あの子で始まり、私で終わる

ainsel

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「な、なぜ――?」

 呆然とひざまずくその人は、この身体の父親だ。
 剣で心臓を一突きにしたつもりだったが、まだ息がある。少し狙いが外れてしまったようだ。どちらにしろ、床に広がる血の量を考えれば、そう長くもない。
 むしろ、即死ではもったいない。
 そのせいで、手元がぶれたのだろう。
 私の手には家宝だという鈍い光を放つ剣が握られている。その刀身はぬるつく液体にまみれている。
 死に向かうまでの時間、男が抱く感情はどんなものだろう。

「どうしてお父様にこんなひどいことを?!」
「ひどい?」

 不思議そうに首をかしげれば、その隣に寄り添った母親から悲鳴のような声が上がる。
 我が子を虐待した親と、その親を手にかけた子。
 果たして、ひどいのはどちらだろう。

「そういう風に教育してきたのは、あなた方でしょう?」

 今日、私は十六になった。
 この国では成人だ。
 つまり、爵位を継承するに支障がない年齢と言うことだ。

「だから、あなた方には死んでもらいます」
「な、なにをいって……」
「凄惨な過去や身近な者の死で黒魔法はより強力になる、ですよね?」

 返り血を浴びた私が微笑めば、女はヒッとしゃくりあげ腰を抜かしたようだ。
 ブレア家のため、強力な黒魔法使いになるため。
 そのために幼い我が子を虐待するなら、喜んでその我が子の手にかかってくれるだろう。
 そう思ったのに、どうやら違うらしい。

「く、狂ってる!あなたは……お前は異常よ!この悪魔っ!」
「さようなら」

 今度は過たず、心臓を一突き。
 ちょうど時を同じくして二人は息を引き取った。
 折り重なるように地に伏した二つの躯。
 夫婦仲よく死出の旅に出れたのなら、悪くない最期だと思う。

 トラウマが必要なら、子に親殺しをさせればいい。

 親が子を愛すれば愛しただけ、その親を自らの手で殺めればその心は闇に染まる。
 むしろ虐待し続けるよりも、よほど簡単で確実な方法だ。
 そんなことにも気づかないなんて。
 いや、気付いたからこそ子を苛む道を選んだんだろうか。
 今では問うこともできないけれど。

 悪魔?
 では、その悪魔を産み落としたのは誰?

 身の内の魔力が無限に湧き出る感覚。
 類を見ないほどに強力な黒魔法使いが誕生した瞬間だ。
 溢れるほどの魔力で、どんなこともできそうな気がする。

「まずは何をしようか」

 このままブレア家を滅門させてもいい。
 王家との盟約すら破って、反旗を翻してもいい。
 私は自由だ。

「それとも――」

 あの子が欲しかったものを、この手で作ってみるのもいい。
 温かい家族、望まれて生まれる子ども。
 今度は間違えない。
 その子を愛して、愛して、愛しつくして――最期にこの命を捧げよう。きっと、その子は私以上の黒魔法使いになれるはず。

 それこそが、私の、親の務め。

 やっと、あの子のために生きる目標が持てた。
 だから、もう少しだけ生きてみよう。
 あの子のために。
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