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それは、何と云うのだろう
しおりを挟む「お、今日は機嫌良さげだな。何かあった?」
学校の教室に入って、席に着いた処で声がかけられた。少し前に、僕が一目惚れしたとか何とか云ってきたヤツだ。
・・・まあ、今となってはそれについて否定する気は無いけど・・・全面的に肯定するには・・・勇気がない。
って何だ。
否定しないのか僕は・・・勇気が無いって何だ?
うん、まあそれはそれとして、良い事が有りまくった。暫く先までの良い事が遣い尽くされたかもしれない程に。
ごとう りな・・・後藤 里奈、里奈さん。
名前を、教えてくれた。あの人の名前が分かったんだ。
昨日は、もしかしたら、もう会えないような、何も無かった事になるかもしれないって、思った。
あの、ふんわりとした笑顔は。優しそうで、柔らかくて・・・何かを割り切った静かな笑みで。
だから、今朝の電車であの人・・・里奈さんを見つけた時は、すごく緊張したし声をかけるのが怖かった。でも、あの人を探す事も、そこに向かう視線も動く脚も、止まるどころか今すぐ少しでも早く・・・みたいな一直線で。
そこに居る、やっと視線を交わす事が出来た、あの人に近づかないなんて事、僕には出来なくなってて。
あの人の隣に着けば、挨拶と間抜けな自己紹介が勝手に口から滑り出して、またスルーされたらこちらを向いてもくれなかったらって、あの人の隣のつり革に掴まる事も出来なくて。
そんな不安と緊張で、変な顔でもしていたのか僕の挨拶がウケたのか・・・”無かった事”にされるなんて感じた、僕の全くの思い違いだったのか。
何かを堪えるように一瞬動きを止めたあの人は、少し云い辛そうに挨拶を返してくれて、僕の名前を呼んでくれて、ふわって笑って、それから。
「私は、後藤 里奈って云います」
名前を教えてくれた。
何で昨日は教えてくれなかったのかとか、僕を見てくれたとか、笑った顔を真っ正面から初めて見たとか、僕の名前を覚えていてくれたとか、頭の中はごちゃごちゃだったけど。とにかく、その名前を呼んでみたくて。
あの人の名前を呼んでみたら、下の名前が口から出てきて。呼んだ後で、彼女が少し苦笑した事で、それに気がついて。いきなり失礼だったかって焦ったけど。
それを何も咎められなくて、里奈さんの隣のつり革にやっと掴まる事が、彼女の隣に居る事が出来たんだ。
そのまま少し何か話をしたんだけど、何を話したのか全く覚えていない・・・僕はどれだけ緊張・・・舞い上がっていたかが、明白だ。
ただ僕が“里奈さん”て、あの人の名前を呼んで。里奈さんが“天宮くん”って僕を呼んでくれた。これだけ覚えていれば、十分だと、思った。
雨ばかり降っていた、あの憂鬱な季節の頃からだったと思う。
いつでも必死に視界の中に捉えながら、下車する後ろ姿を見つめ続けていた。そんな自分自身の行動に、頭の中に気が付かないまま、夏休みを過ごして。夏休み明けに、自分の行動に気付いた時、休み中の焦燥感の理由なのではないかと思い始めて。
それから暫くは、自分の行動を意識して修正を試みたら余計に気になって、どうしても無理だった。
その上、すっきりと整理する為に書き綴った紙を自分でも思っても無い行動をやらかして。
気になって気になって、知りたいと思っていた。同じ電車に乗り合わせるだけの彼女と接点なんて、1つも無かったけど。
僕は知る事が出来たんだ。里奈さんに、名前を知ってもらえたんだ。
すごく嬉しくて満ち足りている・・・なのに、気になって知りたくて、近くに居たいのは、何故だか強くなっていて、“もっともっと”と欲が湧いてくるのが不思議で。
ただただ、明日もあの電車で里奈さんの隣に居られる事を願う僕は。
・・・・一体何を願っているんだろう。
僕の、これは、何と云うのだろうか。
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