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横川ガード下探偵団 結成篇 7 ~あの夏、僕らは名前をつけた~
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第7章「浜田さんの話」
浜田書房に、六人が入ったのは夕方だった。
浜田は今日もカウンターの前で本を読んでいた。六人が入ってきたのを見て、眼鏡の奥の目で全員を見回した。ナツの手に本があるのを見た。それから何も言わなかった。
「ごめんなさい」とナツは言った。「裏口から入って、本を持っていきました。返しに来ました」
浜田は本を受け取った。表紙を一度見て、カウンターの上に置いた。
「怒ってますか」とナツが言った。
「怒ってない」と浜田は言った。「ただ、なぜそんなことをしたか、聞かせてほしい」
ナツが話した。ガード下でミクに話したことと同じことを、今度は浜田に向かって話した。おじいちゃんのことをよく知らなかった。本の中に、おじいちゃんが何を考えていたかが書いてあるかもしれないと思った。待てなくなった。
浜田は聞きながら、カウンターの上に手を置いていた。その手が、話の途中で少し動いた。何かを抑えるような動き方で。
「そうか」と浜田は言った。話が終わった後、少し間を置いて。
「怒らないんですか」とケンジが横から言った。
「怒るわけがない」と浜田は言った。「シンジの孫が、シンジの本を読みたかった。それのどこに怒る理由があるんだ」
「でも、無断で入って——」
「それは良くなかった。でも」浜田は少し考えた。「ナツちゃんの気持ちは、分かる」
全員が浜田を見た。
「シンジのことが、まだ誰かの心に残っている。孫娘が読みたがるような本を書いた人間だということが」浜田は「横川ものがたり」を手に取った。「それが、嬉しかった」
「浜田さん」とケンジが言った。「一つ聞いてもいいですか」
「何だ」
「その本は、どんな話なんですか。岡本シンジさんのことと一緒に、教えてもらえませんか」
浜田は少しの間、ケンジを見た。何かを測るような目で。それからカウンターの椅子を引いて、座り直した。
「長くなるぞ」
「聞きたいです」とケンジは言った。
「俺も」とテツが言った。
全員が頷いた。
「私とシンジが出会ったのは、三十年前のことだ」と浜田は言った。「二人ともまだ二十代で、この横川商店街で働いていた。私は古本屋で修業中で、シンジは商店街の配達の仕事をしていた」
「配達の仕事?」とナツが聞いた。
「荷物を運ぶ仕事だ。自転車で商店街の中をひっきりなしに走っていた。元気な男でね、いつも声が大きかった」
ナツが少し笑った。「おじいちゃんらしい気がする」
「ガード下でよく休憩してた。私も昼休みにそこへ行って、二人でよく話した。シンジは話し好きで、でも一方的に話すんじゃなくて、人の話をよく聞く男だった。私みたいな無口な人間が話しやすかったのは、あいつが聞き上手だったからだな」
「ミクちゃんみたい」とナツが言った。
ミクが「え」と言った。
「シンジはそういう人だったから、商店街の人たちのことをよく見ていた。誰が何を考えてて、誰と誰が仲良くて、どんなことが商店街で起きているか。それを文章に書いたのが、この本だ」
「いつ書いたんですか」とショウタが聞いた。
「三十代の頃かな。商店街を離れる前後に書いたと思う」
「商店街を離れた?」
「シンジは三十代の半ばで横川を出た。奥さんの実家のある土地に移ることになって」浜田は少し視線を落とした。「その前に、この本を持ってきた。『お前に一冊渡す。ガード下でいろいろ話せたのが、良い思い出だから』と言って」
「それから会ってないんですか?」とミクが聞いた。
「手紙は来ていた。しばらくは」浜田は言った。「でも段々と遠くなった。私も引っ越さずにここにいて、商店街の人間たちと同じ顔ばかり見ていた。それで十分だったし、それ以上を求めなかった」
「後悔してますか」とナツが静かに聞いた。
浜田は少しの間、黙った。
「している」と彼は言った。簡単に。「もっと連絡すれば良かった。でもそういうものだと思っていた。離れていくものは、離れていく。引き止めるのは格好悪い、と」
「格好悪くないのに」とナツが言った。
「そうかな」
「少なくとも私は、おじいちゃんに手紙を書けば良かったと後悔してる。格好悪くても、何でも」
浜田は眼鏡を外して、目を閉じた。少しの間そのままでいた。それから眼鏡をかけ直した。
「シンジの孫が言うなら」と彼は言った。「そうかもしれないな」
「この本、読んでいいですか」とナツが言った。「ここで。持ち帰らないから」
「読め」と浜田は言った。「他の子も読みたければ読んでいい。シンジが喜ぶだろう」
「ありがとうございます」
ナツが椅子に座り、「横川ものがたり」を開いた。
他の四人は、本棚を見たり、カウンターの前に座ったり、思い思いの場所にいた。静かな古本屋の午後だった。
ケンジは棚の本を一冊抜いて、パラパラとめくった。内容は読んでいなかった。頭の中で、浜田の話を繰り返していた。
三十年前に、ガード下で二人の男が話していた。一人は今も横川にいて、古本屋をやっている。もう一人は横川を出て、手紙が途絶えて、亡くなった。
残されたのは、一冊の本。
ケンジは本棚の間から、ナツが本を読んでいるのを見た。ナツは真剣な顔をして、ページをめくっていた。
大事なものというのは、時間が経ってからじゃないと分からないことがある。
ケンジはそんなことを思いながら、まだ誰にも謝れていない田村のことを、また少し考えた。
つづく
浜田書房に、六人が入ったのは夕方だった。
浜田は今日もカウンターの前で本を読んでいた。六人が入ってきたのを見て、眼鏡の奥の目で全員を見回した。ナツの手に本があるのを見た。それから何も言わなかった。
「ごめんなさい」とナツは言った。「裏口から入って、本を持っていきました。返しに来ました」
浜田は本を受け取った。表紙を一度見て、カウンターの上に置いた。
「怒ってますか」とナツが言った。
「怒ってない」と浜田は言った。「ただ、なぜそんなことをしたか、聞かせてほしい」
ナツが話した。ガード下でミクに話したことと同じことを、今度は浜田に向かって話した。おじいちゃんのことをよく知らなかった。本の中に、おじいちゃんが何を考えていたかが書いてあるかもしれないと思った。待てなくなった。
浜田は聞きながら、カウンターの上に手を置いていた。その手が、話の途中で少し動いた。何かを抑えるような動き方で。
「そうか」と浜田は言った。話が終わった後、少し間を置いて。
「怒らないんですか」とケンジが横から言った。
「怒るわけがない」と浜田は言った。「シンジの孫が、シンジの本を読みたかった。それのどこに怒る理由があるんだ」
「でも、無断で入って——」
「それは良くなかった。でも」浜田は少し考えた。「ナツちゃんの気持ちは、分かる」
全員が浜田を見た。
「シンジのことが、まだ誰かの心に残っている。孫娘が読みたがるような本を書いた人間だということが」浜田は「横川ものがたり」を手に取った。「それが、嬉しかった」
「浜田さん」とケンジが言った。「一つ聞いてもいいですか」
「何だ」
「その本は、どんな話なんですか。岡本シンジさんのことと一緒に、教えてもらえませんか」
浜田は少しの間、ケンジを見た。何かを測るような目で。それからカウンターの椅子を引いて、座り直した。
「長くなるぞ」
「聞きたいです」とケンジは言った。
「俺も」とテツが言った。
全員が頷いた。
「私とシンジが出会ったのは、三十年前のことだ」と浜田は言った。「二人ともまだ二十代で、この横川商店街で働いていた。私は古本屋で修業中で、シンジは商店街の配達の仕事をしていた」
「配達の仕事?」とナツが聞いた。
「荷物を運ぶ仕事だ。自転車で商店街の中をひっきりなしに走っていた。元気な男でね、いつも声が大きかった」
ナツが少し笑った。「おじいちゃんらしい気がする」
「ガード下でよく休憩してた。私も昼休みにそこへ行って、二人でよく話した。シンジは話し好きで、でも一方的に話すんじゃなくて、人の話をよく聞く男だった。私みたいな無口な人間が話しやすかったのは、あいつが聞き上手だったからだな」
「ミクちゃんみたい」とナツが言った。
ミクが「え」と言った。
「シンジはそういう人だったから、商店街の人たちのことをよく見ていた。誰が何を考えてて、誰と誰が仲良くて、どんなことが商店街で起きているか。それを文章に書いたのが、この本だ」
「いつ書いたんですか」とショウタが聞いた。
「三十代の頃かな。商店街を離れる前後に書いたと思う」
「商店街を離れた?」
「シンジは三十代の半ばで横川を出た。奥さんの実家のある土地に移ることになって」浜田は少し視線を落とした。「その前に、この本を持ってきた。『お前に一冊渡す。ガード下でいろいろ話せたのが、良い思い出だから』と言って」
「それから会ってないんですか?」とミクが聞いた。
「手紙は来ていた。しばらくは」浜田は言った。「でも段々と遠くなった。私も引っ越さずにここにいて、商店街の人間たちと同じ顔ばかり見ていた。それで十分だったし、それ以上を求めなかった」
「後悔してますか」とナツが静かに聞いた。
浜田は少しの間、黙った。
「している」と彼は言った。簡単に。「もっと連絡すれば良かった。でもそういうものだと思っていた。離れていくものは、離れていく。引き止めるのは格好悪い、と」
「格好悪くないのに」とナツが言った。
「そうかな」
「少なくとも私は、おじいちゃんに手紙を書けば良かったと後悔してる。格好悪くても、何でも」
浜田は眼鏡を外して、目を閉じた。少しの間そのままでいた。それから眼鏡をかけ直した。
「シンジの孫が言うなら」と彼は言った。「そうかもしれないな」
「この本、読んでいいですか」とナツが言った。「ここで。持ち帰らないから」
「読め」と浜田は言った。「他の子も読みたければ読んでいい。シンジが喜ぶだろう」
「ありがとうございます」
ナツが椅子に座り、「横川ものがたり」を開いた。
他の四人は、本棚を見たり、カウンターの前に座ったり、思い思いの場所にいた。静かな古本屋の午後だった。
ケンジは棚の本を一冊抜いて、パラパラとめくった。内容は読んでいなかった。頭の中で、浜田の話を繰り返していた。
三十年前に、ガード下で二人の男が話していた。一人は今も横川にいて、古本屋をやっている。もう一人は横川を出て、手紙が途絶えて、亡くなった。
残されたのは、一冊の本。
ケンジは本棚の間から、ナツが本を読んでいるのを見た。ナツは真剣な顔をして、ページをめくっていた。
大事なものというのは、時間が経ってからじゃないと分からないことがある。
ケンジはそんなことを思いながら、まだ誰にも謝れていない田村のことを、また少し考えた。
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