校則撤廃。――僕たちは、再び立ち上がるためにルールを壊した。

ユイトモコウスケ

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校則撤廃。――僕たちは、再び立ち上がるためにルールを壊した。第十二章

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​第十二章:横川の地下水脈、父の帰還

​横川の喧騒から離れ、可部線を終点近くまで遡った山間の静寂の中に、その場所はあった。かつて分校だったという木造の建物は、深い緑に飲み込まれそうになりながらも、静かに、そして毅然としてそこに立っていた。九月の終わり、虫の音だけが響く夕暮れ時。佐伯永遠は、阿澄から教えられたその場所の、軋む廊下を歩いていた。
​「……誰だ」
​廊下の奥、古い教室を改装したと思われる部屋から、掠れた声がした。
​永遠は足を止めた。心臓の鼓動が、かつてないほど激しく打ち鳴らされる。ゆっくりと、その部屋の戸を開ける。
​そこには、ランプの灯りの下で、一人の男が古い書類を整理していた。
​「……父さん」
​永遠の呼びかけに、男の手が止まった。ゆっくりと振り返ったその顔には、十年前の面影が、深く刻まれた皺と、白髪の混じった髪の中に確かに残っていた。
​「……永遠か」
​佐伯航は、立ち上がることもなく、ただ一言、そう呟いた。彼の瞳には、驚きよりも、待ち焦がれていたものがようやく訪れたという、深い安堵の色が浮かんでいた。
​父と子は、数時間の沈黙を共有した。語るべきことはあまりにも多く、どこから手をつければいいのか、二人には分からなかった。航は、自分がこの十年間、この場所で何をしてきたかを語り始めた。
​「……私はね、永遠。あの日、誠和学園の不正を暴こうとして失敗し、すべてを失った。……だが、阿澄や、一部の良心的な大人たちが、私のために動いてくれた。……私は、自分の身の安全と引き換えに、学園の理事会が海外に隠した不正資金のフローを監視する役目を引き受けたんだ。……それは、この国の上層部まで根を張る、巨大なシステムの『保険』でもあった」
​「……だから、帰ってこれなかったの?」
​「……ああ。私が戻れば、お前たちにまで危険が及ぶ。……だが、私はずっと、横川の街でお前を見ていた。……運動会の時も、中学の入学式の時も。……お前が、日向君という無二の親友を持ち、そして自らの意志で校則に立ち向かうのを見て、私は確信した。……いつか、お前がその檻を壊し、私のところへ辿り着く日が来ることをな」
​航は、机の引き出しから、一通の古びた書類を取り出した。
​「これが、横川の地下水脈に隠した、本当の『最後の一枚』だ。……地質データの捏造だけではない。……この街全体を、ある特定の企業の私有地にするという、秘密の条約だ。……これさえあれば、学園の跡地にショッピングモールを作る計画も、完全に差し止めることができる。……横川の街は、再びこの街の人々の手に戻るんだ」
​永遠は、父の差し出した書類を受け取った。その紙の重みは、父が耐えてきた十年の歳月の重みそのものだった。
​「……父さん。一緒に行こう。……横川へ。……母さんも、待ってる」
​航は、窓の外の深い闇を見つめた。
​「……私は、もうあの街には戻れない。……私は、影の中で生きることを選んだ人間だ。……だが、永遠。お前は違う。……お前は、この書類を持って、神崎(かんざき)さんのところへ行きなさい。……彼女なら、これを法的に有効な形にできるはずだ」
​「……嫌だ。父さん、一人でこんなところに……」
​「……寂しくはないさ。……私は、この十年間、お前の成長を見守ることで、十分に報われてきた。……永遠、お前は私の誇りだ。……校則撤廃の向こうに、お前が自分自身の言葉を見つけたこと。……それが、私にとっての最大の『勝利』なんだよ」
​永遠は、父の枯れ木のような手を握りしめた。
​翌朝、永遠は父に別れを告げ、山を降りた。
​横川へと戻る列車の中で、永遠は父から託された書類を何度も見返した。
​そこには、誠和学園という小さな世界で起きた出来事が、実はいかにこの国の歪んだシステムの一部であったかが、克明に記されていた。しかし、それ以上に永遠の心を動かしたのは、余白に記された父の走り書きだった。
​『ルールは、人が過ちを犯さないためにあるのではない。ルールは、人が過ちを犯した時に、再び立ち上がるためにあるべきだ。』
​永遠は、横川駅に到着すると、すぐに神崎雅の自宅へと向かった。
​雅は、永遠から渡された書類を読み、息を呑んだ。
​「……佐伯君。これ、信じられないわ。……父だけでなく、県知事や大手ゼネコンの名前まで入ってる。……これを使えば、学園の再建どころか、横川全体の再開発計画を、住民参加型に作り直すことができる」
​「……やってくれるかい、雅さん」
​「ええ。……これが、私の償い。そして、私の新しい『校則』よ」
​雅の瞳には、かつての生徒会長としての自信とは違う、一人の市民としての、力強い覚悟が宿っていた。
​物語は、ついに最終的な決着へと向かう。
​父・航が残した地下水脈の真実が、横川の街を洗い流し、新しい種を蒔くための土壌を作る。
​永遠は、駅前の高架下を歩きながら、ふと足を止めた。
​そこには、かつての自分たちのような、制服を着た別の学校の生徒たちが、笑いながら通り過ぎていく姿があった。
​「……行こうぜ、佐伯」
​幻聴だろうか。
隣で、日向の声が聞こえた気がした。
​永遠は、空を見上げた。
​雲は流れ、風は吹き抜ける。
かつて檻だったこの街は、今、どこまでも広い空の下に開かれていた。

つづく
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