27 / 49
第八章
第五部 誰も知らない探偵事務所
しおりを挟む引き戸が閉まると、
外の音が、すっと消えた。
通りのざわめき。
車の走行音。
それらが、
畳の匂いに吸い込まれる。
店内は、
驚くほど狭い。
棚には、
駄菓子が無造作に並び、
古い木箱がいくつも積まれている。
値札は、
手書き。
昭和で、
時間が止まったようだった。
だが、
天川は違和感を覚えた。
無駄がない。
動線。
視線の抜け。
店のどこに立っても、
全体が見渡せる。
――人を観察する配置だ。
「そこ、座んな」
ちよばあちゃんが、
顎で畳を指す。
天川は、
言われるまま腰を下ろした。
「元刑事さんは、
立ってるほうが
落ち着くんだろうけどね」
笑う。
だが、
目は笑っていない。
「……後藤さんから?」
天川が尋ねると、
ちよばあちゃんは
ゆっくりと頷いた。
「ああ」
「ずいぶん前から、
あんたのことは
聞いてたよ」
“ずいぶん前”。
その言葉が、
引っかかった。
「座ってるだけで、
耳に入るんだよ」
「警察の噂も、
事故の話も」
「ここはね、
子供が集まる」
「子供は、
大人の話を
よく覚えてる」
ちよばあちゃんは、
駄菓子を一つ、
天川の前に置いた。
紙袋入りの、
安い菓子。
「事故ってのは、
突然起きるようで、
前触れがある」
「大人は、
それを見ない」
「子供は、
全部、
聞いてる」
天川は、
何も言えなかった。
警察の捜査と、
方向性が違う。
だが――
核心に近い。
「二階、
行きな」
ちよばあちゃんが、
唐突に言う。
「会わせたい人がいる」
天川は、
立ち上がり、
階段を見た。
古い木の階段。
軋む音。
上へ行くほど、
暗い。
二階は、
拍子抜けするほど、
普通だった。
机。
パソコン。
資料棚。
ただ――
窓が、外から見えない。
ブラインドが、
常に閉じている。
「初めまして」
最初に声をかけてきたのは、
女性だった。
後藤理沙。
年は、
天川とそう変わらない。
目が、
父親に似ている。
「……後藤さんの」
天川が言うと、
理沙は小さく頷いた。
「娘です」
「父から、
話は聞いてます」
簡潔。
感情を、
挟まない。
机の奥。
もう一人の女性が、
椅子に座っていた。
こちらを、
見ない。
画面を、
見続けている。
「……天音、です」
理沙が紹介する。
「裏、担当」
天音玲奈は、
ようやく顔を上げた。
視線が、
天川に触れる。
その瞬間――
分かった。
言葉はいらない。
この人は、
全部、
知っている。
「……姉が、
お世話になりました」
玲奈の声は、
平坦だった。
感謝でも、
非難でもない。
事実の確認。
「……助けられませんでした」
天川は、
即答した。
玲奈は、
一瞬だけ、
目を伏せた。
それだけ。
「だから、
ここにいるんですね」
天川は、
頷いた。
理沙が、
話を切り替える。
「ここでは、
警察じゃない」
「命令も、
規則もない」
「あるのは、
“やるか、
やらないか”だけ」
天川は、
部屋を見渡した。
この小さな場所が、
事故の外側だ。
ちよばあちゃんの声が、
階下から聞こえた。
「天川」
「ここに来たってことは、
もう、
戻れないってことだよ」
天川は、
静かに答えた。
「……承知してます」
その瞬間。
玲奈が、
一つのファイルを
開いた。
「じゃあ」
「最初の仕事です」
画面に映るのは、
見慣れた言葉。
事故死。
だが、
ここでは、
それは始まりでしかない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
背徳のミラールージュ(母と子 それぞれが年の差恋愛にのめり込んでいく鏡写し)
MisakiNonagase
恋愛
24歳の市役所職員・中村洋平には、自慢の恋人がいた。2歳年上の小学校教師、夏海。誰もが羨む「正解」の幸せの中にいたはずだった。
しかし、50歳になる母・美鈴が21歳の青年・翔吾と恋に落ちたとき、歯車は狂い出す。
母の恋路を「不潔だ」と蔑んでいた洋平だったが、気づけば自分もまた、抗えない引力に引き寄せられていた。
その相手は、母の恋人の母親であり、二回りも年上の柳田悦子。
純愛か、背徳か。4年付き合った恋人を捨ててまで、なぜ僕は「彼女」を求めてしまうのか。
交差する二組の親子。歪な四角関係の果てに、彼らが見つける愛の形とは――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密
まさき
青春
俺は今、東大院生の実験対象になっている。
ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。
「家庭教師です。住まわせてください」
突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。
桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。
偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。
咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。
距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。
「データじゃなくて、私がそう思っています」
嘘をついているような顔じゃなかった。
偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。
不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる