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初めての二人の生活

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月曜日の朝、俺が目を覚ました頃には光希くんはもう居なかった。その代わりに作ってくれた朝ごはんが置いてあった。
光希くんは、俺よりも早くにバイトに出かける。どうにかしてバイトを減らさせる方法はないかと考えたが、光希くんは首を横に振るだけだった。

光希くんと暮らし始めて、二週間ほどが経過した。朝早くに起きて、二人分の朝ごはんと俺の弁当を作ってくれる。夕飯はまかないを食べてくるそうで、俺も夜は外食で済ませていた。

「・・・・・・・」

「部長、何かありました?」

機嫌の悪さが顔に出ていたのだろう、部下が俺に話しかけてくる。
課長と部長では立場は違うが、こいつの入社当初から仲がいい友人だった。

「話を聞いてくれるか?」

「はい、聞きますよ」



昼休み、休憩室で光希くんが作ってくれた弁当を取り出した。初めて弁当を持ってきた時、社員たちがとても驚いていたことを覚えている。
本当に、二十歳だとは思えないほどに光希くんは頑張っていると思う。俺は二十五歳で自分よりも年下ではあるけど尊敬する。

「同居人が、仕事を減らしてくれないんだ」

「それは、どうしてでしょうかね?別にお金に困っていないんでしょう?」

「俺に嫌われて追い出されることがあるかもしれないから、不安だって言われたんだ」

「それは・・・」

友人が考え込む。

「私は光希くんに会ったことはありませんけど、きっと今まで苦労してきたんでしょうね」

「黒猫だからという理由で虐められてきたと聞いた」

「黒猫・・・・、ああ、なるほど」 

友人が、納得したような顔で返事をした。

「お前も、黒猫なだけで差別するのか?」

「そんなことしませんよ!!いや、本当に!ただ、黒猫は世間の風当たりが強いですからね」

「そうなんだよ」

一定数、黒猫というだけで差別するやつは存在する。

「でも本当に可愛くて・・・、心配なんだ」

光希くんは、突然ふらっとどこかへ消えてしまいそうな危うさがある。出会った時と比べれば体調はマシになったらしいが、それでもまだフェロモンは出たことがない。

「その気持ち、言ってみてはどうでしょうか?」

「言う?バイトをやめてくれとは何回も言っているぞ?」

「そうじゃなくて、心配で仕方がないんだと自分の気持ちを全部言ってみてはどうですか?その子だって、部長の事を嫌っているわけではないんでしょう?」

「・・・多分、な」

「多分って、嫌うわけが無いでしょうが。色々と物も買ってくれるし、ご飯も食べさせてくれる相手を嫌う理由なんてないですよね?」

「でも、俺は信用されてないから。だからバイトも減らしてくれないし、俺の言葉も信じてくれない」

「それとこれとは話が別だと思いますよ。部長が嫌いなんじゃなくて、猫人が信用出来ないだけだと思いますけどね」

「・・・・そうか?」

「言わなきゃ伝わらないこともありますよ」

「分かった。相談に乗ってくれてありがとう」

「いえいえ、今度夕食でも奢ってくれたらチャラにしますよ」

「夕食か、俺は光希くんと一緒に食べる方が好きなんだがな」

「惚気ですか!?」

帰ったらもう一度、ちゃんと言ってみようと思った。これで拒否されても、絶対に諦めないつもりだ。



「ただいま」

家に帰る時、毎回光希くんが居ないか確認してしまう。ただ、今日も俺よりも帰りが遅いようだった。仕事終わりに夕食を食べて帰ったのに、それでもまだ俺の方が帰りが遅いことは普通じゃない。
そもそも、光希くんとの出会いは光希くんが体調を崩して倒れていて、それを俺が見つけたところから始まった。それなのにバイトの数も減らさずに前と同じように働いているのは、もっと早くに俺が止めるべきだったと後悔する。

「ただいま」

0時頃に、光希くんが帰ってきた。

「安藤さん、まだ寝ていなかったんですね」

「光希くん、少し話がある」

「わ、分かりました」

リビングのソファに、ちょうど向かい合いように座る。

「安藤さん、俺、出ていった方がいいんですか?」

「は?」

『話がある』と言った直後からソワソワしていたと思ったら、まさかそんなことを考えていたのか。俺の驚いた言葉に、光希くんは困惑しているようだった。

「えっと、やっぱりお金を払った方がいいですよね?安藤さんに頼りきりでごめんなさい。それか、フェロモンの話ですか?まだ出てなくて・・・・、俺頑張るので、頑張って出すので追い出さないでください」

光希くんは、見当違いなことを焦りながら早口で並べた。

「追い出そうなんて思ってない。話というのは、光希くんのバイトの事だ」

「バイト、ですか?でも辞めたくないんです。ごめんなさい」

やっぱりそう言う予想していた。

「正直、光希くんは働きすぎだ。そんなんじゃいつまで経っても健康にはならない」

「それは・・・・」

光希くんの反応を見ると、本当に困っているようだった。

「でも俺、バイトを辞めたくなくて・・・・そうだ、マタタビ酒がありますよね?飲むと、俺でもフェロモンが出るんじゃないですか?」

「それはやめろ!」

それだけはやめて欲しいと思い、つい強い口調で言ってしまった。
俺の声に驚いたのか、光希くんは尻尾の先まで体をビクつかせて驚いたので「すまない」と謝った。
マタタビ酒と言うのは、その名の通りマタタビが入ったお酒だ。少量なら健康にいいものだが、ある程度飲むと体が勝手に発情して、フェロモンを出してしまう。ただ、自分の意志とは関係なく勝手に出てしまうものなので、体にいいフェロモンの出し方とは言えない。今の光希くんがマタタビ酒を飲むことは、まず間違いなく健康に悪いことだろう。

「どうしてそこまでして辞めたくないんだ。辞めなくてもいい、バイトを減らすだけでもいいんだ。なのに、どうして」

俺には光希くんの気持ちがわからなかった。

「不安なんです。俺・・・・働いてないと不安なんです」

ぽつりぽつりと話してくれた。

「安藤さんの家に来てから、とても暮らしやすくなりました。ご飯も食べられるし、お金も心配しなくていいし、夜に寂しいと思うことも無くなりました」

「いいことなんじゃ、ないのか?」

今まで寂しいと感じていたことは、初めて知った。言ってくれれば、幾らでもそばにいたのに・・・・

「俺がなんの努力もしていないのに幸せに暮らせることが、怖いんです」

そう言った光希くんの体は震えていた。今すぐに抱き締めてやりたいが、それと同じくらいに光希くんの言葉の続きが聞きたい。

「いつか捨てられるんじゃないかって、安藤さんに他に大切な人ができるんじゃないかって思うんです。幸せな思いをしたバチが当たって辛い思いをするんじゃないかって思ってしまうんです。だって、おかしいですよ・・・・俺みたいな・・黒猫が・・・こ、こんなっ・・・いい思いをできるなんて・・・・」

「光希くん!!」

我慢ができず、飛び出して抱きしめてしまった。腕の中の細い体は、震えて嗚咽を漏らしていた。

「ごめんなさい、バイトを辞めることが怖いんです」

「光希くん、俺がその分お金をあげるから。だから心配しなくてもいい。大丈夫だ、大丈夫だから」

頭を撫でる。俺に体を預けて抵抗をしない光希くんが愛おしいと思った。

「光希くんが心配なんだ。本当に心配で仕方がないんだよ」

「心配なんて、分からないです、分からないですよ」

「光希くんが大切なんだ」

「わ、分からない、そんなこと言われたことない!だから、分からないです・・・優しくしてもらえる理由が分からない・・・俺、黒猫なんですよ?」

「黒猫なんて関係ない!俺は、光希くんが大切なんだ!!」

「う・・・うぅぅうう"う"・・・・・」

それからしばらく、俺の腕の中で泣き続けた。



「安藤さん、ありがとうございました」

「別に気にしなくていい」

話し合った結果、朝と夜のシフトを減らすことにしたらしい。元々シフトを増やしすぎていたらしいから、バイトを辞める必要は無いみたいだ。
俺としては、正直バイトなんてやめて専業主夫になって欲しい所だが・・・まあ、そんなに急いでも空回りするだけだろう。

「これで夕食も作ることが出来ますね」

「ああ、そうだな・・・・。ただ、光希くんが嫌なら作らなくてもいいんだぞ?一緒に外食で済ませてもいいし」

「俺が作ることは、嫌ですか?安藤さんは俺にご飯を作って欲しいと思ってたんですが、迷惑ですか?」

「そんな訳ない。光希くんのご飯はとっても美味しいし、正直、店のものよりも美味しい」

「それは良かったです」

光希くんがふにゃりと笑った。

「俺、安藤さんの役に立ちたいんです。その・・お金を出してくださってるお礼と言いますか・・・」

「光希くん・・・・ありがとうね」

優しく頭を撫でた。



次の日、朝起きるといい匂いが漂っていた。服を着替えリビングに行くと、ちょうど光希くんがご飯を並べているところだった。

「安藤さん、おはようございます」

紺色の色気の無いエプロンが、やけにとても眩しかった。朝起きて光希くんがいることなんて、初めてのことで軽く感動してしまっていた。

「光希くん」

「はい。・・・えっ」

勢い余ってハグしてしまう。光希くんは戸惑っているようだけど、何も言わずに受け入れてくれた。

「俺に毎日、味噌汁を作ってくれないだろうか?」

「朝ご飯なら毎日作りますよ?」

意味をよく分かっていない表情でそう返される。

「俺の嫁になってくれって意味なんだが」

「!!!   ま、まだ・・・待ってください」

「待てばいいのか?いつかは結婚してくれるのか?」

「ま、待っててください!!\\\」

顔を真っ赤にして照れる光希くんを、本当に可愛いと思った。
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