13 / 35
第十三話 籠の中の雛鳥
しおりを挟む「ーーなるほど。それで麗奈は昼休みに一人で荷物を運んで来て、いつも生徒会に顔を出していた彼は麗奈とは一緒に来てなかったんだね……。噂はボクも少し耳にしていたけど、別れたって話は本当だったんだ。」
ボク、長谷川 詩織は、後輩でありながら生徒会長でもある友人、黛 麗奈の話を聞き終えてそう呟いた。
ボクは放課後、生徒会の活動を始める段階からどこかぎこちない様子である麗奈の事を気にしていた。
他の役員達もその事に気付いてはいたようなのだが、麗奈が彼氏と別れた事を噂で耳にしていたため、彼女の異変については誰も触れなかったみたいだ。
「(まあでも、皆が触れなかったからこそ、ボクが麗奈に話しかけた訳だしね……。)」
そしてそんなボクの呟きを聞いた麗奈は、少しだけ顔色を曇らせて……。
「そうです……。確かに私は、彼に私から交際の終わりを告げました。でもそれはっ!彼が嫌いになったとか、そういう訳ではなかったのです……。
彼とは一度別れて、もう一度元の関係に戻れば、また彼が私の事を普通に見てくれると、そんな風に思ってて……。でも現実にはそうはならなくて……。」
そこまで言うと、麗奈は顔を俯かせる。
ぎゅっと握りしめたその手からは、自身の行いへの後悔が見て取れる。
おそらく麗奈は彼と会って、会話して初めて気が付いたのだろう。
彼が自身を見る悲しそうな瞳に、別れたにもかかわらず仕事の手伝いを頼んだ自身を見る、関わること自体を嫌がるような……、どこか怯えるような彼の瞳の存在に。
それは普通であれば……、別れてすぐの相手に手伝いを頼むなんて非常識だし、何より図々しいと思われる行動だろう。
ボクが彼の立場であっても嫌だろうし、もしかするとそれを言ってきた相手に、ヒドイことを言ってしまうかもしれない。
それが口下手で自分の気持ちにすら無自覚な相手だと、よく理解していなければ……。
「たぶんだけど……、彼から目を逸らされてしまったんだよね?麗奈のことを普通として見てもらうどころか、彼から目を逸らされて拒否されるという形で……。それで、彼と再び友達からやり直そうと伝えるための誘いであった昼の手伝いの話も、同じく拒否されてしまった……と。
ーーこんな所かな?麗奈が昼休みにとった行動とその真意は。」
ボクの知っている麗奈の内心と行動原理を検討して、そのような推理を麗奈に伝える。
おそらく麗奈が彼の事を素っ気なく振ったという噂も、麗奈自身、彼の傷つく顔が見ていられなくて早足に……、彼の返答を待つ事なく立ち去ったことが、そのように周りから受け取られてしまった結果なのだろう。
自身の想いとは裏腹の行動、それがより一層麗奈の心に痛みを与え、そしてその行動で彼が傷ついたという事実が、麗奈の足をその場から離れさせた。
麗奈は言葉足らずで、無自覚の行動によって相手を傷つけてしまう所があるのだ。
これは同性で数年間生徒会を共にしたことのある友人で、彼女とよく似た境遇の私だからこそ分かる考えなのであって、普通の人間からすれば冷たく、そして素っ気ないと誤解されることになるような対応なのだ。
現に無自覚の行動によって傷つけられた普通の相手、それも異性である所の彼からすれば到底理解できないし、とても冷たい行為にも見えた事だろう。
そして実際にそんなボクの予想が当たっていたのか、麗奈はその言葉を聞いて驚きの表情を浮かべ、「なぜ分かったのですか!?」とボクに問いかけてくる。
「ど、どうしてそれを……。まだ誰にも、相太にだって言っていないのに……。なんで詩織先輩には、私のそんな所まで理解出来てしまうのですか?もしかして本当に……、詩織先輩は魔法使い?」
驚いた顔の麗奈はそんな突拍子のない事をボクに言ってくる。
いくらボクが麗奈の思考を読んで、そう推理したからといっても……、それで魔法使いとは的外れもいい所だ。
まあ一部の人間からはそんな風に言われる事もたまにあるが、それはボクが人よりも洞察力があるからそう言われるだけである。
とにかく今は、そんな魔法使いモドキであるボクに頼ってきた麗奈のためにも、少しだけ気を引き締めてアドバイスしておく。
「まあ、なんで分かったのかは別にいいじゃないか。それより今は『どうして麗奈がそんなモヤモヤした気持ちなのか?その原因はどこにあるのか?』について考える事の方が先でしょ?……じゃないと、また同じようにモヤモヤした気持ちになるかもしれないよ。
それに彼に逃げられてしまった事は、この際置いておくとしても……、そのモヤモヤの原因を知って、自分の本当の気持ちに向き合って行動しなければ、今後麗奈は必ず後悔する事になると思うしね。」
少し大げさに言い過ぎかもしれないが、今後の麗奈と彼の関係を心配して、ボクは麗奈にそのように伝える。
実際、その彼がどのように麗奈に対応して、その場から離れて行ったのかはボクには分からない。
けれど、それをただ呆然と見送るだけになっていた麗奈の気持ち。
そのモヤモヤする気持ちの正体ぐらいは、ボクにも推測する事が出来る。
しかしそれと同時にボクは理解していた。その気持ちが心に浮かんだ麗奈が絶対に乗り越えなければいけない壁。無自覚を自覚しなければ何も始まらないという事を。
しかし今の麗奈はそれ以前の問題なのだ。
自身が彼に対して思ったその気持ちの正体、彼を引き止めるべく一歩前に踏み出す事が出来なかった理由……、それらを理解する事が出来ない、今の麗奈には。
そしてボクのその言葉を聞いて、「モヤモヤの原因?」と呟き、いまいちピンときていない麗奈に少しだけヒントを与える。
「ちょっとピンと来てないみたいだから、少しだけヒントを与えるね?
……想像してみて?『彼が麗奈とは別の女の子、それも麗奈と同じかそれ以上に綺麗で可愛い子と、手を繋いで二人仲良く歩いている所を。』もしそれが想像出来たなら……、今麗奈は想像してどんな気持ちになったのかな?ボクの予想では、きっと今麗奈は『悔しい』と感じたはずだよ?違う?」
「……っ!そ、そうです……。詩織先輩の言う通り、なぜだか悔しいと感じました。ほ、本当になんで分かるんですか……?」
ズバリその気持ちを言い当てられた麗奈は、ボクのことを信じられないものを見るような目で見てくる。
でもそれは、麗奈からすれば信じられない事なのかもしれないが、女の子であれば誰でも……。それにもしかすると、男の子でもその気持ちを理解する事が出来るかもしれない、そんな簡単で単純な気持ちだ。
「そりゃ分かるよ。だってそれは、麗奈がその彼をーー『完全下校時間です。教室にいる生徒は速やかに帰宅をお願いします。繰り返します。完全下校時間です。』……ごめんね。もう時間みたいだ。」
ボクが麗奈にその気持ちの確信に繋がる言葉を告げようとしたそのタイミングで、完全下校時間を告げるアナウンスが校内放送から流れてきた。
この放送が流れ始めてから10分以内に外に出ないと、校門が閉められ、簡単には外に出られなくなってしまう。
そのため、早く生徒会室の鍵を閉めて、外に出なければならない。
「はい。まだ話足りませんが……、もう時間なのでしょうがないです。今日は私の相談に乗って頂いてありがとうございました。
まだはっきりしていない部分もありますが……、自分でも一度気持ちを整理したいと思います。最後の戸締りは私が行いますので、詩織先輩はどうぞお先にお帰り下さい。」
麗奈はボクに感謝の言葉を述べてから、先に帰るようにとボクに促す。
ボクにはそれを拒否する理由もなく、麗奈に言われた通り先に生徒会を後にする。
ーーそして誰もいない廊下で一人、ポツリと呟いてみる。
「魔法使いか……。もしそんな人になれると言うのなら……、ボクはその力で自由を手に入れるよ」と。
そんな呟きは夜の闇に消えて、誰の耳にも入る事はなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる