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第八章
第六部 外側から見る事故
しおりを挟む事故現場は、
昼間だった。
住宅街の交差点。
人通りも、
車も多い。
誰が見ても、
「ありふれた事故」。
天川は、
立ち止まった。
警察車両は、
すでにいない。
規制線も、
剥がされている。
現場は、
もう“片付いている”。
「ここです」
後藤理沙が言う。
手帳を持ち、
周囲を見回している。
探偵らしい動きだ。
「死亡者は、
男性、四十代」
「自転車で交差点に進入」
「信号無視の
軽トラックと衝突」
「……事故死」
天川は、
何も言わず、
一歩、踏み出した。
――視えた。
だが、
今までと違う。
警察のときは、
“残ったもの”しか
見えなかった。
今は――
流れが見える。
事故に至るまでの、
人の選択。
歩調。
視線。
迷い。
交差点に立つ前の、
一瞬の躊躇。
「……」
天川は、
眉をひそめた。
この事故は、
成立しすぎている。
天音玲奈が、
静かに言う。
「警察は、
トラック側だけ見てる」
「被害者は、
“巻き込まれた”扱い」
「でも」
天川が、
言葉を継ぐ。
「被害者は、
ここで止まるはずだった」
理沙が、
振り向く。
「……何?」
天川は、
道路を指した。
「自転車のブレーキ痕」
「普通なら、
ここで止まる」
「なのに、
止まらなかった」
玲奈の指が、
キーボードを叩く。
「……被害者、
直前に電話」
「発信先は、
不明」
天川の視界に、
別の“背景”が重なる。
被害者の耳元。
低い声。
《今、
行け》
「……誘導されてる」
天川は、
断定した。
理沙が、
息を呑む。
「事故じゃない?」
天川は、
首を振った。
「事故の形をした、
選択です」
警察なら、
この言葉は
使えない。
だが――
ここは、探偵だ。
天川は、
初めて理解した。
能力は、
証拠ではない。
方向を示すものだ。
「……面白いね」
ちよばあちゃんの声が、
いつの間にか背後にあった。
「警察は、
“結果”を見る」
「あんたは、
“途中”を見てる」
天川は、
静かに答える。
「……途中を見ないと、
選ばれた理由が
分からない」
玲奈が、
画面を回す。
「この人」
「一週間前、
事故処理データを
個人で集めてる」
「天音の解析と、
同じ軌道」
天川の胸が、
僅かに締め付けられる。
まただ。
また、
選ばれた。
理沙が、
決断する。
「追う」
「表で、
私が動く」
天川は、
一歩、前に出た。
「……僕は、
外側から見ます」
それは、
警察にはない役割。
探偵だからできる位置。
その瞬間。
天川の視界が、
広がった。
事故単体ではない。
事故と事故の“間”。
点が、
線になる。
彼は、
初めて気づく。
自分の能力は、
過去を見る力ではない。
選択の連なりを読む力だ。
「……行けます」
天川が言う。
「次が、
分かります」
玲奈と理沙が、
同時に顔を上げる。
「どこ」
天川は、
空を見た。
雲の流れ。
街の音。
事故が、
まだ生まれていない場所。
「……まだ、
事故になってない所です」
ちよばあちゃんが、
小さく笑った。
「ほらね」
「探偵向きだろ」
天川黎人は、
この瞬間、
理解した。
警察では、
見えなかった。
探偵になったから、
見えるものがある。
事故は、
完成する前に
壊せる。
――その可能性が、
初めて、
手の届くところに来た。
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