Alastor-アラストル-

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旅立ち

Clair de Lune ~月の光~

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「コカドリーユって食べられるんですか?」
 討伐を終え村へ戻る支度をしている一行に唐突にカインが質問を投げ掛けた。
 カインの狂気にウィリアムとイリスは戦慄する。クレール勢は食べられる可能性に興味津々といった様子、イーゴリは目を閉じ沈黙を貫いていた。
「どう見ても大きな鶏ですし。まぁ尻尾は蛇ですが…そこは良しとして、宴会の料理に丁度良くないですか?」

 討伐が成功した暁には村長主催の宴会が催される約束となっている。その席でコカドリーユを出そうと言うのだ。

「いやぁカイン君……流石に止めた方が良いと思うぞ?」
 ウィリアムは青い顔でカインを鎮めようとする。流石の団長でもモンスターを食べるのには躊躇いがあるようだ。

「そうよ、きっとお腹壊すから止めよう? ね?」
 イリスは絶対に食べたくない、マスターに頼んである宴会に出すなんてとんでもないと顔に書いてある。全力でウィリアムの説得に加勢した。

「ねぇ、新鮮だから生でも食べられるんじゃないかな?」

「「生は絶対ダメ!」」
 アニエスがとんでもないことを言い出し2人は声を揃える。モンスターを食べるというだけで身の毛もよだつ様な話であるが、そのうえ生で食わされるとなると想像を絶する恐ろしさだ。
 今尚アニエスは生で食べることに拘っている。

 反対派の2人が必死の説得を続けている中、急にイーゴリが目を見開き叫んだ。
「おい小僧!」

 あまりの迫力に全員黙り一斉にイーゴリを見る。討伐成功の報告もしなければならない状況下で何をくだらないことに時間を費やしているのか、そう目で訴えているかの様だ。

 皆反省しかけたその時である。

「鶏肉の最も美味な食し方は甘辛い味付けで焼くことである故それ以外の調理法は一切認めぬぞだが骨からは格別なる旨味が湧き出すことも事実だスープにすることを忘れるでないわかったか小僧!!!」
 イーゴリが息継ぎ一切無しに喋り終える。

「「イーゴリ!?」」
 再びウィリアムとイリスは声が揃う。反対派だと信じていた傭兵仲間が実は敵方だった。
 これにより4対2と不利な状況に陥ってしまった。討伐よりも恐ろしい事態になりかねない…2人の本当の戦はこれからだった。


 圧倒的に不利な状況下で必死の説得を試みた2人の功績により、コカドリーユは焼却することに落ち着いた。
 死骸を放置した場合、獣がその肉を食べモンスター化する恐れがあること。瘴気を含んでいるモンスターの肉が人体にどれ程の悪影響を与えるか未知数である、との理由で反対派を無理矢理に納得させた。ウィリアムとイリスは心底安堵した。

「焼けば大丈夫ではないのか?」

「黙ってろイーゴリ!」

 そして一同帰路に着いた。焼却中のコカドリーユは少し良い匂いだなとウィリアムは思ったが、口が裂けても言えなかった。


 村へ到着すると未だコカドリーユ討伐に備え村人も傭兵達も臨戦態勢だった。皆目が血走り、いつでも命を捨てる覚悟が表れていた。

 そして村へ帰還した血だらけのローベルトを発見したグランは血相を変えて駆け寄ってくる。
「おいどうしたんだローベルト! やられたのか!? 奴はどこだ!? やっぱあの煙は戦闘だったか!」

「いや、あのグランさん……もう……煙は……」

 どうやら負傷したローベルトを連れて撤退してきたと勘違いしているようだ。ローベルト達の話も聞かずに怒り狂っている。

「クソったれめ! おいお前ぇらぁ! 戦闘準備だぁっ! ローベルトの弔い合戦といこうじゃぁねぇかっ!!」

『おおおっ!!』

 いよいよ士気は最高潮に達した。志願していない者ですら戦闘に参加しようとする勢いだ。

「おいどうすんだよこの空気。カイン君お前何か言ってこいよ。」
 村の皆に説明するのが面倒臭くなったウィリアムはカインに責任を押し付ける。

「ええ……何で僕が? ウィリーさん団長なんだし静めてきて下さいよ……」

「弔い合戦って、そもそも俺死んでないし……」

 グラン率いる討伐隊を鎮めるのは至難の技だった。そもそも討伐成功の伝達を怠ったウィリアムの責任であったのだが、何故かクレール村3人が説明するハメになってしまった。

 3人は何とか説明を終え事なきを得た。しかしローベルトが右目を失ってしまったことは討伐成功だとしても、本人にとっても村に残っていた者達にとっても痛ましい結果に間違いはなかった。

 コカドリーユと直接戦った6人はその後村長の元に報告へ赴いた。討伐の経緯、ローベルトの負傷諸々伝え依頼は達成された。

「皆御苦労であった。此度のコカドリーユ討伐、負傷者はあったものの死者を出すことなく村を守ってくれたこと、代表して礼を申し上げる。
 カイン、ローベルト、アニエス。お前達も良くやってくれた。礼を言うぞ。
 前線に送り出すのは躊躇ったが、お前達の成長の糧となったことだろう。特にカイン、やはりクレアを託して正解だった。今後も精進せよ。」
 グスタフ村長は傭兵団と村の勇者3人に頭を下げた。そして傭兵達への言葉を続ける。
「今宵は要望通り少しばかりの宴会を用意した。存分に堪能してくれ。
 それとウィリアム、例の件を話そう。皆は席を外してくれるか? 先に始めていてくれ。」

 村長の言う通りにウィリアム1人を残し、5人は広場で開かれている宴会へと向かった。

 広場は既に盛り上がっており、村人と傭兵は酒を浴びるほど飲んで、用意された肉や野菜料理にに舌鼓を打っていた。

「僕たちも早く食べ物にありつこう。このままじゃすぐになくなりそうだ。」
 カインの提案に皆賛同しそれぞれ好物のある所へと散っていった。イーゴリとイリスは屈強な男達が酒を競っている現場へ直行する。途中参加したイリスが勝ち進んで無数の屍を築いたことはまた別の話だ。

 幼馴染みの3人は結局同じテーブルで食事を楽しむことにした。酒を嗜むほどの歳ではなく各々好きな物を貰い、今日のことこれからのことを話し始める。

「ローベルト……右目のこと本当にすまなかった。謝っても済むことではないけど、やっぱり無理に引き込んだ僕のせいだ。」
 未だ血の滲む包帯を巻き痛々しい姿のカインは改めて謝罪した。やはり責任は自分にあると思ってのことだった。

「もう良いってカイン。確かに右目は戻って来ないけどな…この3人で奴に挑んだこと、危険だとわかってるが実は少し楽しかった。
 だからこの目の話は終わりだ! 良いな!」
 ローベルトは笑顔でそう答えた。右目を失ったのは自分の慢心にあると思っているが、水掛け論になってしまうためこれ以上の責任追求はしなかった。それをしたところで誰も救われないと分かっていたからだ。

 カインはその言葉に一言「ありがとう」とだけ囁いた。それだけで十分だった。

「ところでカイン、お前傭兵になりたいのか?」
 ローベルトが話題を変え、カインの今後について質問する。傭兵を目指すという話を小耳に挟んでいたのだ。

「……うん。決めたのは本当につい最近、というか昨日だけど……討伐が終わったら村を出ようと思ってたんだ。王都で選抜試験があるらしいからそれを受けようと思う。」
 カインは一瞬間を置きそう答えた。

「知ってるだろうけど、僕は小さい頃からアラストルの話が忘れられないんだ。この世界を滅ぼす程の剣が本当に存在するのか怪しいけど、世界中にアラストルの伝説が残ってるのは不思議なことだと思う。それも同じ名前と内容でだ。
 この世界がどうやって出来たか、この世界に何があるのか僕は何も知らない。その謎を僕は解きたい。それには世界を旅できる傭兵になるのが近道かなって思うんだ。」
 想いをローベルトとアニエスへ語り、自分の決意が固いことを確認する。

「そう……いつもあのお伽噺のことばっかり言ってたもんね。それがカインの夢なら私は応援するよ! でも寂しくなるね……」
 アニエスにはカインを応援する気持ちと会えなくなってしまうことへの淋しさが同居していた。カインとはずっと一緒に居るものだと思っていた。
 それが恋心なのか、それともまた別の感情なのか彼女にはまだわからない。

「お前はたまに向こう見ずなとこあるけど大丈夫か? 暴走しすぎて死ぬんじゃねぇぞ。」
 ローベルトは感傷を隠し、ただカインを気遣う言葉だけを掛ける。別れが淋しくない訳ではないが、気恥ずかしさが勝ったのだ。

 それから3人は思い出話に花を咲かせた。出会ったころの話、喧嘩して仲直りした話、行商人から買ったショーギの話。一晩では語りきれない程だった。

 話を終え後からやって来た村長とウィリアムも加わり、宴会は夜遅くまで続く。
 そして村人達は歌う。美神の名の下に、今宵の月と傭兵達へ祝杯をあげながら。
 その歌はいつどこからもたらされたのか、誰にもわからない。ただ物悲しくも美しい旋律はその解を必要とはしていなかった。

Tout en chantant sur le mode mineur
L'amour vainqueur et la vie opportune,
Ils n'ont pas l'air de croire a leur bonheur
Et leur chanson se mele au clair de lune,

Au calme clair de lune triste et beau,
Qui fait rever les oiseaux dans les arbres
Et sangloter d'extase les jets d'eau,
Les grands jets d'eau sveltes parmi les marbres.

 暖かく、神秘的な月の光は皆を優しく包み込んでいた。


 傭兵ギルド、リコリス・ラディアータが来村し3日が経った。討伐の報告をしなければならないそうで、ウィリアム達はこの日村を発つこととなった。
 カインは傭兵選抜試験のため目的地が同じだというウィリアム一行に同行する。道中で傭兵に必要な心構え、技、体術など指南してもらう約束も取り付けた。

「カイン、旅立つ前に渡すものがあるわ。」
 母は息子との別れを前に贈り物があると、自分の首飾りを外した。
「巨神の名の下にアナスタシア=イヴ・ニコラエヴァ、我が息子カイン=ニコラエヴァへПраваиключを託します。」
 そう言ってカインの首にかけてやる。

「母さんこれは?」

「貴方をきっと守ってくれる御守りよ。
 それにこの首飾りが貴方を真実へと導いてくれるはずだわ。」

「そっか……ありがとう。大切にするよ。」
 鍵を象ったかのような母の首飾りを握り締め、カインは母の顔を目に焼き付けた。

「カイン君、そろそろ行くぞ。王都へはここから北の山を越えて3日で着くだろう。」

 ウィリアムの声にカインが返事し、村の者達へ別れを告げた。
 しかしそこにはアニエスとローベルトの姿はなかった。村を発つ日に会えないのは寂しいが、2人は別れを惜しんでいるのだろう…カインはそう思うことにした。
 それに昨晩は3人で楽しく過ごしたという最高の思い出のまま別れよう、その方が辛くないと皆同じ心のはずだ。

「カイン、今生の別れじゃねぇんだ。たまにゃ村へ帰って来いよ!」
 グランは鼻を啜りつつカインの肩を叩き、門出を祝った。

「はい、グランさん。柵も定期的に修理しないとですしね。
 それとグランさんの野菜を食べられなくなるのは辛いから、また食べに戻って来ますよ。」


 村の入口を出てしばらく歩いた所に2つの人影があった。その人物はカインを見付けると近付いてきた。
「カイン! 遅いぞ! やっぱ俺も傭兵になるわ。お前1人じゃ危なっかしいし俺の頭脳が必要だろ?」

「あなた達2人じゃ何仕出かすかわからないからね。私も付いてくことにしたよ!」

「ローベルト! アニエスまで!?」

 昨晩2人は解散した後に考えていた。このまま一生を村で過ごすのか、それともただ生きる銭を稼ぐためにしたくもない仕事を探し出稼ぎするのか。
 そんな時にカインと挑んだ討伐が思い出される。味わったことのない高揚感、死の恐怖に勝る達成感、そして何よりこの3人が共にあることを望んでいる自分が居た。
 その結果2人はまるで示し合わせたかのようにカインを待ち伏せする形になったのだった。

 カイン、アニエス、ローベルトの3人は王都にて傭兵選抜試験を受けることとなった。



「行っちまいましたねイヴ様。寂しくなりますぜ……」

「様付けは止して、グラン。今は主従関係ではないのだから。私も貴方も今はただのアナスタシアとただのグランよ。」

「すんませんつい癖でね。あの首飾りを託したんですね。」

「ええ。あの子にとって辛い選択を迫られるでしょうけどね……Alastor……」
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