わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

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呪詛返し

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帰りますよと言われても、何も高瀬の場合そのまま一緒についていく理由はない。
防犯のためのある試みをしている最中だったが、まさか竜児が出てくるとは予想がつかなかったため、今回はその出番もなさそうだ。
「んじゃ竜児、私は先に帰るから…」
「そうですね。先に帰って待っていて下さい」
「うん、先に帰って……」
そこまで言って、はたと気づく。
――――――待っていて、とは?
「………竜児?」
「君の本体なら今頃賢治が僕の自宅にお持ち帰りしてますよ。だって無用心でしょう?」
「むしろ勝手にお持ち帰りされてる段階でアウトだよ!!」
また合鍵を使いやがったな、とポカポカと竜児の肩を殴りつける高瀬。
「寝込みを襲うのやめてくれる!?」
「人聞きの悪い。保護と言いなさい。何かあったらどうするんですか」
「むしろ今一番の危機を覚えたわ!」
目が覚めたら知らない天井――――ではなく狼の巣穴というわけだ。
ひたすら文句を言い募る高瀬に、何をいまさらと平然とした表情の竜児。
「別に何もしませんよ。君だって知ってるでしょ?」
「いつだって料理できるからと言われているようにしか聞こえないんだけど」
「ふむ。君にしては賢い」
「否定して!!!」
主任の口にした、「生簀の中の魚」発言が今になって心にしみる。
寝ている間に、いつの間にか生簀からまな板の上まで移動されていたとは笑えない。
「そうそう。賢いといえば、さっきの会話も君にしては上出来です。
主導権を相手に渡してはいけない。基本ですね」
「竜児に褒められるとかむしろ怖いんだけど…」
「僕は褒めて伸ばす方向にシフトチェンジすることにしたんです」
「それ結局馬鹿にしてない!?」
幼児が何をやっても「よーし偉いぞー」と言われるのと大差ない気がしてきた。
優しさの中にほのかに香るドSの香りが半端ない。
「僕としてはもっと徹底的に叩いてもいい所だと思いますがね」
「竜児の徹底的は心が完全に折れるまでってこと?」
「再起不能に陥るまでですね。抵抗の余地を残しては完全征服とは言えません」
「完全征服…」
なんて魔王らしいセリフだろう。
当たり前の顔をして宣言するが、人に一体何をさせる気だろう、コイツは。
「まぁ…それはともかくとして。相容れないものはしょうがないじゃない?
こっちに合わせる努力をしない相手とうまくやってくのは無理でしょ」
学校教育でもあるまいし、合わない相手と無理をして付き合う必要はない。
「おや、ではあちらが大人しくすがってきたらどうするつもりだったんですか?」
「それは――――――」

答えようとした、その時だった。

「…な、なに!?」
ズシンッ……っと、大地が揺れ動くような音があたりに響く。
巨大地震の前触れのような、嫌な空気の張り。
慌てて竜児にしがみつきながら、高瀬はあたりを見回す。
「地震!?」
だが、少し先に見える道路の明かりには、何ら変わった様子は見えない。
「どうやら、揺れているのはここだけのようですね…」
「ここだけってそんな馬鹿な…」
まるでダイナマイトが地中で爆発したかのような衝撃だった。
幸いほんの数秒で揺れは収まったが、そのまま動き出す気にはなれず、しばらくそこに留まる二人。
「待て、今のは……!」
そこに追いついてきたのは、龍一だった。
「「――――しつこい」」
揃って顔をしかめ、いかにも仕方ないといった様子で振り返るふたり。
そこに龍一の手が伸ばされた時、異変は起きた。
「ぐっ……」
伸ばしたその手が確かに高瀬を捉えたと思った瞬間、龍一が急に崩れ落ち、苦しみ始めたのだ。
そして何かに気づいたように慌てた様子でじりじりと二人から距離を取ると、その場で。
ゲホッ……!!!

「え…?」
「――――やめなさい。きみが見るものじゃない」
ほんの一瞬、龍一を振り返った高瀬の視界に映ったほとばしる鮮血。
血を吐きうずくまる龍一に、硬直する高瀬。
竜児はその顔を自らの方に向けさせ、目の前で起こったこと見せまいとするが、既に遅い。
脳裏に焼き付いたのは、真っ赤な血の色。

「ちょ…!!!どういうこと!?」
「さぁ…それは僕にも」
ただ、と。
竜児は高瀬の目を塞いだまま、小さくつぶやく。
「それを一番よくわかっているのは、本人では」
「……いや、それよりとりあえず病院っ!!医者に行かないとっ!!」
救急車!!と騒ぐ高瀬を止めたのは、意外にも龍一だった。

「…やめろ」

血で濡れた口元を拭いながら、龍一は立ち上がる。

「医者ではどうにもならん。…返しがきた、それだけだ」

ペッと地面に口の中の血を吐き捨て、再び口を拭う。
「吐血ではなく喀血かっけつ…。肺でもやられましたか」
「さぁな…。内蔵一つ持っていかれなかっただけましだ」
内蔵出血の場合は、血の色は胃液でどす黒く出血する。
だからといって決して甘く見ても良い状況ではないのは確かだが、龍一にはそれを気にする様子はなく。
ただ彼が見つめる先は、竜児が抱えこんだままの高瀬、ただ一人。
今にも奪ってやると言わんばかりのそのギラギラとした瞳を、あえて見下すような竜児の視線。
「その体たらくでまだ何か御用でも?」
「…ちょっと、竜児!!そんなこと言ってる場合じゃ…」
いくら本人が大丈夫だといったところで、さすがにこのままではまずいだろう。
先程吐いた血の量は、明らかに普通ではなかった。
拘束する竜児の腕から逃れようやく地面に降り立った高瀬だが、龍一に向かって一歩足を踏み出そうとしたところで、「来るな!」というその声に、足が止まる。
「……それ以上来るな。お前が汚れるぞ」
ほんの数歩先には、龍一の吐いた血だまりが。
龍一が危惧したのは、それに高瀬が触れることだろう。
「そんだけ血を吐いといてよくそんな強がり…」
「強がりじゃない。来るなと言ってるんだ。それは
よごれ、ではなくけがれ。
その違いに気づき、高瀬が足を止めたまま、血だまりに目を向ける。
その先で起こったのは、通常であれば決して起こりえないこと。
「……血が…」
あっという間に、真っ黒に変色していく。
その中に、何か小さなものが蠢いているのが分かる。
瞬間的に、思わず高瀬はそれから目をそらした。
どうやらそれは正解だったらしく、龍一はそれを高瀬の目から隠すように、ためらわず足で踏み散らす。
「虫は嫌い……だったな」
以前高瀬が言った言葉を覚えていたらしい。
かすかに笑ったその口元がすぐに苦痛に歪む。
ゲホッと咳き込むたびに、唇から吐き出される血。
「早く…そいつを連れていけ」
「あなたに指図される謂れはなりませんよ」
そう言いながらも、高瀬を連れ戻そうとする竜児だったが、高瀬はその場を動かない。
「行きましょう」
「……ごめん、ちょっと今は無理」
振り向きもせず答えた高瀬は、「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど…」と小さくつぶやきながら、ゆっくり一歩ずつ前へと足を進める。
「おい…!!」
龍一が汚れだといったどす黒い血の残る地面にその足が触れた時、なぜか高瀬の口元が僅かに歪んだ。

「――――人とはまったく、愚かなものよな」

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