事故を起こさせない探偵 ―元刑事・天川の未来視事件録

立花 猛

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第十章

第三部 こちらを見ている

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 最初に異変が出たのは、
 記録だった。

 玲奈が、端末を睨んだまま動かない。

「……消えてる」

 理沙が、顔を上げる。

「何が?」

「全部」

 キーボードを叩く音が、
 やけに大きく響く。

「過去一週間分のログ。
 アクセス履歴。
 照会記録」

 玲奈は、
 ゆっくり振り返った。

「最初から、存在していなかったことになってる」

 空気が、
 一段、冷えた。

 天川は、
 自分の能力を使わなかった。

 使う必要が、
 なかった。

 これは未来ではない。
 現在進行形の介入だ。

「……中枢が、
 本気になった」

 理沙が、
 声を抑えて言う。

「消す、
 ってこと?」

「違う」

 天川は、
 はっきり否定した。

「整理してる」


 その直後だった。

 一階の駄菓子屋で、
 鈴が鳴る。

 カラン、という
 いつもと変わらない音。

 千代子が、
 顔も上げずに言った。

「いらっしゃ――」

 言葉が、止まる。

 店に立っていたのは、
 スーツの男だった。

 年齢不詳。
 表情が、薄い。

 買い物かごを持ち、
 普通に駄菓子を見ている。

 普通すぎる。

「……何か?」

 千代子が、
 静かに問う。

 男は、
 飴玉を一つ手に取り、
 値札を見る。

「安いですね」

 声も、
 普通だった。

 千代子は、
 にやりと笑う。

「情報は高いよ」

 男は、
 一瞬だけ目を細めた。

 それが、
 合図だった。


 二階。

 天川は、
 急に視界が揺らぐのを感じた。

 未来が、
 見えない。

 線が、
 すべて断ち切られている。

「……来てる」

 玲奈が、
 歯を食いしばる。

「遮断じゃない。
 上書き」

 次の瞬間。

 事務所の電話が鳴った。

 理沙が、
 受話器を取る。

「はい――」

 数秒。

 顔色が、
 変わる。

「……はい。
 確かに」

 電話を切る。

 ゆっくり、
 天川を見る。

「“ご挨拶”だそうです」


 一階に降りると、
 男は、もう会計を済ませていた。

 飴玉一つ。

 千代子は、
 釣り銭を渡しながら言う。

「随分、
 遠回しだね」

 男は、
 微笑んだ。

「直接だと、
 事故になる」

 天川の視線が、
 鋭くなる。

「……俺が、
 天川黎人です」

 男は、
 初めて彼を見る。

 その目は、
 感情がなかった。

 だが。

 理解だけは、あった。

「ええ」

「均衡を乱す誤差」

「未然防止の観測者」

 一つ一つ、
 言葉を選ぶように続ける。

「あなたは、
 非常に興味深い」

 天川は、
 一歩前に出た。

「何の用だ」

 男は、
 肩をすくめる。

「確認です」

「何を」

「あなたが、
 どこまで視えているか」

 千代子が、
 割って入る。

「若いのを、
 測ってどうする」

「測るのではない」

 男は、
 首を振った。

「分類です」

 その言葉に、
 空気が張り詰める。

「あなたは、
 排除対象ではない」

 天川の胸が、
 一瞬、静かになる。

 だが、
 次の言葉が続いた。

「――まだ」


 男は、
 店を出る前に、
 一枚の紙を置いた。

 白紙。

 何も書かれていない。

「三日後」

「この街で、
 大きな事故が起きます」

 天川は、
 即座に言った。

「止める」

 男は、
 振り返らなかった。

「止められるなら、
 どうぞ」

「それができたら」

 ドアに手をかけて、
 一言。

「あなたは、
 こちら側です」

 鈴が鳴る。

 男は、
 消えた。


 白紙の上に、
 天川の能力が反応する。

 線が、
 浮かび上がる。

 三日後。

 複数地点。

 同時多発。

 未然防止では、
 救いきれない規模。

 理沙が、
 息を詰める。

「……選別だ」

 玲奈が、
 低く言う。

「止められるか。
 壊れるか」

 天川は、
 紙を握り潰した。

「……違う」

「俺は、
 “どちらか”じゃない」

 視界の奥で、
 未来が、
 うねり始める。

 線が、
 一本にまとまりかけている。

 だが。

 その先にあるのは、
 救済ではない。

 敵の中枢。

 名前を持たない意志。

 事故を、
 正義として使う構造。

 天川黎人は、
 その中心に、
 初めて足を踏み入れようとしていた。
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