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第2章

胎児の憂鬱

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生まれ育った孤児院に帰って来た、ドラマのヒロインが、恋人に向かって叫んだ。
「ライバルさんのお腹には、あなたの子供がいるのよ!だから、私ではなくて、彼女と結婚して幸せにしてあげて!」
「君は、俺と共にこの孤児院で育った。大した学歴もなく、これまで二人きりで片寄せ合って、精一杯生きて来た。」
「そうよ。二人で世を拗ねて生きて来たわ。育ちのいいライバルさんが憎くて、あなたに美人局をさせたら、あなたがしくじって・・・。」
「何であの時、ゴムを付けなかったんだ!」
胎児は思った。こいつらの間抜けぶりには呆れて物が言えない。大体あのなぁ・・・。
孤児院育ちを恵まれない育ちとか、可哀想だとかいう、ステレオタイプの考え方も何だかなぁ・・・。
自分に言わせりゃ、お前らの信頼関係は羨ましい限りだぜ。
二人でグルになって、良家の子女を弄んで、有り金をふんだくって、縁談をぶち壊して棄てた女の、腹の中に自分はいる。
「騙された!私はお金目的で近づいてきた男に、体を許したら、子供を孕まされてしまった・・・。気付いた時にはもう、堕ろせない時期に来ていた。」
良家を破門になり、仕事は続けながらも、休日は酒に溺れる日々。産気づいて吐いても、酒のせいだと疑わなかった。
そんな風にして過ごしていたら、仕事中に倒れて、病院に運ばれて、妊娠が発覚した時には、既に22週を過ぎていた。

美人局男は、ヒロインと結託して、ハニトラを仕掛けて縁談を破棄させて、身ぐるみを剥いだ訳だが、避妊くらいちゃんとしろと言いたい。
ヒロインもヒロインでこれでいいのか?自分はこの美人局男とヒロインの間で育てられても良いんだぜ。
それなのに、今更血の繋がりにこだわってどうするんだ?
このまま行けば、ヒロインのゴリ押しのせいで、美人局男に裏切られて荒んだ女と、愛のない結婚をするんだぞ。
毒親育ちまっしぐらじゃねぇか!虐待とネグレクトがもはや約束されてるんだぞ!
こんな結婚では、生まれ落ちた後の人生に、何の希望も見いだせないだろうが!
お前たちは良いよな。孤児院のスタッフの皆さんは、何だかんだで基本的に全員が、子供たちに寄せる愛だけは本物で、孤児同士も理解し合って助け合って成長する。
そして、社会に出てもてめえらみたいに、何の損得勘定もなく、助け合って信頼関係を築いて生きて行く事が出来る。
自分の母ちゃんはなぁ、一見育ちはいいかもしれない。がなあ、てめえらというアクシデントのせいで実は、
「愛されていたのではなく、それは条件付きの愛だった。だから、美人局のせいで全てを失った。」
この事実に絶望しているんだぜ。寂しいよな。虚しいよな。それをよう、
「子供はどんな親であれ、実の親に育てられるのが一番の幸せなのよ!」
とか、虐待とネグレクトで育った人間を前にしても、そんな綺麗事を言えるのか?恐らくビンタが飛んでくると思うぞ。
人間とは、これほどまでに無い物ねだりな生き物なのか。

数週間後________。
母ちゃんが、切迫流産の危険で病院に運ばれた。
「母親の命を取るか、子供の命を取るか、二つに一つです。」
そこは頼むから、母ちゃんの命を優先してくれ。自分がこのまま流産すれば、もっとましな腹から生まれて来れる。
が・・・。ストーリーがいきなりの急展開を見せた。美人局の男を逆恨みした、母ちゃんの元婚約者が、奴の背中をメッタ刺しにするという物凄いサスペンスな展開になった。
「俺はこんなろくでもない事でしか、お前に愛を伝えられない。こんな愚かな俺を許してくれ。こんなクズの子供でも、子供は子供だ。お腹の子供も含めて俺はお前を愛している!」
「そうまでさせてごめんなさい。そして、ありがとう。お陰で何かが吹っ切れたわ。こうなったら命がけで、この子を守って愛して生きて行くわ。」
死にゆく美人局の男を見て、何かしらの救いを感じ取ったのか、母ちゃんがみるみるうちに、ホワイト化して優しくなった。
と共に、母体もすっかり安定して、自分は無事に生まれた。
「元気な男の子ですよー。」
世界は一転して優しい空気に包まれた。
俺は、元婚約者と同じ名前を付けられて、ドラマのヒロインと母ちゃんも、何だかんだで仲良くなり、生まれる前の憂鬱は霧のように晴れて、幸せな人生を歩んだ。
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