事故を起こさせない探偵 ―元刑事・天川の未来視事件録

立花 猛

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第十章

第四部 三日後の設計図

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 三日後。

 その言葉は、
 時間というより、宣告だった。

 事務所の空気は、
 目に見えないほど張り詰めていた。

 玲奈は、
 三つのモニターを同時に見ている。

 交通網。
 防災情報。
 市内の監視カメラログ。

 理沙は、
 机に広げた地図に、赤いペンで印を打ち続けていた。

「……多すぎる」

 声が、かすれている。

「事故候補地点、
 すでに二十七箇所」

 天川は、
 黙って立っていた。

 視界の奥で、
 未来がうねっている。

 以前なら、
 見えすぎて壊れていた。

 今は違う。

 見える。

 だが――
 全部は止められない。

 それが、
 初めて明確になった。

「……これは」

 理沙が、
 天川を見る。

「事故じゃない」

「戦術だ」

 天川が、
 即答する。

「同時多発の“選別”」

 玲奈が、
 モニターから目を離さずに言う。

「止められる事故と、
 止められない事故を、
 わざと混ぜてる」

 天川は、
 頷いた。

「俺の能力を、
 測ってる」

 だが、
 本質はそれだけではない。

「違う」

 天川は、
 低く言った。

「これは――
 俺に選ばせるための設計」

 沈黙。

 理沙の指が、
 止まる。

「……選ばせる?」

「救う場所と、
 見捨てる場所」

 天川は、
 地図を見つめる。

 点と点。

 線。

 交差。

 未来の構造。

「俺が動けば、
 別の場所が壊れる」

「俺が止めれば、
 別の命が消える」

 理沙の顔色が、
 白くなる。

「そんなの……」

「向こうは、
 それを知ってる」

 天川は、
 初めて、
 自分の拳が震えていることに気づいた。

 ***

 その夜。

 天川は、
 一人で屋上にいた。

 空は、
 不自然なほど澄んでいる。

 風が、
 冷たい。

 視界の奥で、
 未来の線が交錯している。

 一本に絞れない。

 ――選択。

 その言葉が、
 胸に刺さる。

「悩んでる?」

 背後から、
 声。

 振り返ると、
 千代子が立っていた。

 いつものように、
 ゆっくり歩いてくる。

「……当たり前でしょう」

 天川は、
 笑わなかった。

「全部、救えません」

 千代子は、
 空を見上げた。

「昔ね」

 ぽつりと、
 言う。

「私も、同じ場所に立ってた」

 天川は、
 何も言わない。

「事故を作る側にいた頃、
 私は“正義”を信じてた」

 風が、
 千代子の髪を揺らす。

「一人を消せば、
 百人が助かる」

「百人を消せば、
 千人が助かる」

 天川は、
 目を閉じた。

「……それが、
 向こうの論理ですか」

「そう」

 千代子は、
 即答した。

「そしてね」

 少しだけ、
 声が低くなる。

「一番、
 残酷なのは」

 天川を見る。

「“選ばされる側”より、
 “選ぶ側”なんだよ」


 三日後の朝。

 街は、
 いつもと変わらない。

 だからこそ、
 恐ろしい。

 天川は、
 交差点に立っていた。

 一つ目の地点。

 視界に、
 崩れる未来。

 トラック。
 歩行者。
 信号の誤作動。

 止められる。

 だが。

 同時に、
 別の場所が見える。

 踏切。
 住宅街。
 バス。

 止められない。

 理沙の声が、
 イヤーピースから聞こえる。

「黎人、
 玲奈が解析した」

「二箇所、
 確実に来る」

 天川は、
 歯を食いしばる。

「どっちだ」

 理沙は、
 一瞬、黙る。

「……選べない」

 天川は、
 初めて理解した。

 これは、
 事故の問題じゃない。

 倫理の問題だ。

 救う命の価値を、
 誰が決めるのか。

 その瞬間。

 視界の奥で、
 線が変わった。

 複数の未来が、
 一本に収束する。

 限界の向こう。

 “正しい線”。

 天川は、
 息を止めた。

「……見えた」

 理沙が、
 叫ぶ。

「何が?」

 天川は、
 ゆっくり言った。

「向こうの狙い」

「事故じゃない」

「俺だ」

 その瞬間。

 交差点の向こうに、
 スーツの男が立っていた。

 群衆の中で、
 一人だけ動かない。

 目が、合う。

 距離は、
 百メートル。

 だが。

 確実に、
 こちらを見ている。

 男は、
 小さく、口を動かした。

 ――選べ。

 その瞬間。

 信号が、変わった。

 未来が、
 崩れ始める。

 天川黎人は、
 動いた。
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