事故を起こさせない探偵 ―元刑事・天川の未来視事件録

立花 猛

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第七章

第六部 救えなかったもの

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 天音梨花には、
 たった一人、
 守ろうとしていた人物がいた。

 名は、杉原 恒一。

 元・外注解析会社の技術者。
 警察内部のシステム更新に関わったことがある男。

 立場は低い。
 権限もない。

 だが――
 “事故処理の自動化ログ”に触れてしまった。

 天音は、そこまで辿り着いていた。

 だから、
 彼を調査対象にした。

 だから、
 彼をリストに載せてしまった。



 杉原は、
 自分が狙われていることを知らない。

 いや、
 正確には――
 「狙われるほどの存在ではない」と思い込んでいた。

 それが、
 最も危険だった。



 天川黎人は、
 ある違和感を視ていた。

 杉原の住むアパート。

 二階建て。
 古い。
 管理は甘い。

 事故が起きるには、
 都合が良すぎる。

 天川は、
 後藤に連絡を入れた。

 「……来ます」

 それだけで、
 後藤は理解した。

 「どこだ」

 「杉原のところです」

 電話越しに、
 短い沈黙。

 「……行け」

 それは、
 命令ではない。

 賭けだった。



 天川がアパートに着いたとき、
 すでに空気が違っていた。

 静かすぎる。

 生活音が、ない。

 彼の能力が、
 視せてくる。

 ――階段の手すり
 ――緩められたボルト
 ――割れた蛍光灯の破片

 事故の準備。

 いや、これは事故ですらない。

 天川は、走った。

 二階。

 杉原の部屋。

 ドアは、
 開いていた。

 中は、荒れていない。

 争った形跡もない。

 だが――
 窓が、開いている。

 天川は、
 窓から身を乗り出した。

 下。

 アスファルト。

 人だかり。

 救急車。

 ストレッチャー。

 遅かった。



 杉原は、
 転落死。

 警察発表。

 「足を滑らせた可能性が高い」

 誰も、
 疑問を口にしない。

 古いアパート。
 夜。
 酒気帯び。

 都合のいい材料は、
 揃っている。



 天川は、
 その場に立ち尽くしていた。

 階段の途中。

 緩められたボルトを、
 視てしまった。

 蛍光灯を割ったのが、
 誰かも、視えた。

 だが――
 それを示す証拠は、ない。

 能力は、
 またしても、
 何も守れなかった。



 後藤が到着した。

 救急車の赤色灯が、
 彼の顔を照らす。

 十年前と、
 同じ光。

 同じ距離。

 同じ、
 間に合わなさ。

 後藤は、
 何も言わず、
 遺体袋を見た。

 天音。
 茜。
 杉原。

 線が、一本に繋がった。

 「……これで、終わりだ」

 誰に言うでもなく、
 後藤が呟く。

 斎藤が、
 唇を噛む。

 「俺たち、
  何もできないんですか」

 後藤は、
 ゆっくりと首を横に振った。

 「警察としては、な」

 その一言で、
 すべてが終わった。

 ――そして、
 始まった。



 その夜。

 天川は、
 自分の部屋で、
 動けずにいた。

 救えなかった。
 視えていた。
 それでも、救えなかった。

 能力が、
 初めて、
 呪いに見えた。

 「……俺は、
  何なんだ」

 問いに、
 答えはない。

 だが――
 後藤の言葉が、
 静かに響く。

 「警察としては、な」

 天川は、
 顔を上げた。

 理解する。

 これは、
 立場の問題だ。

 正義の問題ではない。



 深夜。

 天川の携帯が鳴った。

 後藤だ。

 短い通話。

 「……来い」

 場所は、
 署ではない。

 規則の外。



 後藤は、
 古い倉庫にいた。

 私服。

 警察手帳は、
 ポケットに入れたまま。

 「天川」

 後藤は、
 真正面から言った。

 「次からは、
  救えないと思うな」

 天川は、
 息を呑む。

 「救えなかったのは、
  能力のせいじゃない」

 後藤の声は、
 低く、重い。

 「場所が違った」

 そして――

 「ここから先は、
  俺が、
  責任を持つ」

 それは、
 上司の言葉ではない。

 共犯者の言葉だった。



 この日。

 天川黎人は、
 はっきりと理解した。

 警察でいる限り、
 救えない命がある。

 だが――
 警察を“使わなければ”、
 辿れる闇もある。

 そして。

 次に消される名前は、
  もう、偶然では終わらない。
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