AIたちに断罪から反撃の物語を書いてもらった

希臘楽園

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1.眼鏡の公爵令嬢は、今日も正しい by Claude

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 式典の朝、クラリッサ・フォンテーヌは宮廷魔術師から借りた光学理論の論文を読みながら登校した。

 眼鏡のレンズ越しに活字を追い、頭の中では先週から考え続けている屈折率の計算式が回転し続けている。ドレスの裾が石畳の継ぎ目に引っかかりそうになっても、視線は紙面を離れない。侍女のモーリィが「お嬢様、段差です」と囁いて肘を支えてくれなければ、おそらく三回は転んでいた。

「ありがとう、モーリィ」

「お礼は式典が終わってからにしてください」

 十七歳のクラリッサが王立貴族学院に入学して以来、モーリィは同じことを言い続けている。賢い侍女だとクラリッサは思う。己の主人の性格を正確に把握し、最小限の労力で最大限の安全を確保している。見習うべき合理性だ。

 大講堂は既に生徒たちで埋まっていた。

 年に一度の進級式典。国王夫妻の代理として、王太子エドワード・ルイ・ヴァレンシアが主賓として臨席する、それなりに格式ばった行事だ。クラリッサは婚約者として壇上隣席に座るよう事前に通達を受けていたが、席に着いてみると、エドワードの右隣には別の人物がすでに収まっていた。

 ルシア・ベルモント男爵令嬢。

 薄桃色のドレス。巻いた金髪。くりくりとした青い目。そしていつでも涙の準備ができているような、濡れた光を湛えた表情。

 クラリッサは一秒眺め、論文に視線を戻した。

「クラリッサ・フォンテーヌ!」

 エドワードの声が大講堂に響いた。少し裏返っている。感情的な人間は声域のコントロールが甘くなる。

 クラリッサは栞を挟み、論文を閉じた。

「殿下」

「よくも、のこのこと顔を出せたものだな」

 台本があるとしたら、ずいぶん大仰な書き出しだとクラリッサは思った。演劇的な語り口は往々にして中身が薄い。

「顔を出すよう通達を受けておりました。指示に従いました」

「とぼけるな! お前がルシアを虐めていることは全て聞いている!」

 ざわめきが広がった。三百人近い生徒がいる。格好の見世物だとクラリッサは客観的に認識した。

 エドワードの左隣に座っていた三人が続けて立ち上がる。侯爵家の嫡男アルフォンス、子爵家のライナー、そして伯爵家のグレアム。王太子の側近候補にして、揃いも揃って先月から食堂で視線を合わせなくなった三人組だ。動向はモーリィが把握していた。

「フォンテーヌ嬢。あなたがルシア嬢の茶器に細工をしたことは証言者がいる」

 アルフォンスが言った。

「ルシア嬢の課題レポートを盗んだことも、我々は知っている」

 ライナーが続けた。

「そのような女性が王太子妃に相応しいはずがない。婚約の破棄を求める」

 グレアムが締めた。

 稽古をしたのだろうとクラリッサは思った。三人の発言の長さがほぼ等しく、緩急も整っている。しかし台本の出来が良くても、役者の質が伴わなければ意味がない。アルフォンスは台詞を言い終えた後にちらとルシアを見た。ライナーは途中で一度まばたきを過剰にした。グレアムの指先が、微かに震えていた。

 嘘をつき慣れていない人間はどこかに出る。

 クラリッサは立ち上がらなかった。椅子に座ったまま、組んだ手を膝の上に置き、三人を順番に見た。

「証言者の名前を」

「何?」

「茶器への細工を見た証言者の名前を教えてください、アルフォンス様。証言の信憑性を担保するためには、証言者の身元が必要です。これは証拠評価の基本です」

 アルフォンスの口が開いたまま閉じなかった。

「レポートの件も同様です。ライナー様、私がルシア・ベルモント嬢のレポートを盗んだという証拠は何ですか。筆跡ですか、内容ですか、あるいは目撃者ですか」

「そ、それは――」

「グレアム様。婚約破棄の要求を行うためには、本来、両家の当主と王室が協議の場を設ける必要があります。式典の壇上でその宣言を行うことは、手続きとして正当ですか」

 三人が黙った。

 ざわめきが大きくなった。

 エドワードが顔を赤くした。「詭弁を弄するな! ルシアがお前に苦しめられていることは明らかだ! 証拠がなくても、俺にはわかる!」

「感情は証拠になりません」

「お前はいつもそうだ!」エドワードは立ち上がった。椅子が後ろに倒れる音がした。「冷たい! 人の気持ちを何も考えない! だから俺は――だから俺たちは――」

「殿下」

 クラリッサは初めて声の色を変えた。低く、静かに。

「私が冷たいと感じておられたなら、それは申し訳ありませんでした。ただ、確認させてください」

 彼女は立ち上がり、眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。レンズの奥の灰色の瞳が、正面を向く。

「殿下は、この二年間で何度、私に声をかけてくださいましたか」

 エドワードが黙った。

「私が冷たいとおっしゃいますが、殿下が私の研究に興味を持ったことは一度もありませんでした。私の家族の話を聞いたことも。私の体調を尋ねたことも。舞踏会の帰り道、馬車が別々でしたね。誕生日に贈り物をいただいたことはありませんでした。私が殿下に贈ったものは、三年間で十二品目。記録がございます」

「それは――」

「私は怒っているわけではありません」クラリッサは穏やかな声で言った。本当に怒ってはいなかった。ただ、事実を列挙しているだけだ。「ただ、冷たいとおっしゃるなら、その評価が双方向に公平に適用されるべきではないか、と思っただけです」

 ルシアが「あの……」と口を開いた。

 はらはらと涙をこぼす準備が整っているような顔だった。「私、クラリッサ様に意地悪をされたのは本当のことで……怖くて、誰にも言えなくて……」

 泣き声は上手かった。大講堂の端まで、ちょうど届く音量だった。

 クラリッサはルシアを一度見て、後ろを振り向いた。

「モーリィ」

「はい、お嬢様」

 侍女が前に出た。盆の上に、束ねた書類が載っていた。

「三ヶ月分の私の行動記録です。日時、場所、同席者の署名付きです。私がルシア・ベルモント嬢と同じ空間にいた時間は、学院の授業中を除けば、累計で四十分に満たない。茶器に細工できる機会は物理的に存在しない。レポートについては、私のレポートの提出記録と、ルシア嬢のレポートの提出記録を照合していただければ、日時の前後関係から盗用の方向性が明らかになります」

 大講堂が静まり返った。

「また、ルシア嬢の課題レポートのうち、今学期提出された五本については、参照文献リストに誤りがあります。本来存在しない書籍名が記されている。これは当該レポートが、外部から購入するか、あるいは他者に代筆させたものである可能性を示唆します。学院の図書館司書のマルティン氏が、この件について証言をご準備くださっています」

 後方の扉近くに、初老の司書が立っていた。眼鏡をかけた、生真面目な顔の男性だった。図書館に毎週通い続けたクラリッサが、三ヶ月かけて関係を築いた人物だ。

 ルシアの顔から色が消えた。

 エドワードが「ま、まさか、ルシアが……」と呟いた。

「私には確証がありません。調査は学院の規律委員会に委ねるべきでしょう」クラリッサは言った。「ただ、断罪は証拠の後に行うべきです。これは誰に対しても、同じです」

 彼女は一呼吸おいた。

「殿下、婚約破棄についてですが」

 エドワードが身を固くした。

「私も望ましいと考えています」

 場内がどよめいた。

「ただし、手続きを正しく踏むことを条件とします。フォンテーヌ家と王室の間で正式な協議を行い、私の父が納得する形で合意に至ること。その上で、先ほどの壇上での発言についての王室からの公式な謝罪文書を、フォンテーヌ家に提出すること。私の名誉の回復を、公の場で行うこと。この三点が満たされれば、婚約解消に異存はありません」

 静寂が続いた。

 エドワードは何かを言おうとして、言えなかった。三人の側近たちは顔を見合わせた。ルシアは小さく震えていた。

 クラリッサは椅子に座り直し、栞を外した。

 論文の続きを読み始めた。

 光の屈折率は物質によって異なる。同じ光でも、何を通るかによって、進む角度が変わる。当たり前のことだが、それを数式で美しく記述することには、いつも小さな感動がある。

 モーリィが隣に立ち、静かな声で言った。「お嬢様、今日は少し、格好よかったです」

「計算通りです」

「それが格好いいんです」

 クラリッサはページをめくった。

 式典はそのまま、ひどく中途半端な形で終わった。主賓が壇上で沈黙したまま三十分が経過したため、進行役が苦肉の策で開式を宣言したのだ。

 後日、フォンテーヌ公爵家に王室から使者が訪れた。クラリッサの父は書類一式を精読し、顧問弁護士に確認を取った上で、署名した。

 婚約は正式に解消された。

 クラリッサはその日も図書館にいた。新しい論文を読んでいた。光学の次は、魔力の共鳴周波数についての理論書だった。

 窓から西日が差し込んで、ソバージュの茶髪が一瞬、金色に見えた。

 モーリィだけがそれに気づいたが、何も言わなかった。

 言えば主人は「西日の入射角がそのような色彩効果を生む」などと答えるだろうと、よく分かっていたから。
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