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偶然という名の奇跡を起こす話。

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「はぁ……。さっきの小川さんスゲー怖かったな……。ちょっと露骨に眺め過ぎたかもしれないけど、俺だけ睨まれるって……少し理不尽じゃない?」


 ーー松原先生のHRの終了後、少しだけもらったトイレ休憩の時間で1人トイレに行っていた俺は、帰りの廊下を歩いてる際、先程の小川さんに睨まれてしまった事を思い出し、思わずそんな愚痴を溢していた。


 そして、そんな事を考えているとふと思い出されるのは……ここ一ヶ月の小川さんが妙に俺に対して攻撃的な態度を取ってきている事である。

 これは俺の勝手な被害妄想なのかもしれないが……ここ最近、妙に小川さんから鋭い視線を感じたり、机に当られたりしているような気がするのだ。

 勿論、こんなの俺のただの被害妄想である可能性が高いし、そもそも、なぜ俺みたいな地味な奴にわざわざ小川さんが?って話になるから、気のせいだと考えるのが当たり前だと思うのだが……どうにも、彼女から俺が嫌われているような気がしてならないのだ。

 とは言え、そうなると気になってくるのはーー


「(うーん……なら、どうして小川さんから俺が嫌われているのか?って、所だよな……。
 普通に俺と小川さんには、接点という接点がまるで存在してないし……そもそも、クラスの上位カーストである彼女が、わざわざ俺の事を気にしたりするのか?っていう話なんだよな。ホント分からん。)」


 でも……あんまり考えたくないが、特に理由なく嫌われているというーー俗に言う所の『生理的に無理。』である可能性も捨てきれないというのが、自分でも悲しい所である。

 とは言え、これに関しては俺自身ではどうしようも無い事なのだが……そうでない理由である事を切に祈るばかりである。(まあ、自分が嫌われている事を前提にしているのが、辛い点ではあるのだが……。)


 そうして、俺は取り止めのない思考を続けながら、とにかく長い廊下をぼんやりと歩いているとーー

 前方から、見るからに多過ぎる量のプリントをよたよたと運んでいる、肩から上がプリントで隠れてしまっている生徒の姿が。

 そしてその生徒は、ゆっくりではあるがこちらの方にテクテクと向かって来ていたので、俺は少し心配になり近寄ってその様子を伺ってみる。


「ううう……プ、プリントで前が見えない……。
 中西先生に直接頼まれたとは言え……ゆりちゃんにも手伝ってもらえばよかったぁ……。」


 そして俺はその人に近寄って、大丈夫かどうかを確認してみたところ……その予想通り、女の子のやや苦しそうな声がプリントの後ろ側から聞こえてきた。

 なので、女の子に話し掛ける事に少し臆しながらも、やはりそのまま見て見ぬ振りは出来なかった俺は、ちょっとだけどもりながらも、なんとかそのプリント女子に話し掛ける。


「あ、あの!す、すいません!もしよかったらですけど……それ運ぶの手伝いましょうか!?
 その……突然話掛けちゃってすいません。でも、あんまりにもそのプリントが重そうだったんで……心配になって声を掛けちゃいました。」

「……ん?え、あっ!もしかして、同じクラスメイトの方……ですか?あ、あの……お恥ずかしながら、これを一人で持って行くというのは、やっぱり自分でも無理があると思うので……。よかったら、お手伝いをお願いしてもいいですか?」


 ーーすると、思い切って声を掛けた俺のその言葉に、彼女はその場に立ち止まって、俺の申し出に快く応じてくれた。

 しかも、逆に彼女の方から俺に手伝いをしてくれないかと申し出て、俺の行為が彼女に対して押し付けでないとの、フォローを入れてくれるという気遣いまでしてくれたのだ。

 そして、今現在もそのプリントの束の後ろから『ありがとうございます!』と俺への感謝の言葉を述べ、徐々にではあるが、自身の持つプリントの束を俺の方にも分けてくれる。

 しかし彼女は俺に気を使ってだろうが、あんまり一気にはプリントを俺の方に渡さず、大体自分が持つ分と同じかそれよりちょっとだけ少ない量を俺へと分け与える。……だが、自身の方が俺より多い量のプリントを持っているにもかかわらず、彼女はどこか申し訳なさそうな声色で俺に声を掛ける。


「あの……結構な量になってしまい、申し訳ないです……。先生から頼まれたプリントはこれで全部なんですけど、その……少し横着してしまって、自分でも持てない量を一人で持ってきてしまいました……。」

「あっ、そ、そんなの全然問題ないです!それはこんな量を女の子に持たせた先生の方に問題があるっていうか……先生からの頼まれごとに文句を言わず、一人でも運んでいる事自体が偉いっていうか……。
 その……すいません。自分でも上手く言えなくて。で、でも!あなたが横着したから悪いなんて事は絶対に無いと……お、俺は思います!」


 そうして、俺は彼女にあまりこの手伝いについて負い目を感じて欲しくなかったため、そのようなフォローの言葉を掛けたのだが……どうしよう。

 そのあまりのクサイ台詞せりふと緊張からくる要領を得ない話の内容に、自分でも普通に気持ち悪いことを言ってしまったと感じてしまっていたのだ。

 ーーそもそも初対面の……それもこんな冴えない男に言われても、普通にサムイし気持ち悪いだろう。


 こうして、自分でも気持ち悪い事を彼女に言ってしまい、その事が恥ずかし過ぎてまともに彼女の方を見られず(と言っても、彼女の顔はプリントの山で隠れて見えていないのだが……。)にいるとーーペコリ。

 そのプリントの陰から、彼女が俺に軽く頭を下げるのが、見えてはいないがなんとなく分かった。


「その……ありがとうございます。手伝ってもらうだけでなく、わざわざ気まで遣ってもらって。
 私、男の方って少し苦手なんですけど……あなたにはこのように頼らせてもらって、あまつさえそのように言ってもらえるなんて……。先程、強がらずにあなたを頼って本当によかったです。」

「い、いえ……そんな……。見ていて放っておけないって勝手に思って声を掛けただけなので……。
 そ、それより!このプリント……どこまで運びますか?そういえば、目的地など何も聞かないでここまでついてきたので……。」


 すると彼女は、俺のその言葉を聞いて「えっ?」と、気の抜けた声を上げてーーバサッ!

 彼女は勢いよく自身の持つプリントの束から顔を出し、そして俺の顔を……って、えええ!?


 ーーまさかの、そのプリントの陰から現れた女子生徒は……俺の憧れの女性。今朝、直輝と話していた大橋 柚希おおはし ゆづきさんその人だったのであった……。


 ーー次話へと続く。ーー
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