わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

文字の大きさ
140 / 290

チャンネル

しおりを挟む
ようやく怪しげな気配が完全になくなったところで、二人はほっと肩で息を吐く。
そうして改めて互いに顔を見合わせると、高瀬がなにか口を開くよりも前に、龍一がその口火を開いた。
「前から思っていたんだがな…。なぜお前はいちいち俺の名をそう呼ぶ?」
若干イラついたような、少し不機嫌さの見える声で「嫌がらせのつもりなのか?」と再度問われ、高瀬は憤慨する。
「失礼な!フルネームで呼んで何で嫌がらせになるの?」
別にそんなつもりはないと主張する高瀬に、龍一はちょっと意外そうな顔を見せた。
「……四乃森の内情とやらを知らないわけじゃないだろう?」
「内情?」
「………知らないのか。それとも興味がなかったのか」
恐らく後者だろうなと自己判断しながら、気が抜けたようにため息を吐いた龍一は「俺が悪かった」とさっさと謝罪する。
「嫌がらせのつもりじゃないのならそれでいい」
「……名前、嫌いなの?」
「そういうわけじゃないがな……。少なくともお前にはそう呼ばれることは楽しくない」
「なにそれ」
フルネームに、呼ばれて楽しいもなにもなかろうに。
それどころか、かつてはこれでやっと四乃森の名を名乗ることができる、と喜んでいたはずの家名だ。
そこまで考えて、ふと「ん?」と疑問を感じる。
名乗ることができる、ということはつまりだ。
「あんた、四乃森になる前はなんて苗字だったの?」
母方か父方、どちらか別の苗字を名乗っていたということなのだろうと思いつつ問いかけた高瀬に、龍一は少しためらいを見せながらも、素直に答えた。
土方ひじかただ」と。
その名に、名乗った本人すらも驚く程の勢いで高瀬が食いついた。
「土方!?って、あの新選組の土方!?」
思わず無意識のうちに襟元を掴むほど興奮する高瀬を、珍しいものを見るような顔で見下ろす龍一。
「別に親族でも何でもないぞ」
「いや、それでも土方って相当珍しい苗字でしょ。ルーツが同じなのかも……」
以前興味をもって調べてみたことがある。
土方というのは、そもそも清和源氏の流れを汲む武家の一族なのだ。
それが現在で言う奈良にかつて存在した「土方村」という土地に住み着き、一族を増やしたと言われている。
直接の子孫はその後織田信雄に仕えたらしいが、それとは別に各地へ移り住んだ人間もあったことだろう。
本家の「土方家」と同じ家紋を使用していることからして、土方歳三の家も、そんなうちの一つであったのではないかと推測している。
左三つ巴紋と呼ばれる雷様のマークによく似た渦巻きのような形の家紋で、文様自体に「禍を退ける」という意味があるらしい。
「母方の家名だ。今はもう途絶えたがな」
「うわぁぁ…。勿体無い」
心からそう思った。
四乃森なんて名前より、高瀬の中ではよっぽど貴重な名前だ。
京都で新選組観光をした時の記憶が走馬灯のように蘇る。
あの頃は本当に楽しかった。
そういえば幽体離脱をし始めたのもあの頃だったなと今更ながらに思い出す。
「なんだかよくわからないけど、四乃森ってのは霊能力者の一族を表す名前みたいなもんなんでしょ?」
「そのくらいのことは知っていたのか」
「まぁ多少は」
内情とやらに興味はなくとも、その程度のことは竜児に聞かされていた。
「そんな名前になんて頼らなくても充分霊力はあるんだし、あんたは絶対元の名前に戻したほうがいいと思う」
土方龍一。うん。いい感じではないか。
胡散臭さが五割減のカッコよさが3割増。
どことなく泥臭いところがいい。
「お前がそれを言うか…」
一人で納得する高清に、苦笑交じりのボヤキをこぼす龍一。
「これでも苦労して手に入れた名なんだがな?」
思い入れがある、それは事実だろう。
そこをあえて、高瀬は一刀両断する。
「呼ばれて嬉しくないと感じる名前なんて、結局本当の名前じゃないと思うよ」
名は体を表すと言うことわざがあるが、正しくその通り。
名前とは、その人間の本質を表すもの。
勝手な判断だが、この男には四乃森という名よりも土方という名の方がしっくりくるのではないか。
この男の本質は、どちらかというと武士に近いのかもしれない。
下手に本質とは異なる姿を装おうとするから歪みが出る。
「お前も同じ名を名乗るというならそれも悪くないな」
嫁に来るか?と問われて、これまでで初めて心が揺れた。
「土方高瀬…悪くないかも」
「おいおい、それで釣れるのかよ……」
うむむと満更でもなさそうな高瀬に、「まいったな」と再びため息を吐く龍一。
「お前相手はやはり調子が狂う」
「私としてはいつものあんたよりは今のあんたの方が好感が持てるけどね」
なんだろう?いつもより少し穏やかな感じがする。
より子供の時に近いような。
「んで。無駄話はここまでにして…。なんであんたがここにいんの?これ私の夢だと思うんだけど」
「お前の夢?」
「んだ」
こくりと頷き、「多分?」と付け足す。
よくわからないが、少なくとも高瀬はこれを夢だと思っている。
「俺は意識を失って気がついたらここにいたんだ。……これが夢?」
首をかしげる龍一は、ここがどこであるかの自覚もなかったらしい。
「お前が俺をここへ引き込んだわけじゃないのか」
「違うと思うけど…」
はっきりと断言はできない。
「可能性としては、マルちゃんを通じて私たちの間にいわゆる霊的な”回路”みたいなものができちゃったとか…。
あぁ、マルちゃんってのはあんたをまるかじりしたあの白狐ね」
補足した高瀬に、「あいつか…」と眉をしかめる龍一。
やはり丸かじりは不本意だった模様。
「結局あれもお前の式神だったんだな」
「まぁ成り行きで…」
あの当時はまだ違った、と主張したところで納得してはくれないだろう。
「一応人助けのつもりだったらしいから文句は言わないように」
「……魔を喰らう狐。確かに世話になったようだな」
おかげで助かったことの自覚くらいは本人にもあるらしい。
「そういやあんたの本体は今どうなってんの?」
今更ながらのそのセリフに、「本体…」と複雑そうに呟いた龍一が、「一応安全なところには移動しているはずだ」と曖昧に濁す。
”はず”ってなんだろうとかいろいろ気になりはするが、まぁ今はそんなことを気にしている場合ではない。
先程は追いかけてきた男も気になるが、それよりも気になるのは…。
「さっきの変な鳥みたいなやつ……あれ何か知ってる?」
「いや…俺も初めて見た」
例の偽ファー○ー、てっきり妖怪か何かかと思ったのだが、この男が知らないとなると一体何なのだろう。
「だが、話では聞いたことがある」
「どんな?」
興味津々、乗り出す高瀬。
「よくわからないが、俺達が普段霊を見るのと同じような感覚で”あれ”を目にしている人間がいるらしい」
森や山中、または都会の片隅と、あれはどこにでも存在し、色もサイズもバラバラ。
なにか悪さをするというわけではないらしいが、笑い声をあげているもの、サイズの大きいものなどがいる場所は後々良くないことが起こるという。
「霊能力とはまた違った能力らしくてな。一度それが写っているという写真を見せられたことがあったが、俺にはなにも見えなかった。俺たちとは見ているチャンネルが違うのかもしれないな」
同じテレビのモニターを見ていても、そこに映し出される画面はチャンネルによって異なる。
「ってことは、その人たちは逆に幽霊は見えないってこと?」
「少なくとも俺の知る限りそういった話は聞かないな。……まぁ、情報自体がそう多くはないせいもあるが」
「やっぱ少数派なんだ?」
「いや…」
違うと首を振ったあと、龍一は「はっきりとは断言できないが」と付け加えながら答える。
「人間は異端を嫌う。見えているものが霊であれば、まだ納得は行くだろう。
だが、それがもっとだとしたら、それを口にする人間は少ないはずだ」
「……見えてても、黙ってるってわけね」
「賢明な判断だがな」
逆に自らそれを発信するものは、自分が見ているものが一体なんなのかを知りたくてという場合が多いらしい。
そこで初めて、自分以外にも同じものを見ている人間が居ること知り、幻覚ではなかった事に安堵する。
だが、その正体は現在も不明のまま。
当然だが、わけのわからないものが見えているとわざわざ自己申告する人間は限りなく少ない。
正しく沈黙は金、雄弁は銀。
「でも、なんでそれが私の夢の中に出てきたんだろう……」
まったく意味がわからなかった。
しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...