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第八話 先輩との昼休み
しおりを挟む「あの…相太くん……。あなたの手を引いておいて今更な話なんですけど、麗奈さんのことは本当によろしかったのですか?何やら二人には只ならぬものがあったようにも、今になって思えば感じられるのですが……。
もしかして今回の私のお誘いは、相太くんの迷惑になっていましたか……?」
屋上の扉を開け、二人並んで屋上の床に腰を下ろしたタイミングで、三葉先輩は唐突にそのように俺に尋ねてきた。
ここは私立第一高校の屋上。基本的には一般向けに解放されている場所で、昼休みや放課後、更には休み時間などには人気の休憩スペースである。
しかし今日は天気が良過ぎて、日光が厳しいからなのだろうか?
屋上には人が俺たち以外には誰一人としておらず、珍しく閑散とした様子を見せている。
そんな中でも数少ない光の当たらない屋上扉付近にある軒下の部分、その場所に俺と三葉は座る事にしたのだが、そこに座ったタイミングでの先程の質問であった。
やはり、三葉先輩には麗奈との関係を隠し通すことは出来ないようだ。
まあ別に隠し通そうとは思っていなかったのだが、心の準備というものがある。
「いえ……。むしろあそこで先輩が俺を引っ張って外に連れ出してくれたことで、色んな意味で救われたというのが正直な所です。多分まだ何も説明していないので、今言われてもよく分からないとは思うんですが……。
それでも!あのとき俺を引っ張ってくれて、俺に一歩踏み出す勇気を与えてくれて、本当にありがとうございました!」
俺はそんな言葉と感謝の気持ちを胸に、三葉先輩に向かって深々と頭を下げる。
ーーホント俺は、この人には朝から助けられてばかりだ。
俺からは何も伝えられていないにもかかわらず、俺を前に押し出してくれる。
泣いていた俺のことを心配して、その背中を追いかけて来てくれる。
そんな先輩になら俺のことを話して、その時感じた想いについて伝えても……。
俺はそんな想いを胸に、何も言わずただじっと待ってくれていた先輩に想いを伝える。
「すいません三葉先輩。ちょっとだけ俺達についての話を聞いて貰えませんか?俺と麗奈の話、出会いから別れまでの話を……。」
「はい、もちろんお話を聞かせて頂きます。
このような少し強引な形になってしまったことは申し訳なく思いますが……、それでも私は相太くんのことについて知りたいです。
それで……相太くんと麗奈さん。二人の間に何があったというのですか?」
三葉先輩はそう言うと、こちらに顔を向け真剣な様子で俺の話を聞こうとしてくれる。
その少し生真面目すぎる姿勢に少しだけ微笑ましくなりつつも、その反面、これから話す話で少しでも三葉先輩に心配をかけたくないとそんな風にも感じてしまう。
しかし、だからこそ先輩には聞いてもらいたい。それが俺が前を向いて歩き出すための初めの第一歩になるはずだから。
「そうですね……。まずは俺と麗奈の出会いの所から話しますね。俺と麗奈は中学の頃に初めて図書室で出会ってですねーー」
・
・・
・・・
・・
・
俺はそう話し始め……麗奈との初めての出会い、中学2年生の時、放課後の図書室で初めて麗奈と話をしたという所から、3年生の中盤ぐらいで付き合い始め、高校生になってから数ヶ月の昨日、突然の別れを切り出されたことを含めて全てを三葉先輩に伝えた。
初めて麗奈が俺に笑顔を見せてくれた時、その笑顔を見て確かに感じた胸の高鳴り。
いざ麗奈と付き合う事になり、自分でも馬鹿みたいに嬉しかった喜びの感情。
最後に麗奈に別れを告げられ、何にも言うことの出来なかった無力感からの後悔。
それら全てを含め麗奈と過ごした時間、その思い出の全部を今の俺が伝えることの出来る最大限の言葉をもって伝えた。
「ーーというのが、不覚にも俺が今朝先輩の前で泣き顔を見せてしまった理由です……。でもこれは蓋を開けてみれば簡単な話で、俺が身の丈に合わない恋をして、そして振られてしまった…というだけの話なんです。
長々と話してしまいましたが、正直な先輩の感想を言ってもらって構いません。……自分でも分かってはいたんです。俺と麗奈ではどうしたって釣り合うことは無いって。どんなに俺が麗奈の隣に立てるよう一生懸命に頑張ったとしても、それだけでは麗奈の隣にいる事は出来ないということだって始めから分かっていたんでーーって、痛っ!」
そうして、自傷気味に力ない笑みを浮かべながらそう口にした俺に、突然先輩が体当たり気味に抱きついてきたかと思うとーーその身体に俺は力一杯抱きしめられていた。
俺からは表情が見えない位置、俺とは反対側に顔を向けたままで、少しずつではあるが話に対して三葉先輩が感じたことなどを、ゆっくりと落ち着いた声音で話してくれる。
「いいですか、相太くん?確かに大好きだった人と別れてしまって、それがとても悲しいのはもちろん私にも分かっています。
ですが、そんな風に大好きだった自分のことを卑下して、その為に頑張ってきた自分の努力でさえ自ら否定してしまうということだけは絶対にやめましょう。
確かにそんなあなたの麗奈さんに対する努力は彼女の目には映ってはおらず、一見するとその頑張りは無駄にも思えるかもしれないです。現に彼女と別れてしまっているこのタイミングでは。ですが……あなたのその頑張りは意味のない事であるはずがない。その頑張ってきた全てが無駄であるはずがないのです。」
先輩は俺を優しく抱き締めて、ゆっくりと俺に教え込ませるよう、まるで母親が子供に大切なことを教えてくれるかのようにして、優しい声色で尚も言葉を紡ぎ続ける。
「ーーなぜなら、あなたのその頑張りを間近で見て無駄とは考えなかったからこそ、相太くんの妹さん、その雫さんはそのような連絡をわざわざ送ってきてくれたのでしょう?
それにクラスメイトの和樹さんという方、その方もあなたの麗奈さんへの努力を知っていたからこそ、あなたからの相談に真剣に答えるという形で、その努力を認めてくれていたのでしょう?」
諭す様な先輩の言葉に、改めて俺を認めてくれていた人達の存在を強く意識した。
そうだった……。俺の努力を見てくれていた人、その頑張りを認めてくれた人達が、ちゃんと俺の近くにはいるんだ。
なのに……、それなのに俺は、そんな風に俺の事を認めてくれて俺の努力を肯定してくれていた人達の想いまで、俺自身が否定してしまっていたんだ……。
俺は先輩のその言葉を聞き、自身の周りに立つ人達を意識した瞬間、自然と自身を卑下したことに対する謝罪の言葉とその間違いに気づかせてくれたことに対する感謝の言葉が同時に口をついて溢れていた。
「ごめんなさい……。俺が自分を否定してしまったら、それは先輩の言葉や想いも否定することになりますよね。本当にありがとうございます……。おかげで俺を見て認めてくれる人達を見失わずに済みました。」
俺は言葉通り感謝の気持ちを抱くと同時に、ぎゅっと先輩の身体を強く抱きしめる。
俺が今も胸に感じている先輩への感謝の気持ち、その少しでも先輩に届いて欲しいという想いで抱きしめる手に力が篭もる。
前までの俺ならこの状況に照れくさくなりすぐに離れてしまったことだろう。しかし今は不思議な程に落ち着いた気持ちで先輩の抱擁に応えることが出来ている。
するとそんな俺からの感謝の気持ちが、先輩にもちゃんと届いたからだろうか?
先輩もそれに応える形で俺の事を強く抱きしめ返してくれたかと思うと、母親を思わせるような優しい手つきで、俺の頭をさわさわと撫でてくれたのだった……。
そうして、俺達二人は少しの間抱擁を続けて、お互いの存在を強く意識しながら優しい時間を過ごした。
そしてその間にも屋上には優しい風が吹いていて、改めて隣にいるのがこの人で良かったと心からそう思うのだった……。
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