グ・チ・り・魔・DEATHからッ!!

kgym

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第一章 MA・DA・O ~マトモに生きないダメ男~

第9話 ホイホイついてくもんじゃないな(確信)

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「はへぇ・・・・・・」
手で提げたサンダルをひっくり返して床に置き、門をくぐった勇氏はそのままべちゃり、と自宅の床にへばりつく。
「まったく、なんだったんだよ次から次へとよぉ・・・・・・」
 見知らぬおっさんにホイホイ付いてくんじゃなかった、とパンパンになった頭ン中で今更後悔してしまう。自己紹介のあとにはアホどもの寮を案内され、そのうえアパートの入り口とこの門を繋げやがったときた。報酬とか言われて渡されたシャツとズボンが恨めしく、床に放って愚痴を零す。
 「・・・・・・これ着て明日から来いってか、あいつら相手に? ・・・・・・マジでか・・・・・」
 フーバルトに説明や案内をされる間も、アホどもの質問攻めは止まらなかった。・・・・・・そんなもん無視すりゃあいい? それが出来たらそうしてる。だが自己紹介の際に彼らの様子を見て勇氏は確信したのだ。無視すれば勝手に解釈され、それが誤解を生みまた大きな面倒の種になると。今でも十分大変なのに、これ以上の厄介はごめんだったのである。
「・・・・・・はぁぁ・・・・・・、身体だっる、おっもぉ・・・・・・」
 腕時計を見れば午後三時。いっそこのまま寝てしまおうかとすら考え、勇氏はひんやりと気持ちいいフローリングに身を委ねる。
「・・・・・・っといかんいかん、このままじゃ無くしかねないな。・・・・・身体に付けときゃ良いって言われたし、とりあえず腕時計に付けとくか・・・・・・」
  ふと思い、勇氏は墓場でフーバルトにもらった指輪をポケットから出す。小さな文字がところ狭しと彫られたそれは、改めて見るとかなりの魔力が込められていた。
 ・・・・・・これ高く売れそうだな、と一瞬思ったが、考えればこんな限定された使い方しかない魔道具たいした値はつかないだろうと首を振り、近くにあった針金でくくるなり視界を眠気に狭まらせていく。
「・・・・・・何か忘れてた気がしなくもないが、まあいいか・・・・・・」
「良くないわよッ!」
「うおぉッ!?」
 耳元でいきなり叫ばれ、勇氏は跳ね起きる。・・・・・・が、疲れた頭を揺らされたせいか足元がふらつき、しりもちをついてしまう。
「・・・・・・ッ、っていきなりひでぇ、・・・っすねぇ! こっちは疲れて・・・・・・んですよ、もうちょっと何とかならんもんですか!?」
 ガンガンするこめかみを抑えつつ、尖る言葉を丁寧に直し勇氏は眼前の少女・・・ヴァネッサに抗議する。かの少女はどうやら手続きを済ませて戻ってきていたらしく、書類を丸めメガホン代わりにしていた。良いのかよそれ大事なやつだろ。まあ知らんけど。
「ふん、別にすることやってくれてたら、こうしてわざわざ声なんてかけるもんですか! で、やったの掃除!?」
「いやぁ、・・・・・・はっはっは、そのですねぇ・・・・・・」
「・・・・・・ッ、まったく、早く来なさいッ!」
 ぼりぼりと頭を掻き、視線をそらす勇氏に、ヴァネッサは文句を言いながらも勇氏の手を引き、階段を下りる。小さくて柔らかいその手をぼーっとした頭で感じ、何とも言えない気持ちになってしまっている勇氏を尻目に、ヴァネッサは茶の間の障子を開け放ち、畳の上に転がる酒瓶やら服やら何やらを丸めた書類で指し始める。
「ほら、これもそれもあれも、全部散らかったままじゃないの! さっきはきれいになってたように見えたけど、元に戻ったら意味が無いじゃない! 片付けくらいちゃんとやりなさいよ!」
「いや、ちょっとマジで今は勘弁してください・・・・・・」
 能力でまた誤魔化すことも出来なくはなかったが、そんな気にもならないくらい勇氏は疲弊していた。ただでさえメンタルが削られているのだ、これ以上負荷をかければ、明日の生活に支障が出るのは明白であった。
「あとからすぐに片付けますんで・・・・・。いやホントに片付けますから30分、30分だけ休ませてくだせぇ・・・・・・それと誰かに蹴られたところがまだ痛いんですよ・・・・・・」
 とっくの昔に収まっている股間の痛みをぐちぐちと嫌味ったらしく訴えつつ、勇氏は畳にスライディングしてもぞもぞとコタツに潜り込む。
 コタツから顔を出し仰向けになり、枕代わりに組んだ手を頭の後ろに回し少女の様子を半目で窺う。・・・・・・申し訳なさもあったのだろうか。ヴァネッサは苦虫を噛み潰したような顔をしており、直後にため息をつきながら、1つの取り引きを提示してきた。
「・・・・・・わかったわ、何かほんとに疲れてるみたいだし。・・・・・・仕方ないわね、まだ試験まで時間あるみたいだから、わたしも半分手伝ってあげる。・・・・・・けど、代わりに教えて頂戴、貴方の能力のこと」
「・・・・・・まだ覚えていらしたんで? “取締”の入界手続きはかなり面倒だったはずですが・・・・・わたくしのような下賎な者に興味を覚える暇があれば、規約の復習でもされたほうがいいのでは?」
「いいから教えて。約束したでしょ?」
「・・・・・・まあ、そこまで言うのでしたら。しかしそう大したものじゃありやせんよ? 単に物体の質量・大きさ・硬度をちょっといじれるだけですし。・・・・・・重く硬く小さくすれば黒くなり、軽く脆く大きくすれば白くなる。もちろん私が物体として認識できるものに限りますから、気体は無理で固体か液体に限りますし、力を解除すると元に戻ります」
「・・・・・・・あっ、だからさっき蹴破ったドアが白く・・・・・・」
「まぁそういうことです。ついでに先ほど私に放たれた殴打と蹴りが空振りしたのも同じ仕組みですね。ヴァネッサ嬢が振りかぶってる間に、服と靴を重くしたんですよ」
 くぁああ、とあくびを噛み殺しながら応える勇氏の言葉に、ヴァネッサは疑問を覚えた。あの時感じた手足の違和は、そんな程度のことで説明できはしない。それに・・・・・・
「・・・・・・仮に重さが増えたとしても止まるのはおかしいわ。物理的にはありえないことだけど、動きっぱなしの物を次第に重くしていっても、いきなりピタリと止まるのは・・・・・・」
「・・・・・・あー、ひとつ言い忘れておりました。わたくし物を弄る際、任意で状態をリセットすることもできるんすよ。・・・・・・もちろんお嬢様の言う通りにも出来ましたが、驚かせた方が面白いかと。これでもエンターテイナーの端くれなんで・・・・・・おっ、ケダマちゃん発見! おいで~、疲れたんだよモフらしちくり~」
 その目の前を太った三毛猫が横切るなり、ちっちっち、と舌を鳴らし、話の途中だと言うのに勇氏は猫を呼び戻そうとする。(ケダマ、とは猫の名前だろうか?)エサの時間かと思ったのか、のっしのっしと猫が近付いてくるなり、獲物を捕らえるカマキリのようにその両腕を伸ばしてガバリと飛びつく。
 「あ~ぬこ、お前こそが俺の癒しだよ~ ってかまじで何でこんなふわっふわなのお前!? あぁあぁああぁ・・・・・・のうみしょとけりゅぅうう・・・・・・」
 寝転ばせた猫の腹に顔をうずめ、人目を気にせず頬ずりをする情けない男。
 あまりに自分勝手でいい加減なその態度と、応用の幅が広いその能力が妬ましくて、片付けながらヴァネッサはイライラしてきた。
「・・・・・・ずるいわそんなの、何でアンタみたいなダメ人間がそんな便利なもの使えんのよ! その力を生かせれば、もっといろんな人の助けになれるじゃない!? 門番なんて○○して○○するだけの仕事でしょ、だっ○らなん○・・・・・・!? って、な○よこ○!?」
 発する言葉が打ち消されている。きっとこれはこの男のせいだろう、とヴァネッサは決め付けてかかる。・・・・・・が、振り返った勇氏の瞳にはうっすらと非難の色が滲んでいて、ヴァネッサは少したじろいだ。
「失礼、そのお言葉あまり聞いていてよろしくないので、カットさせていただきました。・・・・・・確かに我々の業務は門の前に立ち、通る者を案内するだけの仕事です。しかし管理する者がいなくては、不法に入界をする者が絶えず“あちら”は滅びていたでしょう。・・・・・・1人1人の頑張りがあって、こうして世界は回っているのです。お嬢様には立場があるのですから、くれぐれもお言葉にはお気をつけください」
「あ、その、・・・・・・・悪かったわ、ごめんなさい」
「いえいえ、私は気にしていないので全然構いませんし、正直先程受け取った魔道具の効能を知りたかったので」
「いいえ、さっきのはわたしの失言だったわ。正してくれてありがとう」
 そういってヴァネッサは頭を下げる。その真摯な態度に、勇氏はほう、と目を細めた。なかなか殊勝な心がけである。良きかな良きかな。
「・・・・・・礼を言われるほどのことでもございません。ちなみに言っておきますと、大概の手続きや案内はすべてあちらで行われますから、僕の仕事は半ば給料泥棒みたいなものです。こうしてお嬢様みたいに杖を持ち込まれる方しか、手続きはこちらで受けられませんからね」
「・・・・・・前言撤回、やっぱりアンタここにいる意味ないじゃない・・・・・・ あーもういいわ、さっさと行くわよ」
 部屋の半分どころかほぼ全部片付けたヴァネッサは、むんずと猫の両足を掴み、引きずって勇氏から引き剥がす。モフラーの魔の手から開放されたケダマはチャンスとばかりに、シュタッと茶の間を飛び出していく。
「あーにゃんこぉ、行かないでぇ・・・・・・ ・・・・・・んで、行くってどこへです、もう日が暮れてますが」
「だからいいんじゃないの。お父様があんたをわたしにつけるようにって言ったんだから、ちゃんとついてきなさい」
「いやだからどこへです?」
猫に続いて部屋を出ようとするヴァネッサに、コタツからのそりと這い出て問う勇氏。ヴァネッサはその強い意思をたたえる瞳を一層光らせ、得意げに腰に手を当て答えた。
「決まってるじゃない、張り込みよ」
 
  
 “無闇な張り込みは敵方に気付かれる恐れがあるため、ターゲットの活動が活発になる夕暮れ以降に行うこと。場所は東京都港区の海際、・・・・・・の倉庫であると思われる”
 “近日、急速に規模を拡大しつつあるブローカー集団『トランプ』に動きがあるとの情報を入手している。よってこれらによって行われる取り引きを阻止し、対象物品の確保、もしくはターゲットの捕縛を行うこと。以上が本試験の要項である”
 ざりっざりっとぶ厚いサンダルの擦過音を撒き散らし、歩く勇氏は持たされた書類から顔を上げ、この蒸し暑いコンクリートジャングルをスタスタと前を歩くその小さな背中に問いかける。
 ・・・・・・大都会東京といえども、通りから少し外れれば人の多さはがくんと減る。電車に乗って街中へとやってきた勇氏たちは、大通りを一つ外れた横道を歩いていた。
「・・・・・しっかし、これまたいい加減な内容なことで。最近の試験はこんなのばっかりなんで?」
「知らないわよ、こんな試験いままであったなんて聞いたことないんだから」
 時刻はもうすぐ夕暮れ。少しずつ大きくなり、道路を覆っていくビルの影を浴びているため昼ほど暑くはないが、生暖かいビル風が肌にまとわりついて気持ち悪いったらありゃあしない。
 なんでこんな付き添いなんてせにゃいかんのだとは思うが、サボれば師匠への告げ口が怖い。・・・・・・沈黙は好きな方だが、気まずい沈黙は御免被る。暑さに募る不満をごまかし、涼しいクーラーへ思いを馳せながら、勇氏は次なる話題を作り始める。
「そうでしたか、でしたら・・・・・・」 
「・・・・・・でも、わたしも大分無茶言っちゃったし、ね。これくらいしないとこんなの認めてもらえないわよ・・・・・・・」
 しかし、ヴァネッサがふと零したその言葉に、勇氏のイラつきは立ち消えた。沈むその語気に、自分の嫌いな「理不尽」の気配を感じ取ったからであった。 
「・・・・・・失礼、認められないって何です? それにわざわざ一国のオヒメサマの立場で、わざわざこんな危なっかしいことをしようと思われた、その動機もご教示頂きたいですね」
 気になったら聞くまでのこと。しかしヴァネッサは答えたくないようで、歩くスピードを少し速めた。
「・・・・・・気にしないで、ひとりごとよ。そんなのわざわざあなたに教える道理がないわ」
「あらららテキビシィー! 僕はお嬢様に能力を問われて、先ほど教えて差し上げたのですけどねぇ・・・・・・、あ、返しますこれ」
  読み終わった書類を差し出すと、ヴァネッサは振り返ることなく後ろ手で受け取る。・・・・・・さっきからずっとこの調子である。家を出てからというものの、任務任務と意気込んで時が惜しいとばかりに進んでいく。
 ・・・・・・それにしても張り切っちゃって、こんな仕事の何が楽しいのかね。
 勇氏は醒めた目で、夢に向かって進む少女の背中を追う。
 “取締”にあこがれる者は多い。給料・名声・地位の三つが確約される職なんてそうそうないのだ、当然だろう。・・・・・・しかし眼前にいるのは“あっち”の国のお姫様。庶民が憧れるものは全部揃ってるはずなのだ。
 (・・・・・・わからねえな。まあ本人に聞いた方がてっとり早い、か・・・・・・)
 こんな事は考えても推測の域を出ない。よって勇氏は前方に周り込んで話を続けることにした。
「まぁまぁまぁそう言わずに! こうして付き添いしているのですから良いではないですか! ほんのちょっと、さきっちょだけでいいですから! ね!?」
「・・・・・・しつこいわね。それに、さっきの事なら、ちゃんと取引して部屋片付けたげたじゃない、半分どころかほぼ全部やってあげたわよ」
「あれは僕の傷ついたジョニーの分です、こうしてる間もまだ痛いんですよ! ・・・・・・・あー、叫んでるとまた痛みが・・・・・・いてて・・・・・・」
「あっそう、じゃあもういいわ。道もそんな細かくなかったし、お父様には体調不良になったって言ってあげるから先に帰ってて」
 呻きながら立ち止まりわざとらしくうずくまる勇氏を、ヴァネッサは付き合いきれない、と大通りへと足を進める。
「お嬢様!? そんなひどい! わたくしめはどうすればよいのですか!? おじょうさまぁーっ、置いていかないでくださいませぇ!?」
 しかしこの男恥を知らないのだろうか、躊躇なく道端で騒ぎ立てる。・・・・・・必然的に集まる周囲の視線。注目されては面倒なので、ヴァネッサはため息と共にくるりと踵を返しその手を引いた。
「ああもう、仕方ないわね! 話してあげるから早く来なさい!」
「おお! 本当ですか!?」
「ええ、教えたげるわよ! あんたが教えてくれたから、わたしもわたしの能力をね! ちゃんと聞きなさいよ、わたしの能力はッ・・・・・・」
「あ、それに興味はないので大丈夫です。・・・・・・ん、なになに? 暑くてここじゃ話す気にならない? わかりました、そこにちょうど涼しそうな百均があるので入りましょう!」
「え、ちょっとッ!?」
 引かれた手を引き返し、勇氏はそのままヴァネッサを店へと引っ張っていく。・・・・・・最初は背中をのけぞらせて思いっきり反発していたヴァネッサだったが、店に入るなり観念したのか、自分の手をぶんぶん払って振りほどく。
「あー涼しい、生き返りますねぇ。・・・・・・さて、折角来たのですしなにか買われませんか、お嬢様?」
「・・・・・・まったく、ほんとにどうすんのよ、いまから張り込みだってのにっ!」
「まあまあそう言わずに。・・・・・・それに、張り込みだからですよ。まさか何も持たずに、こそこそ現場を覗き見るつもりだったんです?」
「・・・・・・え? 何か準備することあるの?」
 きょとん、とした目で首を傾げるヴァネッサ。そのあまりな無計画さに、勇氏はがっくりとうなだれて答えた。
「・・・・・・はぁ、まさか物陰から覗こうとされてたんですか? ・・・・・・まず視線を誤魔化すために鏡の2、3枚は最低要りますよね。出入り口が複数あるなら、小型カメラを複数台・・・・・まあすぐには用意できませんし高いし監視が面倒なので、古典的に釣り糸と小さな鈴、押しピンと瞬間接着剤でなんとかしますか。夏なら水分補給は欠かせないので当然ポカリ系飲料、それに手軽に食べれて栄養価が高いクッキー一箱。・・・・・・百均は素晴らしい、大概のものが手に入ります。ああ、お嬢様も何かありましたらカゴに入れてください。まあ大事な“任務”とやらの必要経費ですから、わたくし個人の財布からは一切出せませんが」
 言うが早いか顔を上げ、いつの間にか取って来た買い物カゴ片手に、早足で次々と言ったものをカゴの中に入れていく勇氏。先ほどのタラタラとした歩き方とは打って変わったその動きに、ヴァネッサは驚きにその身を固める。
「ああ、欲しいものは探すより手の空いてる店員見つけて聞いたほうが早いですよ? ・・・・・・ってかなにもないんでしたら、さっきの話教えてくださいな。こうして付き添いするのですからそれくらい良いじゃないですか」
「いや、だから嫌だけど・・・・・・でも・・・・・・・」
「でも、なんでしょう?」
「食事だったらコンビニの牛乳とあんぱんに限る、それ以外は必要ないって講習で・・・・・・ほら、ここに・・・・・・」
「・・・・・・はぁ。誤魔化さないで教えてくださいよ・・・・・・・って、なんですかこれ・・・・・・こんなもん真に受けてたらだめですよ。ハイ没収没収」
 ヴァネッサが取り出し見せ付けたメモ帳を、勇氏はそのまましれっとポケットに仕舞う。
「あー、ちょっとなにすんのよ!?」 
「それはこっちのセリフですよ、こんなもん真に受けてたら仕事が出来るわけないでしょう!?。それともブローカーの顔面にアンパンスパーキングするつもりですか、山崎冬のパン祭りとでもしゃれ込むつもりですか、今夏なのに! コンビニ寄ってる間に取り引き終わったらどうすんです!? あいつらだって馬鹿じゃない、五分ありゃ受け渡しも終わります! ・・・・・・まったく、マニュアルに書いてあることしかできないようじゃ話になりませんよ、遊びじゃないんですから」
「んなっ・・・・・・あ、遊び、遊びですって!?」
 余計な一言、言っちゃった。しまったと思った時にはもう遅く、ヴァネッサは杖を取り出し勇氏に向けていた。公衆の面前で魔法使うな、と咎めようとして気付く。まずい、そういえばこいつの魔法詠唱不要でエフェクトもないじゃん。
「今のは聞き捨てならないわ、取り消しなさい! さもないとッ・・・・・・・」 
「はい、取り消させていただきますッ! ・・・・・・だからほら、ね、そんな物騒なものは仕舞っちゃってくださいよ、ねッ?」
 刺激しないようゆっくりと買い物カゴを床に置いて、勇氏は手を揉みながらじりじりと後退する。しかしヴァネッサ様のお怒りは静まらないようで、自分との距離を詰めてくる。ヤダ怖い。
「・・・・・・ッ、そのふざけた様子だと、謝る気はないみたいね・・・・・・ いいわよ、だったらッ・・・・・・」
「そんなふざけてませんってッ!? 頭下げれば良いんですか、でしたらほら、このとーりっ! ・・・・・・そうだ、お嬢様のお仕事は張り込みだけでしたよね!? 突入するのは僕の役割ですから、ここで痛めつけるとスペック下がって取り逃がしちゃうかもですよ!? だから待って待って、お願い、蹴らないでッ!」
 恥も減ったくれもなく謝り倒す勇氏に呆れ、ヴァネッサは深呼吸と共に怒りを静め、杖を収めた。
「・・・・・・それもそうね。突入するのわたしだし、いまこんなことに無駄な力使っちゃだめだわ・・・・・・」
「いやぁああお婿にいけなくなっちゃうッ! ・・・・・・って、はい? お嬢様、いまなんとおっしゃいました?」
 床に置かれた買い物カゴを引っつかみ、レジへと並ぶヴァネッサ。その言葉が信じられず、勇氏は思わず問い返してしまう。
「何度も言わせないで。張り込むのもわたしだし、突入するのもわ・た・し。・・・・・・さっきは色々教えてくれてありがとう。でも今回の試験は一人作業。あなたは本当に、ただの付き添いでしかないの」
 ピッ、ピッ、ピッ。店員が商品を数え、バーコードを読み取る。小声で話すヴァネッサは、店の出口を見据えたまま振り返りもしない。いやマグロかお前は。止まれば死ぬってのかおい。
「お会計、2160円になります」
「・・・・・・そういえばわたし、お金持ってなかったわ」 
と、思えば。思えば、だ。値段を聞くなりヴァネッサはすさりと後退し、自分の後ろに回って、こんな事を言いやがるのであった。
「・・・・・・ねえ。さっきの謝罪だけど、わたし誠意がないって言ったわよね?」
 背中越しに伝わる堅くて細い感触、どうやら杖を突きつけられているらしい。要は出すもん出せや、というわけである。
 真面目そうなツラして、やることはヤのつく自由業かよ。とんだお転婆娘を任されたもんだとため息をついて、勇氏は腰のベルトにくくりつけた小銭入れを開けたのであった。
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