして、一体何が”繁栄”か。
”許せない”ただ単純にそう感じた。
けれど、まだだ。まだ、
怒りのままに暴れだしそうになる心をぐっと押さえ、座敷牢の場所へと一歩足を踏み出す。
スッ……。
高瀬の腕が柵を通り越し、檻の中へとすり抜けていく。
その度に、頭の中に入り込んでいくのはここで死んでいった少女たちの思い。
一番古い、最初にここに入れられた少女の記憶に始まり、最後にここに入ったのは―――――。
幸希と幸樹。ふたりの母親であり、先ほど書斎に飾られていた写真の中の女性。
「さっちゃん…」
それが、彼女の正体だ。
彼女はここに入れられ――――とある幸運から、この場で命を落とすことはなく、無事にふたりの子供を出産した。
だから、さっちゃんはこの場所に縛られることはなかった。
そして今見せられた記憶の中には、彼女の娘――幸希の記憶はない。
幸希は、ここでは死んではいない。
彼女の死は、本当に事故だったのだ。
だが、その死を人間がいた。
本来であればきちんと供養され、埋葬されるはずの幸希の骨は、そのせいで今もあの冷たい土蔵の中にある。
これまでにこの家の犠牲となった少女たちの遺骨と共に――。
全身を檻の中に入れ、もう一度周囲をぐるりと見渡せば、そこには古い御札のようなものも貼られている。
本来であれば何かの力を持っていたのかもしれないが、今となってはただの紙くず、何の役にもたたない。
奥にあった桐箪笥を開ければ、そこに入っていたのは、見覚えのある赤い着物。
さっちゃんが着ていたものと、まったく同じものだ。
恐らくはこれと同じものを、幸希も纏っていたのだろう。
こんな場所にあって、きちんと手入れがされ、保管がなされている。
…ん?
「ちょっとまって」
きちんと手入れがされている、ということは。
今でも誰かが、この場所を、ということだ。
それは誰だ。
室井社長本人か?
――ー否。
着物の管理など、男性にできる仕事ではない。
だとしたらそれは、あの宗方と呼ばれた家政婦、彼女しかいない。
そういえば、あの時みせられたさっちゃんの記憶に、確かに一人中年の女性がいた。
あれが、そうか。
「……無関係じゃ、なかったみたいだね」
もう一度、彼女に会う必要があるようだ。
少し考えて、高瀬は大切にしまわれた赤い着物を手に取る。


そして――――。
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