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旅立ち
Tuez-le. ~討伐開始だ。~
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カイン達の元へ伝令が来た頃、クレール村の広場では対コカドリーユ討伐訓練が激しく行われていた。
「おい! 手前ぇらそんなチンタラやってたら死んじまうぞ! もっと効率良く動け!」
グランの檄が広場に響き渡る。命懸けの作戦、尚且つ失敗が許されないため指導にも熱が入る。
「グランさん、村人達は素人なんだ……皆を想ってのことだってのはわかりますが……あの、もちっと優しくてやっても良いんでないですかぃ?」
激しさを増すグランに傭兵の男も堪らず口を挟んだ。
「ああ……分かってんよ。
だがな、俺ぁ誰も死なせたかねぇんだよ…その為なら恨まれたって構やしねぇ!」
「ですがグランさん……」
「グランよ、俺達もお前ぇの気持ちは解ってるつもりさ。死んでも恨んだりゃしねぇよ! な! お前ら!」
傭兵とグランの会話が聞こえた農夫達は口々に、そうさ!何言ってやがんだ!とグランを擁護した。
「お前ぇら……良し! 無事生き残ったら美味い酒飲むぞ! 村長ご用達の王都製ワインだ! だから死ぬこたぁ許さねぇかんな!
さあっ続きだ続きだっ!」
涙ぐみそうになるのを誤魔化し、グランは訓練再開の号令を出した。おうよ!と農夫達も気合いを入れ直す。
しかし訓練が更に激しさを増して再開されたのも束の間、ウィリアムの命令により急いで村へ向かっていた団員が広場に到着し不吉な知らせをもたらした。
汗にまみれ呼吸を乱しているその姿を見てグランが取り敢えず落ち着けと水を渡す。
「はぁはぁ……すんませんっ……!」
水を飲み干し息を整える傭兵。落ち着いたところで皆冷静に聞くようにと年を押し話を始めた。
「先程偵察に行って来たんですが、西の森でコカトリスが隣村の連中を食い荒らしたと思わしき現場を発見しました! 恐らく日の入り前に現れるでしょう。
団長からの命令で急ぎ住人を避難させ、戦闘準備をしておくよう命令を受けています! 皆さん急いで下さい!」
その知らせに農夫達も傭兵団も慌てふためき、突然の戦闘の気配に浮き足立った。
「落ち着けお前ぇら!」
グランがその様子を見かねて大声を挙げた。
「随分と奴さんの到着が早ぇ様だが、遅かれ早かれどっち道やり合うこたぁ変わりねぇんだ! 狼狽えてる暇があんならキビキビ動きやがれぃ!」
グランの渇に皆我に帰る。訓練の内容を頭の中で反復し、避難誘導の役割を任された者が村中へ知らせる散って行った。他の者達も各々武器を手に取り急ぎ配置に就く。
「カインやウィリー達の動きは大丈夫なのか?」
グランは別所にて訓練中の6人の行動を確認する。
「はい! 団長達も持ち場に就いてるはずです!」
「そうか! 俺達も配置に就くぞ!!」
コカドリーユ討伐作戦は突如開始された。
その頃カイン一行はというと……。
「おいカイン君! ここは何処だ!?」
ウィリアムが並走するカインに声を掛ける。
「正直わかりません!」
「いや何でだよ! 地元だろ!?」
「ウィリーさんが物っ凄い勢いで走り出すからでしょ!? 土地勘も無いくせに!!」
道に迷っていた……。伝令を聞き先行して走って行ってしまったウィリアム団長のせいで。
そうとは露知らずクレール村では着々と準備が進んでいた。傭兵団の尽力のお陰で村人の避難は完了し、討伐隊の配備も済んでいる。
後は敵の出現を待ち構えるのみ。皆心を無理矢理に落ち着かせようと神に祈る者、家族への言葉を呟いている者様々だ。
「カイン……死ぬなよ。お前ぇが死んだらイヴ様に何て面して話しゃ良いかわからねぇかんな。」
グランは独り言を呟く。まさか迷っているとは思いもせずに皆の無事を祈りながら……。
もはやヤケクソになって全力疾走していたウィリアムが無言のまま突然立ち止まる。
「どうしたんですか? ウィリーさん今度は便意ですか?」
今度は何事かとカインが溜め息混じりに聞く。
しかしウィリアムは真剣な表情で皆に黙るよう手で口を塞ぐ仕草をし地面を指差した。その先には巨大な鳥の足跡が刻まれている。
(奴だ。)
小声でそう言い足跡の行方を確かめる。
(この足跡の向かう先は間違いなくお前達のクレール村だろう。戦略は頭に入ってるな? このまま奴が村を襲う前に追い付いて討伐開始だ。)
想定よりも早いモンスターの出現に加え、ウィリアムはこのまま追いかけ戦いを始めると言う。クレール村の3人は一気に緊張感が増し、何とか平常心を保とうとしていた。
(いざという時には真っ先に逃げろ。良いな? 各自警戒を怠らずに付いてこい。)
ウィリアムが合図し6人は気配を殺しつつ追跡を開始した。
コカドリーユが餌を貪っていたであろう現場は西側、隣村とクレール村の中間地点で発見された。カイン達が知らせを受けた地点、つまり幼馴染み3人の遊び場だった所は村の北西にある。
知らせを聞き焦って走り去ったウィリアムの行先は南方だったようで、クレール村へ向かっている最中のコカドリーユを偶然発見したということだった。
追跡を始め数分、歩いている距離は短いはずなのにやけに長く感じる。いつコカドリーユと鉢合わせするかという不安、死への恐怖がそうさせるのか。今にも逃げ出したいと思う気持ちを無理矢理にカインは圧し殺していた。
幼馴染み2人も同じ気持ちだろう。いくら傭兵3人と行動しているとはいえ絶対に安全とは言い難い。ここで自分の人生は終わりを迎えることになるのではないか…そんな恐怖心が支配していた。
それから少し歩いていると悪臭が立ち込めてきた。何か腐ったような臭いだ。
(見ろ、奴の糞だ。それに餌を引き摺った跡も。)
ウィリアムの目線の先には無数の糞と血の痕跡。足跡の側に散らばる肉片、内臓、砕けた人骨…それは間違いなくモンスターが近くに居る証だった。
アニエスはその光景に目を背け、人肉の腐った臭いに胃液を吐きそうになり口を押さえる。
進むにつれ鼻を刺す悪臭と散らばった元人間だった物の数が増えていく。その中に血まみれのぬいぐるみを掴んでいる手…その先の部分はない。
供養してやろうと近寄ったアニエスだったが、蛆の湧くその子の手を触ることが出来なかった。
(ごめんなさい……ごめんなさい……)
そんな自分を責め泣き震えながら謝るアニエスをカインとローベルトは君のせいじゃないと言い聞かせて2人で体を支えてやりながら歩き出す。
カインは左腰に提げたクレアを震える手で握りしめていた。
静かな森の中でぐちゃぐちゃと湿り気のある音、固い物同士がぶつかり砕ける音が聞こえる。
(ねぇ? 何か聞こえるわ……)
その音を感じ取ったイリスが皆の歩を止める。そして耳をすませ音を確認するとイリスの言う音が確かに聞こえてる。コカドリーユが餌を喰らう音だ。
(ここからそう遠くないな。もう一度確認する。戦略は頭に入ってるな?)
ウィリアムが再度陣形と手順の確認を行う。間も無く戦闘が始まるということを皆に理解させる。
(カイン君、いけるか? 昨晩のことも忘れるなよ。)
カインはただ頷いてクレアを抜剣し軽く振るう。落ち着いているつもりだったが剣を握る手には汗と震え、全身に脂汗をかいていた。
アニエスはまだ青ざめているが己を鼓舞し弓に弦を張る。ローベルトはイリスに爆破魔法の準備を頼み最後尾へと後退、ウィリアムとイーゴリは既に武器を抜き構えていた。
陣形を保ちながら一歩一歩前進する。貪り喰う音が徐々に近くなって来る。
前方にうっすらと黒い影が見えてきた。腐臭漂う森の中全身を黒い羽毛で覆われ、異様に長い尻尾を持った巨鳥がそこに居た。餌をつついている様でカイン達にはまだ気付いていない。
(カイン、お前のタイミングで突っ込め。後は俺達が何とかしてやる。)
ウィリアムは皆に目配せをし、カインに突撃の指示を出す。終に戦いが始まるという合図だった。
(はい。……すぅ……)
震えと心臓を静めようとカインは深呼吸をして一瞬目を閉じる。クレアを敵へ向け、目を見開き声を出して一気に駆け出した。
「こっちだ! 化物っ!!」
コカドリーユはカインに気付き咄嗟に身構えるが、カインの攻撃の方が僅かに速く対処出来ない。突きを眉間へと叩き込まれ甲高い金属音とモンスターの叫びが辺りに木霊する。
「やった!」
カインは手応えを感じて叫ぶが眼前にモンスターの觜が迫っていた。
「バカ効いてねぇ! 力み過ぎだ!」
ウィリアムの声が聞こえると同時にカインは体が後ろから引っ張られる。その直後コカドリーユの觜が空を切るのが見え地面に頭から落下した。どうやらイーゴリが咄嗟に首元を引っ張り間一髪避けることが出来たらしい。
「小僧。甘いのである。」
「ナイスだイーゴリ! 喰らいやがれ化物が!」
ウィリアムがそう叫びイーゴリと2人でモンスターの首元を攻撃した。渾身の力で振り切られた刃はコカドリーユを切り裂き、首元から鮮血が吹き出している。
攻撃が入ったことを確認すると2人はカインを抱え瞬時にその場から離脱した。
3人が離れるのを確認したローベルトがアニエスとイリスに援護指示を出す。
「アニエス! イリスさん!」
その掛け声と共にアニエスの矢が放たれ、耳を裂きそうな風切音を立てコカドリーユの目元へと迫って行く。確実に目玉を貫く軌道だった。矢を觜で掴み取りアニエスを睨んだその瞬間、轟音と共に顔面が爆ぜる。イリスの放った魔法が直撃した。
「ふふっ。狙い通りねローベルト君!」
「ええ! 流石ですイリスさん!」
ローベルトの指示で攻撃のタイミングを少しずらしていたのだ。
グギャアァァァァァッ!!!!
焼け焦げた臭いの立ち込める中、顔面を燃やしながらコカドリーユがもがき苦しむ。
筋書き通りの一撃をお見舞い出来たが、モンスターが態勢を立て直す前に次の攻撃に備えるようローベルトは指示する。
これだけで済めば良いが見るからにダメージは少なく血も止まっている。
「おい小僧。お前の一撃は正確であるが狙う場所が悪いのである。土壇場で力むお前の腕では眉間など貫けるわけがなかろう。首元を狙え。」
モンスターが苦しんでいる間イーゴリはカインに狙う場所を伝える。硬い骨で守られている眉間付近を貫くのはカインには至難の技ということだ。
「さあ。準備するが良い。次は不意討ちではないため油断するな。」
「はい。イーゴリさん。」
爆煙が晴れコカドリーユが姿を現すのを確認し、次こそは確実に決めると意気込んでカインが駆け出す。
化物は突っ込んでくるカインに狙いを定め突進してくるが、カインは寸でのところで回避しながら首元へと突きを放つ。その一撃は先程イーゴリの戦斧により傷付けられた場所へと突き刺さった。
コカドリーユは不快そうな鳴き声をあげ離れて行くカインを見る。
「小僧! 今のは良い!」
カインの一撃離脱を確認し、すかさずウィリアムと攻撃を加える。2人の斬撃は前回と同じ部位を正確に捉えていた。
再び鮮血を吹き出しながら2人を睨むコカドリーユは離脱中のイーゴリへと狙いを定める。
「射てっ!」
ローベルトの合図と同時に矢が飛んでくる。それを察知し觜で掴み取ったコカドリーユだが、その直後また顔面が爆発した。
爆煙の中苦しむモンスターを見ながらローベルトは勝利を確信した。
「皆陣形を立て直せ!」
ローベルトの指示で攻撃態勢に戻る。
「行きます!」
再び駆け出したカインの声に5人は攻撃のタイミングを見計らう。
カインが囮として一撃離脱、その直後ウィリアムとイーゴリの攻撃。コカドリーユの気を2人が反らした直後アニエスとイリスによる射撃。
連携攻撃を繰り返していき確実にダメージは蓄積されている。この調子で攻撃を当てていけば仕留められるだろうと皆そう思っていた。
「いける! 化物でも鳥は所詮鳥だな!」
そう叫びローベルトは再び攻撃態勢をとるよう指示を出す。
何度目かの攻撃、コカドリーユが動き出すと共にカインの突きが傷付いた首元に放たれる。
しかしモンスターはカインの突きを大きな跳躍で避けながら前衛3人に目もくれず走り出した。それは獲物を定めた瞬間だった。
「何っ!?」
避けられたのは想定内だとしても自分やウィリアム、イーゴリも無視して走り出したコカドリーユに得も言われぬ不安を覚えた。
「まずい! 抜かれた!?」
ウィリアムとイーゴリは危険を察知し後衛の方へと目をやるとモンスターが後衛目掛けて突っ込んで行く。
「避けろ!」
ウィリアムが叫ぶがアニエスもイリスも回避出来る時間は無いところまでコカドリーユが迫っていた。
「いやっ!!!」
アニエスは迫りくる死の脅威に耐えられず恐怖のあまり目を閉じてしゃがみこんだ。そんな彼女をイリスは自らを犠牲にし守るため覆い被さる。
しかしコカドリーユはその2人すらも無視し真っ直ぐにローベルトへと突進していった。司令塔であるローベルトを潰すために。
「え……?」
何故化物が5人を無視してまで自分の所まで走ってきているのか…ローベルトは理解できずにただ立ち尽くす。眼前に立ち自分を見下げる鳥の化物を見て早く逃げなければと思うが、その眼光から目が離れない。
「……っ!」
永遠にすら感じられる恐怖の時間、気付くと瞳の前に巨大な觜が見えた。
「ギャァァァァァァッ!!!!」
目玉を抉り取られたローベルトの悲痛な叫びが響き渡った。
「おい! 手前ぇらそんなチンタラやってたら死んじまうぞ! もっと効率良く動け!」
グランの檄が広場に響き渡る。命懸けの作戦、尚且つ失敗が許されないため指導にも熱が入る。
「グランさん、村人達は素人なんだ……皆を想ってのことだってのはわかりますが……あの、もちっと優しくてやっても良いんでないですかぃ?」
激しさを増すグランに傭兵の男も堪らず口を挟んだ。
「ああ……分かってんよ。
だがな、俺ぁ誰も死なせたかねぇんだよ…その為なら恨まれたって構やしねぇ!」
「ですがグランさん……」
「グランよ、俺達もお前ぇの気持ちは解ってるつもりさ。死んでも恨んだりゃしねぇよ! な! お前ら!」
傭兵とグランの会話が聞こえた農夫達は口々に、そうさ!何言ってやがんだ!とグランを擁護した。
「お前ぇら……良し! 無事生き残ったら美味い酒飲むぞ! 村長ご用達の王都製ワインだ! だから死ぬこたぁ許さねぇかんな!
さあっ続きだ続きだっ!」
涙ぐみそうになるのを誤魔化し、グランは訓練再開の号令を出した。おうよ!と農夫達も気合いを入れ直す。
しかし訓練が更に激しさを増して再開されたのも束の間、ウィリアムの命令により急いで村へ向かっていた団員が広場に到着し不吉な知らせをもたらした。
汗にまみれ呼吸を乱しているその姿を見てグランが取り敢えず落ち着けと水を渡す。
「はぁはぁ……すんませんっ……!」
水を飲み干し息を整える傭兵。落ち着いたところで皆冷静に聞くようにと年を押し話を始めた。
「先程偵察に行って来たんですが、西の森でコカトリスが隣村の連中を食い荒らしたと思わしき現場を発見しました! 恐らく日の入り前に現れるでしょう。
団長からの命令で急ぎ住人を避難させ、戦闘準備をしておくよう命令を受けています! 皆さん急いで下さい!」
その知らせに農夫達も傭兵団も慌てふためき、突然の戦闘の気配に浮き足立った。
「落ち着けお前ぇら!」
グランがその様子を見かねて大声を挙げた。
「随分と奴さんの到着が早ぇ様だが、遅かれ早かれどっち道やり合うこたぁ変わりねぇんだ! 狼狽えてる暇があんならキビキビ動きやがれぃ!」
グランの渇に皆我に帰る。訓練の内容を頭の中で反復し、避難誘導の役割を任された者が村中へ知らせる散って行った。他の者達も各々武器を手に取り急ぎ配置に就く。
「カインやウィリー達の動きは大丈夫なのか?」
グランは別所にて訓練中の6人の行動を確認する。
「はい! 団長達も持ち場に就いてるはずです!」
「そうか! 俺達も配置に就くぞ!!」
コカドリーユ討伐作戦は突如開始された。
その頃カイン一行はというと……。
「おいカイン君! ここは何処だ!?」
ウィリアムが並走するカインに声を掛ける。
「正直わかりません!」
「いや何でだよ! 地元だろ!?」
「ウィリーさんが物っ凄い勢いで走り出すからでしょ!? 土地勘も無いくせに!!」
道に迷っていた……。伝令を聞き先行して走って行ってしまったウィリアム団長のせいで。
そうとは露知らずクレール村では着々と準備が進んでいた。傭兵団の尽力のお陰で村人の避難は完了し、討伐隊の配備も済んでいる。
後は敵の出現を待ち構えるのみ。皆心を無理矢理に落ち着かせようと神に祈る者、家族への言葉を呟いている者様々だ。
「カイン……死ぬなよ。お前ぇが死んだらイヴ様に何て面して話しゃ良いかわからねぇかんな。」
グランは独り言を呟く。まさか迷っているとは思いもせずに皆の無事を祈りながら……。
もはやヤケクソになって全力疾走していたウィリアムが無言のまま突然立ち止まる。
「どうしたんですか? ウィリーさん今度は便意ですか?」
今度は何事かとカインが溜め息混じりに聞く。
しかしウィリアムは真剣な表情で皆に黙るよう手で口を塞ぐ仕草をし地面を指差した。その先には巨大な鳥の足跡が刻まれている。
(奴だ。)
小声でそう言い足跡の行方を確かめる。
(この足跡の向かう先は間違いなくお前達のクレール村だろう。戦略は頭に入ってるな? このまま奴が村を襲う前に追い付いて討伐開始だ。)
想定よりも早いモンスターの出現に加え、ウィリアムはこのまま追いかけ戦いを始めると言う。クレール村の3人は一気に緊張感が増し、何とか平常心を保とうとしていた。
(いざという時には真っ先に逃げろ。良いな? 各自警戒を怠らずに付いてこい。)
ウィリアムが合図し6人は気配を殺しつつ追跡を開始した。
コカドリーユが餌を貪っていたであろう現場は西側、隣村とクレール村の中間地点で発見された。カイン達が知らせを受けた地点、つまり幼馴染み3人の遊び場だった所は村の北西にある。
知らせを聞き焦って走り去ったウィリアムの行先は南方だったようで、クレール村へ向かっている最中のコカドリーユを偶然発見したということだった。
追跡を始め数分、歩いている距離は短いはずなのにやけに長く感じる。いつコカドリーユと鉢合わせするかという不安、死への恐怖がそうさせるのか。今にも逃げ出したいと思う気持ちを無理矢理にカインは圧し殺していた。
幼馴染み2人も同じ気持ちだろう。いくら傭兵3人と行動しているとはいえ絶対に安全とは言い難い。ここで自分の人生は終わりを迎えることになるのではないか…そんな恐怖心が支配していた。
それから少し歩いていると悪臭が立ち込めてきた。何か腐ったような臭いだ。
(見ろ、奴の糞だ。それに餌を引き摺った跡も。)
ウィリアムの目線の先には無数の糞と血の痕跡。足跡の側に散らばる肉片、内臓、砕けた人骨…それは間違いなくモンスターが近くに居る証だった。
アニエスはその光景に目を背け、人肉の腐った臭いに胃液を吐きそうになり口を押さえる。
進むにつれ鼻を刺す悪臭と散らばった元人間だった物の数が増えていく。その中に血まみれのぬいぐるみを掴んでいる手…その先の部分はない。
供養してやろうと近寄ったアニエスだったが、蛆の湧くその子の手を触ることが出来なかった。
(ごめんなさい……ごめんなさい……)
そんな自分を責め泣き震えながら謝るアニエスをカインとローベルトは君のせいじゃないと言い聞かせて2人で体を支えてやりながら歩き出す。
カインは左腰に提げたクレアを震える手で握りしめていた。
静かな森の中でぐちゃぐちゃと湿り気のある音、固い物同士がぶつかり砕ける音が聞こえる。
(ねぇ? 何か聞こえるわ……)
その音を感じ取ったイリスが皆の歩を止める。そして耳をすませ音を確認するとイリスの言う音が確かに聞こえてる。コカドリーユが餌を喰らう音だ。
(ここからそう遠くないな。もう一度確認する。戦略は頭に入ってるな?)
ウィリアムが再度陣形と手順の確認を行う。間も無く戦闘が始まるということを皆に理解させる。
(カイン君、いけるか? 昨晩のことも忘れるなよ。)
カインはただ頷いてクレアを抜剣し軽く振るう。落ち着いているつもりだったが剣を握る手には汗と震え、全身に脂汗をかいていた。
アニエスはまだ青ざめているが己を鼓舞し弓に弦を張る。ローベルトはイリスに爆破魔法の準備を頼み最後尾へと後退、ウィリアムとイーゴリは既に武器を抜き構えていた。
陣形を保ちながら一歩一歩前進する。貪り喰う音が徐々に近くなって来る。
前方にうっすらと黒い影が見えてきた。腐臭漂う森の中全身を黒い羽毛で覆われ、異様に長い尻尾を持った巨鳥がそこに居た。餌をつついている様でカイン達にはまだ気付いていない。
(カイン、お前のタイミングで突っ込め。後は俺達が何とかしてやる。)
ウィリアムは皆に目配せをし、カインに突撃の指示を出す。終に戦いが始まるという合図だった。
(はい。……すぅ……)
震えと心臓を静めようとカインは深呼吸をして一瞬目を閉じる。クレアを敵へ向け、目を見開き声を出して一気に駆け出した。
「こっちだ! 化物っ!!」
コカドリーユはカインに気付き咄嗟に身構えるが、カインの攻撃の方が僅かに速く対処出来ない。突きを眉間へと叩き込まれ甲高い金属音とモンスターの叫びが辺りに木霊する。
「やった!」
カインは手応えを感じて叫ぶが眼前にモンスターの觜が迫っていた。
「バカ効いてねぇ! 力み過ぎだ!」
ウィリアムの声が聞こえると同時にカインは体が後ろから引っ張られる。その直後コカドリーユの觜が空を切るのが見え地面に頭から落下した。どうやらイーゴリが咄嗟に首元を引っ張り間一髪避けることが出来たらしい。
「小僧。甘いのである。」
「ナイスだイーゴリ! 喰らいやがれ化物が!」
ウィリアムがそう叫びイーゴリと2人でモンスターの首元を攻撃した。渾身の力で振り切られた刃はコカドリーユを切り裂き、首元から鮮血が吹き出している。
攻撃が入ったことを確認すると2人はカインを抱え瞬時にその場から離脱した。
3人が離れるのを確認したローベルトがアニエスとイリスに援護指示を出す。
「アニエス! イリスさん!」
その掛け声と共にアニエスの矢が放たれ、耳を裂きそうな風切音を立てコカドリーユの目元へと迫って行く。確実に目玉を貫く軌道だった。矢を觜で掴み取りアニエスを睨んだその瞬間、轟音と共に顔面が爆ぜる。イリスの放った魔法が直撃した。
「ふふっ。狙い通りねローベルト君!」
「ええ! 流石ですイリスさん!」
ローベルトの指示で攻撃のタイミングを少しずらしていたのだ。
グギャアァァァァァッ!!!!
焼け焦げた臭いの立ち込める中、顔面を燃やしながらコカドリーユがもがき苦しむ。
筋書き通りの一撃をお見舞い出来たが、モンスターが態勢を立て直す前に次の攻撃に備えるようローベルトは指示する。
これだけで済めば良いが見るからにダメージは少なく血も止まっている。
「おい小僧。お前の一撃は正確であるが狙う場所が悪いのである。土壇場で力むお前の腕では眉間など貫けるわけがなかろう。首元を狙え。」
モンスターが苦しんでいる間イーゴリはカインに狙う場所を伝える。硬い骨で守られている眉間付近を貫くのはカインには至難の技ということだ。
「さあ。準備するが良い。次は不意討ちではないため油断するな。」
「はい。イーゴリさん。」
爆煙が晴れコカドリーユが姿を現すのを確認し、次こそは確実に決めると意気込んでカインが駆け出す。
化物は突っ込んでくるカインに狙いを定め突進してくるが、カインは寸でのところで回避しながら首元へと突きを放つ。その一撃は先程イーゴリの戦斧により傷付けられた場所へと突き刺さった。
コカドリーユは不快そうな鳴き声をあげ離れて行くカインを見る。
「小僧! 今のは良い!」
カインの一撃離脱を確認し、すかさずウィリアムと攻撃を加える。2人の斬撃は前回と同じ部位を正確に捉えていた。
再び鮮血を吹き出しながら2人を睨むコカドリーユは離脱中のイーゴリへと狙いを定める。
「射てっ!」
ローベルトの合図と同時に矢が飛んでくる。それを察知し觜で掴み取ったコカドリーユだが、その直後また顔面が爆発した。
爆煙の中苦しむモンスターを見ながらローベルトは勝利を確信した。
「皆陣形を立て直せ!」
ローベルトの指示で攻撃態勢に戻る。
「行きます!」
再び駆け出したカインの声に5人は攻撃のタイミングを見計らう。
カインが囮として一撃離脱、その直後ウィリアムとイーゴリの攻撃。コカドリーユの気を2人が反らした直後アニエスとイリスによる射撃。
連携攻撃を繰り返していき確実にダメージは蓄積されている。この調子で攻撃を当てていけば仕留められるだろうと皆そう思っていた。
「いける! 化物でも鳥は所詮鳥だな!」
そう叫びローベルトは再び攻撃態勢をとるよう指示を出す。
何度目かの攻撃、コカドリーユが動き出すと共にカインの突きが傷付いた首元に放たれる。
しかしモンスターはカインの突きを大きな跳躍で避けながら前衛3人に目もくれず走り出した。それは獲物を定めた瞬間だった。
「何っ!?」
避けられたのは想定内だとしても自分やウィリアム、イーゴリも無視して走り出したコカドリーユに得も言われぬ不安を覚えた。
「まずい! 抜かれた!?」
ウィリアムとイーゴリは危険を察知し後衛の方へと目をやるとモンスターが後衛目掛けて突っ込んで行く。
「避けろ!」
ウィリアムが叫ぶがアニエスもイリスも回避出来る時間は無いところまでコカドリーユが迫っていた。
「いやっ!!!」
アニエスは迫りくる死の脅威に耐えられず恐怖のあまり目を閉じてしゃがみこんだ。そんな彼女をイリスは自らを犠牲にし守るため覆い被さる。
しかしコカドリーユはその2人すらも無視し真っ直ぐにローベルトへと突進していった。司令塔であるローベルトを潰すために。
「え……?」
何故化物が5人を無視してまで自分の所まで走ってきているのか…ローベルトは理解できずにただ立ち尽くす。眼前に立ち自分を見下げる鳥の化物を見て早く逃げなければと思うが、その眼光から目が離れない。
「……っ!」
永遠にすら感じられる恐怖の時間、気付くと瞳の前に巨大な觜が見えた。
「ギャァァァァァァッ!!!!」
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仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
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