Alastor-アラストル-

詩音

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王都

Cela prend du temps et des efforts! ~せからしか!~

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 試合開始の合図と同時にシルフィアが仕掛ける。大剣を引き摺りながら相手に向かって走り、自分の間合いに入る1歩手前で振りかぶる。

「はっ!」
 助走の勢いが乗った剣を踏み出すと同時に振り下ろす。木製と言えど当たれば致命傷となりかねない。

 女は上段より迫る大剣を寸でのところで避け、反撃の体勢を整える。
「そんな大振りで当たるわけないだろ!」

 シルフィアの放った一撃は女の左側を空振りし、鈍い音を立て刃先が地面へめり込んだ。

 すかさず女は反撃に出る。避けると同時に短剣での突きがシルフィアの左肩に向けて放たれた。肩口に切っ先が迫る。 
「もらった!」
 女が叫ぶが短剣は空を切る。
「なっ!?」

 シルフィアは地面にめり込んだ剣を利用し、武器を軸に地面を蹴り小さな体を浮かせる。
 そして剣の柄を右手で握ったまま左足で回し蹴りを繰り出す。少女の足は女の顔面に当たる。

「うっ……!」
 予想外の蹴りを喰らった女は飛びそうになる意識をなんとか堪え、体勢を立て直す。
「ちっ……やってくれたねクソガキ! 容赦しないよ!」
 口内が切れたのか血を吐き捨て、左頬を押さえつつ罵声を浴びせる。

「ふん。そんまんま倒れてくれても良かったとに。無理せんちゃ良かよ? オバサン。」
 刺さった剣を抜き、シルフィアは構え直す。

「オバサン!? 私はまだ26才……よっ!」
 怒りを露に言葉途中で飛び出し、短剣を突き出す。

 しかしシルフィアは難なく紙一重で躱し、女の左頬に右拳を叩き込む。先程蹴りを見舞った同ヵ所だ。

「2度もぶったね!? パパにだってぶたれたことないのに!」
 左頬に手を添え、震えた声で女が叫ぶ。

「オバサン、なんかそいは色々とマズか気のするばい……」
 湿った目で女を諭す。

「ごほん! ごめんなさい。それにしても貴女強いわね。」
 女は咳払いし構えを解いて直立後、短剣を左胸の前に添える。
「我が名はコジマ=ポリーニ! 子供扱いした非礼を詫びよう。同じ剣士としていざ、尋常に勝負!」
 
 コジマと名乗った女の礼節に対しシルフィアも答える。大剣を地面に突き立て、仁王立ちする。
「シルフィア=S.ウェヌス! オバサンって言ったことは謝る。勝負ばいお姉さん!」
 
 名乗りが終わり、2人は睨み合いつつ相手の動きを窺っている。
 先に動いたのはコジマだった。左手でもう1本の短剣を逆手に抜き、防御体勢を維持しつつ右手に持つ短剣をシルフィアの喉元に向けて叩き込む。

 対するシルフィアは相手の攻撃速度に回避が間に合わないと判断し、剣の横面で防御する。木剣のぶつかり合う鈍い音が闘技場に響き渡った。
 まだ力の籠った短剣を大剣を傾け受け流し、同時にコジマの顎に向けて拳を突き上げる。

 しかしシルフィアの動きを読んでいたのか、コジマは身体を少しだけ反らし拳を回避する。離脱間際に左手の短剣を振るが、シルフィアの頬を掠めただけであった。
「ごめんなさい、可愛いお顔に傷がついちゃったわ。」
 自分の右頬を触る仕草は、シルフィアの出血箇所を示している。

 その行為を見たシルフィアは手の甲で右頬を撫でて確かめる。コジマの言う通り少し血が出ていた。
「こんくらいどうってことなかよ。それより、楽しくなってきたばい!」
 金色の瞳を見開き、口角を上げシルフィアは笑う。覗く八重歯はまるで牙にさえ見える。
 大剣を握り直し、コジマに向かって一気に駆け出した。引き摺る剣は地面を削る。
「はっ!」

 シルフィアの上段からの攻撃に短剣2本を交差させ、コジマは真っ向から勝負に挑む。火花の散るかのような音を立てて2人の剣が衝突した。
 激しい鍔迫り合いになるかと思われたが、刃が打ち当たると同時にコジマが左足を半歩引き左に受け流す。

 鍔迫り合いからの攻防を想定していたシルフィアは攻撃を反らされ前のめりになる。想定外の事に対応が一瞬遅れてしまった。

 その隙を見逃さなかったコジマはシルフィアに当て身を繰り出す。小柄な少女は直撃を受け吹き飛んだ。

「痛っ……!」
 衝撃を逃がす事の出来なかったシルフィアは、思わず剣から手を離し地面を転がる。
 痛みを堪え咳き込みながらも何とか体勢を整え構え直す。離してしまった剣の位置も確認する。

「丸腰の貴女を攻撃するつもりはないよ。拾いな。」
 コジマは構えを解き、攻撃の意思は無いことを表明する。

「情けばかけとるつもりね?」
 構えたままシルフィアは警戒する。いつでも拳を叩き込める体勢だ。

 警戒するシルフィアの問いにコジマは答える。
「そんなんじゃないわ。あくまで対等に闘いたいだけよ。」

「そうね。有り難く受け取らせてもらうばい。」
 シルフィアは警戒を解き素直に応じる。

 両者構え直し試合が再開され、一進一退の攻防が続く。
 どちらも決定打を加えられず事態は膠着していた。

 肩で息をしてお互いに睨み合っている中、突如シルフィアが大声を挙げる。
「もうせからしか! この一撃で決めるばい!」
 姿勢を低く足に力を籠め、大剣を握り締める。

「随分と強気だね。決めれるもんなら決めてみな!」
 コジマも叫ぶ。右足を半歩引き短剣を構え、シルフィアの突撃に備える。

 籠めた力を開放し、土埃を舞い上げながらシルフィアが一気に突進する。
 
 シルフィアの攻撃はこれまで通り上段からだろうとコジマは践んでいた。降り下ろされる大剣に備えつつ、体術を盛り込んだ2撃目を警戒する。

 しかし一瞬にして間合いを詰めたシルフィアは急激に速度を落とす。同時に身体を反転、走行の勢いを右足の軸に乗せ大剣を横に凪ぎ払う。

 思わぬ横凪ぎの攻撃に一瞬気取られたコジマだが、ギリギリ躱すことが出来ると反射的に身体を反らせた。迫る切っ先の軌道は拳1つ分自分の身体に届かない。
 勝った!
 コジマはそう思った。

 相手が回避行動を取るだろうことをシルフィアは予測していた。コジマが身体を反らせると同時に左手を剣から離し、片手だけで持った柄は右手内を滑る。

 次の瞬間、コジマは大剣の直撃を受け吹き飛んだ。
 
「勝者! シルフィア=S.ウェヌス!」

 一瞬飛んだであろう意識を無理矢理に覚醒させ、辛うじて立ち上がったコジマの耳にシルフィアの勝利宣言が入ってきた。
「ちょっと! 私はまだ闘えるよ!」
 闘う意思があること、まだ戦闘可能だということを訴える。

「止めとった方が良かばいお姉さん。手加減出来んやったけん。」
 シルフィアは戦闘中とは違う優しい口調でコジマに語りかける。
「本気出さんばワタシが負けとったかもしらん。」

「何言ってんの!? うっ……」
 抗議しようとしたコジマは急に襲ってきた痛みに顔を歪める。右肩は外れ、肘は反対方向に曲がっていた。
「何これ……痛い……痛すぎ。これじゃ闘えないね……敗けを認めるよ。貴女の勝ちだよ、シルフィア!」
 自分の体の状況を理解した途端、激しい痛みが押し寄せ素直に敗けを認める。激痛に発狂しなかったのは剣士のプライドだろうか、精一杯笑顔を作りシルフィアを讃える。

「ありがとうお姉さん。正直勝てるかどうかギリギリやったばい。腕ごめんね?」
 シルフィアはコジマからの称賛を快く受け取り、側に駆け寄り怪我を気遣う。

「コジマで良いよ。それに怪我は本気で闘ったんだ、仕方ないよ。それより堂々としな! この私に勝ったんだから!」
 シルフィアの肩を抱き心配無用だと意思表示する。

「うん、わかったコジマお姉ちゃん。楽しかったばい!」
 シルフィアは自分より大きなコジマを支えながら笑う。

 2人とも凄かったぞ!
 どっちも最高の剣士だ!
 会場には他の受験者たちの2人を讃える拍手や声が響いていた。

 闘技場を後にしたコジマは手当ての為に医務室へと運ばれて行った。シルフィアと別れる最後まで笑顔を絶やさずに。

「皆、勝ったばい!」
 カインたちの元へと戻ってきたシルフィアは開口一番、ピースサインを3人に向ける。

「お疲れ様シルフィア。これで全員初戦は突破したね!」
 カインがシルフィアに水を渡しつつ4人の初戦突破を祝福する。

「凄かったねシルフィアちゃん! 私まで熱くなったよ!」
 アニエスが興奮気味にシルフィアの手を握り上下に激しく振る。

 一方ローベルトは少し青ざめていた。
「シルフィア怒らすのは止めよう。バッキバキにされる。」
 対戦相手の腕を見て心に決めたようだ。

「何ねローベルト。」

「いや何も? 試合お疲れさん!」
 睨まれ誤魔化すローベルト。

「一旦休憩らしいから軽く昼食摂ろうか。1時間後に戻ってくれば良いんだって。」
 シルフィアが戻る寸前にアナウンスを聞いたカインが提案する。

「食べる! いっぱい動いたけんお腹空いたばい!」
 シルフィアは即座に賛成した。他の2人も同様だ。

 一行は1度会場を後にし、広場に並ぶ屋台で食事をすることにした。普段広場には数件の軽食、甘味の店しか出されていないが、選抜試験の受験者たちや関係者、見物客をターゲットに多数の屋台が並んでいる。

 4人が食事をしていると、試験の参加者らしき数人に話し掛けられた。皆4人それぞれと闘うのを楽しみにしていること、若いと思って闘う前から侮っていたことへの詫びを口にした。

 皆空腹のため思いの外早く食べ終え、まだ時間があったためお茶を啜っていた。
「皆好い人そうばい!」
 そんな中シルフィアが口を開いた。

「そうだね。僕も闘うのが楽しみになってきたよ。」
 カインも話し掛けてきた者たちに好印象を抱いていた。

「一目置かれるのは有り難いことだがな……これから大変になるな。」
 ローベルトは曇った表情を見せる。

「どういうことだい?」
 ローベルトの発言にカインは疑問をぶつける。

「俺たちは初陣で目立ちすぎた。特にシルフィアは手の内を見せすぎたかもな。空いた時間に対策を練られてる可能性大だ。」
 足を組みティーカップを弄りながらローベルトが溜め息をつく。
「めんどくせぇ……」

「そうね……午前中は正直運が良かったと思うわ。皆私たちが一番若いから油断してたからね。」
 アニエスもローベルトの意見に賛同する。

 お茶を一口飲みカインが口を開く。
「なるほど。確かにこれからは運だけでは難しいかもね。でもあれこれ考えても仕方ない。やれることをやるだけさ。」
 そう言ってもう一度飲物に口をつける。

「そうばいローベルト! 力で押せば何とかなるけん!」
 ケーキを食べていたシルフィアはローベルトに向けてフォークを突き出す。

「おい危ねぇな! 一番手の内見せた奴が何言ってんだよ。顔にクリーム付いてんぞ。」
 ローベルトは目の前に差し出されたフォークを振り払う仕草をする。ついでに自分の口元を指しクリームの付いた位置を教える。

「む……でも皆強かけんきっと大丈夫ばい。それに強か人らと闘った方が勉強になるとよ。」
 シルフィアは口元のクリームを拭い拳を握る。
「ローベルトも修業と思って臨まんね!」

「いやそもそも俺戦闘要員じゃねぇんだけどな……」

「後衛と言えど全く戦闘しないってわけじゃないだろ? いざ対峙してみると違った策も考え付くかもしれないから頑張ってみたらどうだい?」
 ますます表情が曇るローベルトにカインが応援を送る。

「まぁお前らに迷惑かけない程度にはやるけどさ……」
 頬杖をつきながらローベルトは再び溜め息をつく。気は進まないがやる気がない訳ではないようだ。

「ところでシルフィア、そのイチゴ残してるけど食べないなら貰うよ?」
 最後の一口を食べたシルフィアにカインが話し掛ける。

「何言いよっとねカイン。イチゴは最後に食べるもんやろうもん。」
 戦闘中と同じ目付きでカインを睨む。

「え、ごめん。そんなに睨まないで! でもイチゴは最初に食べない?」
 取り敢えず謝り話題を振る。

「ちょっとカイン、それは違うわ。シルフィアちゃんの言う通りイチゴは最後よ!」
 アニエスが割って入る。

「わかっとるねアニエス! カインは異端児ばい。」
 シルフィアとアニエスは握手を交わす。

「ええ……ケーキの食べ方で異端児扱い……。ローベルトはどっち派なんだ?」
 劣性になりカインはローベルトに援護を求めた。

「うん。どっちでも良いわ。そもそも俺甘いの嫌いだからな。」
 ローベルトは中立を宣言する。

「カインって昔からそうよね。スープだけ食べてしまってからパン食べるし。」

「そいはなかよカイン。そがん食べ方は口のパサパサなるばい。」

 女子2人対カインという構図の出来上がりだ。ティータイムはそれぞれの食事作法についての話題で盛り上がったのだった。


「カイン=ニコラエヴァ、前へ!」
 闘技場に戻り試合が再開される。数試合後にカインの名が呼ばれた。

「よし! 行ってくるよ!」
 カインは両手で頬を叩いて気合いを入れた。木剣を確認し、会場へと足を進める。

 対戦相手は昼食時に話した若い男だった。
「やあ。早速闘えるね。」
 男は右手を挙げて軽く挨拶する。

「そうですね。よろしくお願いします。」
 カインも軽く会釈して挨拶を返す。

「2人ともよろしいか? 始め!」
 
 試験官の右手が振り下ろされると同時に2人は戦闘体勢に入る。相手の武器はロングソード、カインよりも間合いが広い。

「悪いが君が1試合目で見せたカウンターは驚異だから、距離を取らせてもらうよ。」
 対戦相手は数歩後退する。カインのカウンターを避けるため先に仕掛けることはしないようだ。

 対するカインは相手に向けた切っ先を僅かに傾ける。広場でウィリアムに教わった誘いだ。

 しかし相手は相変わらず距離を取って動かない。
「見え透いた誘いだね。乗るわけにはいかないな。」
 不用意に餌には食い付かない。

「そうですか……僕もまだまだですね。」
 誘いを見破られカインは構え直す。
「それならこっちから行きます!」
 相手の攻撃を待つのを止め、一気に突進、相手の首元目掛けて突きを放つ。

「なに!?」
 男は十分な距離を取っていたが、カインは驚異的な速度で距離を詰めてきた。思わず驚きの声が出る。
 男は何とか回避するが、カインの剣が少し首を掠めた。

「今のは自信あったんですけどね。避けられちゃいましたね。」
 残念そうにカインが相手に話し掛ける。

「正直危なかった。こんな攻撃もあるんだ。まだ侮っていた。」
 相手の男は更に警戒心を増す。

 両者自分の間合いを掴もうと付かず離れずに睨み合う。早くも2戦目でカインは苦戦を強いられることになるのだった。
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