わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

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等価交換のススメ

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「これで会計を頼む」
「は、はい…!!」
渡された万札を押し抱くように受け取った店員が足早に去っていくのを視界の端に止めながら、今回の厄介事の種となる存在を前に谷崎は内心で苦虫を噛み潰した。
彼女へと、明らかな執着を見せるこの男。
他人だなどという見え透いた嘘を信じるものなど、誰もいない。
「おい」
「……?」
唐突に声をかけられ、怪訝そうな眼差しを向ける谷崎。
だが、そんな彼に向けて「違う、お前じゃない」と、傲慢に言ってのけた男は、くるりと振り返り、いまだ出入り口で立ちっぱなしになっていた二人の男を指差す。
「お前たちの方だ」
「…は……?」
唐突の状況の変化についていけず、戸惑う男性。
だがこれを好機と見たか、もうひとりの男性が慌てて彼のもとへと駆け寄ってくる。
「せ、先生……??」
下からおもねるような表情で擦り寄る男。
――――先生?
その如何にも胡散臭気な呼び名に、谷崎の眉がぴくりと動いた。
「幸運だな、あんたら」
「え…?」
一体何のことだろうと戸惑う男性。
「さっきこの場にいた女。
―――――あの女なら、夜空の星さえも自由に操って見せるかも知れないぞ」
「そ、それは…!!」
先程自らがあげた例えを持ち出し、にやりと笑う男。
その一言に、谷崎の表情が変わった。
「彼女に何をさせるつもりだ」
「お前には関係ない」
相手にもならない、といった態度を崩すことなく、先ほど二人が出て行った裏口を見つめる男。
気に入らない。何もかもが。
ここまで強くそう感じたのは、随分久しぶりのことだ。
「彼女に手出しはさせない」
自分で思っていたよりも、はるかに冷淡な声が出た。
この男は「敵」だと、本能の告げるままに従った。
騎士ナイト気取りのつもりか?お笑いだな。
お前はあいつを守っているつもりかもしれんが、実際はどうだ?」
谷崎の言葉を鼻で笑った男。
目を細め、視線を向けたのは、谷崎の足元。
それまで大人しく気配を消していた、アレキサンダーのもとへ。
「随分なつかれているようだが…。はそもそもがあいつの力の塊だ。
あいつの意志に従って、お前を守護しているに過ぎん」
『ウゥ……!!』
「そう吠えるな。俺はあいつの敵じゃない」
谷崎の意思に従い、威嚇を始めたアレキサンダーを軽くいなしながら、男はさらに続ける。
「自分自身を守る術すら持たない男が、どうやってあれを守る?」
愚かだな、と嘲笑う男。
だが、谷崎にはそれに対する怒りはない。
「俺が彼女に守られているのは事実だ。だが、よく考えてみたらどうだ?あの場で彼女が頼ったのは、俺だ」
自分の足元でこそこそと蒸しパンを齧っていた小動物のような姿。
背中に張り付いて離れなかったのは、「彼女」の方ではないかと。
それに対して男は「他人」と明言された上に避けられていた。
この差は大きい。
「守るなどと大口を叩くつもりはない。俺は望まれたものを―――――彼女の居場所を与えるだけ」
矢面に立ち、背に庇う権利を持つのはこの男ではない。自分だ。
望まぬ立場を押し付けたところで、彼女はただ逃げていくだけ。
強引に捕まえることなど、誰にも出来はしない。
例え、どれだけ欲していたとしても。
それを弱気だと断じ、男は傲慢に告げる。
「居場所など俺がいくらでも与えてやる。肩書きも、財産も、愛も。」
溺れるほどに与えた上で、唯一つ奪うとしたらそれは。
『自由』
「――――あいつは俺のものだ」
きっと、それこそが一番彼女の望むものなのだと。
気づけないこの男にだけは、彼女を託すことはできない。


        ※

「そもそもですね、あいつと私では需要と供給が合わないんですよ」
車に乗り込み、中からしっかり鍵をかけたところで、おもむろに高瀬が口を開いた。
「例えばですよ?あからさまに財産目当てな男が突然「お前に惚れた」とか言い出した所で、それを信じるバカがどこにいますか」
そんなものは、ご都合主義な恋愛小説の中ぐらいでしか存在しない。
「そりゃ、相手のことを自分も好きだとか言うなら別ですけど、それ以外で信じるメリットないと思いません?」
愛情というのも、一種の等価交換だ。
互いに釣り合うだけの愛情を交わし会える間はうまくいくが、どちらかの天秤が傾いた時、それは破局する。
今回の場合そもそも高瀬が相手に愛情を求めていない段階で、取引は不成立だ。
そんな真面目な話の最中に、「ちょっとまって」と声をかけられ、運転席から真顔でこちらを振り返る主任。
「高瀬君、君……」
「はい?」
真顔での問いかけに、何かと思っていれば。
「そもそも財産なんて持ってたっけ?」
「……ツッコミを入れるのはそこですか!?」
ありますよ私にも財産くらいっ!!っと吠えるようにツッコミを入れてから、ぼそりと補足する。
「………竜児のが」
「いやそれ、君のものじゃないから」
「いいんですっ!!竜児のものは私のものでいいって言質はとってあるんですからっ」
正確にはその前に「お前高瀬のものは竜児のもの」という1文もつくのだが。
これは等価交換というよりは、互いの共有化とでもいうべきか。
「甘やかされてるねぇ…」
「主任も全力で甘やかしてくれて構いませんよ」
ユアウェルカム!!
「―――――遠慮しとく」
「だと思いました」
「財布にされる運命しか見えてこないからね……」
「今ならセットで愛も付けますよ」
「通販じゃないんだからさぁ…」
30分以内にお申し込みで今ならもう一つプレゼント、みたいな?
「まぁそれは冗談として、あいつが求めてるのはですね、正確には財産じゃなく、私の霊力です。この意味、主任ならわかりますよね?」
「……もしかして、矢部君の言ってた……?」
ビンゴ。さすがは主任。
「四乃森龍一。あれが本人です」
相変わらず、びっくりするほどフラグの回収が早い。
まさか今日の今日で遭遇するとは流石に想像していなかった。
驚きながらも、つい先ほど見た男の顔を思い出し、納得した様子の主任。
「確かにイケメンだったけど……」
「ちなみにいい体もしてます」
「え」
「あ、つい口が滑った」
ぽろりと溢れた言葉に主任が食いつく。
「いい体って……まさかもうそういう関係を……!?」
先程までは冗談交じりだったものが、完全にマジな表情を浮かべて詰め寄ってくる主任。
しかもちょっとショックを受けたような風情なのはなぜだ。
頼むからちょっと落ち着いてくれ。
「この話の流れで流石にそれはありませんって…。ただ、脱いでる所を何度か目撃してるだけで」
もちろん修業中の、上半身だけの姿だが――――。
「その話、谷崎が戻ってきたらもっと詳しく教えてもらうから」
「なぜにそこで部長が?」
「……いいから、包み隠さず全部正直に話しなさい。やましいことがないんなら」
軽く嘆息しながら、素直に吐けと告げる主任。
やましいことなど当然なにもないので、特に異論はないが…。
「まぁ、確かに同じことを何度も言うよりは一度で済ませたほうがいいですよね」
二人がかりで尋問される恐れはあるが、まぁどうせいつものことだ。
「それと、これだけは聞かせてもらっていいかな」
「?なんですか」
相変わらず真面目な顔のままの主任の問いかけに、素直に応じる高瀬。
「あいつと谷崎、どっちが君の好み?」


「………はい?」
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