わらしな生活(幼女、はじめました)

隆駆

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歩み寄る

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「とりあえず行ってみるか?」
くい、と指差された方向にあるのは、先ほどあの男が土下座をしていた場所。
確かに、何があるのか気にはなる。
だが、いくらなんでも危険ではあるまいか。
「戻って来るってことは……」
「十分考えられる。だからさっさと確認して戻るんだ」
「あ、ちょっと!!」
さっさと歩き出した龍一を慌てて追いかける。
「危ないってば!!」
「安心しろよ。あっちはやせ細った男が一人。不意打ちでも喰らわない限りは負けることはない」
「見つかる前提!?」
結局のところ実力行使ではないかと呆れる。
「というかあんた、腕に自信あんの??」
「それなりにな」
「それなり……」
一気に不安になった。
だが、とどまっていたところでどうすることもできないと覚悟を決めて龍一の後ろにぴったり張り付き先を進む。
ふ、と鼻先で龍一が笑う気配を感じた。
「どうしたの?」
「いや……まさに天国と地獄だな」
「は?」
突然何を言い出すのだろうか、一体。
「お前のことだよ。目の前で手の中からすり抜けていったかと思えば、今はこんなに近くにいる」
「それは…」
今日のことなら、全部あんたのせいじゃないか、と思わずじとっとした目で見上げるが、龍一は振り返らない。
「気まぐれと傲慢は神の専売特許だったな」
「………神じゃないってば」
高瀬の控えめな訂正は、龍一の耳には全く届かない。
「俺がお前を神だと決めた。それでいい。己の神は己で決めるものだ」
「なにそれ…」
もはや開き直りとも取れる発言だ。
しかもそんな適当なことで神様認定されてしまって良いものだろうか。
「お前からの拒絶は想像以上にこたえるようだ。……もう、俺を拒絶するな」
その言葉はまるで懇願のようで。
高瀬はじっと押し黙って龍一の背中を見上げる。
拒絶されるのを恐れるくらいなら、なんでそう、最初から言わなかったのか。
粛々と罪を裁かれる囚人のように、高瀬からの許しを待つくらいならば、初めからそういえばよかったのに。
「………協力して欲しかったら、全部ちゃんと話してよ」
「あぁ」
「包み隠さずだよ!?本当に!!都合の悪い話とか誤魔化しちゃ駄目だからね!?」
「あぁ。今更お前に隠すことはない」
人差し指を立て、男の背中へグリグリと押し付ける高瀬に、龍一が笑う。
「俺がお前に協力したい。お前の側にいたい。それだけだ」
「!?何その開き直り!!」
突然の告白とも言える言葉に、顔が赤くなったのがわかった。
背中を向けていてくれるのが幸いだと思ったが、龍一にはバレているようだ。
「神はまっすぐな請願を好む。正にだな」
「しつこい男は嫌われるよっ」
えい、っといらだち紛れに男のすねを蹴り飛ばすが、びくりともしない。
どうやらそれなりというのは謙遜で、かなり鍛えているのは間違いないようだ。
「その靴」
「?」
「今度こそちゃんとしたものを後で買ってやるよ」
「はぁ?」
「俺はお前の下僕だからな」
おいおい。
とんでも発言に、さすがに高瀬の歩みが止まった。
「どうした?」
「いや、あまりに変態的な発言にどん引いただけ」
足を止めた高瀬を振り向き、不思議そうな顔を見せる龍一。
「何をおかしなことがある?好きな女に服や靴を買って着せてやりたいと思うのは当然だろう」
「神って呼んだり好きな女って呼んだり、随分適当じゃない?」
「古来から男は皆、愛すべき女神に使える下僕だ」
「あっそ……」
夢の中であるせいなのか、ちょっといつもと様子が違うせいでこちらの調子も狂う。
「その服と靴も良く似合ってるがな」
「……貰い物だけどね」
意識したものではないが、竜児が用意した服装そのままこちらに飛ばされてしまっている。
ここのところ向こうに入り浸っていたせいかもしれないが。
「貰い物?どの男からだ」
「……あんたの頭の中でどんな選択肢があるのかをむしろ知りたい」
どの男から、ってまるで複数の男を侍らせて喜んでいるかのようじゃないか。
一瞬、この前言われた「逆ハーレムもありっす」という言葉が思わず頭をよぎってしまった。
竜児に関してはもういろいろな意味で振り切っている自覚はあるが、少なくとも部長とはあくまでビジネスライクな関係なつもりなのに。
「部長に靴を買ってもらう理由はない」
「ならあの弁護士か」
さくっと特定し、「趣味は悪くないな」と呟く。
「だがお前、いいのか?」
「ん?」
と言ったな」
わざわざそこを強調する意味が分からず首を傾げ……数秒後にはっと思い出した。
そうだ、部長とラブラブカップルの設定だった。
その部長を自ら否定してどうするんだ、私。
しかも買ってもらう理由はないとか言っちゃったよ。
冷静に考えれば竜児に買ってもらう理由も普通にない。
「……明日、楽しみだな?」
慌てる高瀬にニヤリと笑った龍一は、それ以上追求することをやめ、再び歩き出す。
「え、明日って……来るの!?」
龍一が言っているのは、社長から頼まれた例の話し合いのことだろう。
てっきり龍一抜きで話をするものとばかり考えていた。
「当然だろう」
「でも今日あんなに血を……」
「お前のおかげでそれほど血も失わずに済んだ。大したことはない」
「いやあるでしょ…」
どう見ても重症だったと思うのだが、龍一にとってはどうということもない怪我だったらしい。
「あのくらいはよくあることだ」
「それ本気で言ってる?」
「ああ」
混じりけなしの本気に、やっぱりこいつ、やばい世界の人間だよと呆れる。
「そういえば呪詛返しをしてきた相手のこと、誰だかわかってるんでしょ」
少なくとも白狐はそう言っていた。
「相手はわかっているが…。あいつが直接関わっているかどうかは不明だな」
「どういうこと?」
関係があるからこそ呪詛を返してきたと考えるのが普通ではないのか。
「こっちも色々あるんだ。……ほら、ついたぞ」
誤魔化すな!と口を開こうとしたところで先を行く龍一が突然止まり、「うわぶっ」と妙な声をあげながら顔ごとその背中に突っ込む。
「いたたた…」
「しっ…。気づかれて戻ってきたら厄介だぞ」
鼻が低くなったかも、と文句をたれる高瀬の口を塞ぐ龍一だが、それは随分今更ではないか。
これまでさんざん話しながら歩いてきておいて、無駄なあがきだ。
というかわかっててやってるだろう、絶対。
改めてやってきた場所を見れば、一体どれほどの間土下座をし続けていたのか、男が座り込んでいただろう場所にははっきりそれと分かるくぼみができている。
五体投地の痕跡だ。
肝心なのは、あの男が一体何に向かってそれをしていたのかだが…。
「いないな」
「?」
「さっきの妙な鳥だ。いなくなったと思わないか」
「あ…」
そう言われれば、一匹も姿を見ていない。
あの男の方についていったということなのだろうか。
「そもそもあれって鳥?」
「…さぁな」
ぬいぐるみのようなぽてっとしたあの体型で果たして空を飛べるのか疑問だが、羽らしきものがあったのは確認している。
だが姿を消したといっても、それらしき生物が飛んでいる姿を見た記憶もない。
どこかに身を隠しているのか、それとも本当に”消えて”しまったのか。
何しろ生態そのものが不明なだけに判別がつかない。
そんなことを考えていたところで、不意に龍一に腕をひかれ、体が揺らいだ。
文句を言おうとしたところで、龍一の真剣な表情に気づき口を閉じる。
「……見ろ」
耳元で囁かれ、少し離れた木の上を見上げて驚いた。


今までのものよりもひときわ大きなサイズをしたファー○ーが、そこにはいた。
高瀬たちの存在に気づいているのかいないのか、全くこちらを見ようともせず、じっと下を見つめている。

「その下に何があるの…?」

端的に言えば、丁度あの男が拝んでいたのも同じあたりだ。
見たところ、ただの地面のようだが…。

きっと、そこに何かある。


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