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第六章
第二百四十五話 訪問、狐の里
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アクロシア大陸で神鳥と崇められている天烏が、カリオンドル皇国の端の空を行く。その背には二匹の黄金狐、フォルティシモとアルティマが乗っていた。
向かう場所は他でもない。キュウの故郷、狐人族の里だ。フォルティシモは橙狐と緑狐の二人から、狐人族の里がある大まかな場所を聞いておいた。
二人が奴隷となった時に記憶を消されているのであれば、無理してキュウの過去を聞き出す必要もない。直接狐人族の里へ行けば良い。
ついでに諸悪の根源らしき里長の顔を見てやろうと思う。
もちろん狐人族の里で最強のフォルティシモが暴れ回ろうなんてつもりは毛頭無い。今も何も問題なく狐人族たちが暮らしているのであれば、それで良い。
その平穏はキュウの犠牲の上に成り立っていると文句を言ってやりたいけれど、キュウの故郷が平穏であるならば、それはそれでフォルティシモから干渉するつもりはない。今の所は。
まあ実際のところ、もしも里長がキュウを奴隷として売らなかったら、フォルティシモとキュウの出会いはなかった。そもそもキュウを奴隷として“買った”フォルティシモに、“売った”里長を糾弾する資格があるのかどうかは何とも言えない。
「アル、そろそろ着く。手前の山で降りて、あとは走るぞ」
「承知なのじゃ!」
フォルティシモは情報ウィンドウのマップを確認しながらアルティマに伝えた。
アルティマの能力は言うまでもない。ステータスだけであれば他の従者の追随を許さず、ほとんどのプレイヤーさえも上回る、ファーアースオンラインの全従者の中でも強い力を持っている。だからフォルティシモの移動にも余裕で付いてこられる。
「設定は覚えているな?」
「うむ。行商人の兄妹で、妾が主殿の妹なのじゃ!」
拳を振り上げてやる気満々のアルティマには申し訳ないが、心配になってきた。しかしフォルティシモも人のことを言えるほど演技が得意ではないので、目を瞑ることにする。
天烏を収納し、地面に着地すると、フォルティシモとアルティマは勢いよく山中を走り抜けた。人の住んでいない山の中ではモンスターに襲われたものの、フィールドに出現するモンスターがフォルティシモの行く手を遮れるはずがない。
かくしてフォルティシモは狐人族の里を見つけた。
「着いたのじゃ」
「ああ、着いたな。たしかに、着いたが」
フォルティシモは足を止めて狐人族の里全体を呆然と眺める。
山を越えた先にある狐人族の里、合掌造りの家屋が建ち並ぶ様は、リアルワールドの世界遺産を思わせる緑の田畑に茅葺きの屋根が映える光景だった。手入れされていれば世界的観光地になったその場所も、今や家屋も田畑も荒れ放題、植物は所構わず伸びていて、人の住んでいる気配がない。
「誰も、住んでいないのかの」
「そんなはずない、だろ」
この狐人族の里はキュウを奴隷として売ったことで飢饉を乗り越え、今でも平穏な生活をしているはずだ。していなければ、キュウは何のために奴隷となったのか。
フォルティシモはアルティマを伴って狐人族の里へ入る。里は静かで、風が木々を揺らす音しかしなかった。
「この田んぼ、酷い荒れようなのじゃ。これでは何を育ててたのか分からないのじゃ」
「異世界では人が住まなくなった土地は魔物に奪われるそうなのじゃが、ここにモンスターはいないのじゃ」
「しかし静かなのじゃ。獣や虫の声さえしないのは、少々おかしい気がするのじゃ」
しばらくアルティマの感想をBGMにしながら里を歩き回るが、どこにも人影はない。この人影というのは、人の死体なんかもないという意味で、少なくとも里で大虐殺があった訳ではない。家屋も老朽化で崩れているものはあるけれど、大きな力で壊されたものもない。
この狐人族の里は、ここに住む者たちの意思によって廃棄された。
里を一周し、アルティマがくるりと身体を回転させてフォルティシモへ向き直る。
「主殿、どうするのじゃ? 誰もいないみたいなのじゃ」
「………キュウに、何て言ったら良いと思う?」
フォルティシモの思考は、キュウへ故郷の里が既に廃棄されたと伝えた時、キュウがどんなに傷付くかという点に集約された。
キュウは故郷の里が存続するため、奴隷として売られたのだ。里のため、家族のため、己の尊厳が売られた。それなのに故郷の里が既に廃棄され、狐人族が誰も住んでいないと知ったら、どんな痛みを感じるだろうか。
「キュウは故郷のことは割り切っていると思うのじゃ」
「そうか? 俺だったら相当気にするぞ」
フォルティシモはもう一度狐人族の里を見回す。
フォルティシモと出会う前のキュウの話を聞こうと思っただけなのに、こんな事実が出て来るとは思わなかった。
正直に言うと気が重いけれど、狐人族の里が廃棄されていたことをキュウに伝えなければならないだろう。こんな事実を隠していたらキュウとの信頼関係にヒビが入りかねない。
その後も、せめて何か残っていないかと勝手に空き家へ上がり込み、家の中まで調べてみた。
リアルワールドであれば住居侵入罪か建造物侵入罪になりそうな行為だが、古来より異世界の勇者たちが続けて来た伝統ある行動である。
屋内ではインベントリ無しでは運ぶのに苦労しそうな家具以外、ほとんど何も残されていなかった。家財が持ち出されている点から、里の住人たちが今もどこかで暮らしているだろうと想像できる。
何件か調べてみても収穫はなく、そのまま天烏を召喚して狐人族の里を後にする。
フォルティシモは諦めきれず、周囲の山を天烏に旋回させた。そして広範囲に【解析】を撃ち込んで、どこかに狐人族が移り住んだ場所はないか探してみたが、彼らの新しい住処が見つかることはなかった。
向かう場所は他でもない。キュウの故郷、狐人族の里だ。フォルティシモは橙狐と緑狐の二人から、狐人族の里がある大まかな場所を聞いておいた。
二人が奴隷となった時に記憶を消されているのであれば、無理してキュウの過去を聞き出す必要もない。直接狐人族の里へ行けば良い。
ついでに諸悪の根源らしき里長の顔を見てやろうと思う。
もちろん狐人族の里で最強のフォルティシモが暴れ回ろうなんてつもりは毛頭無い。今も何も問題なく狐人族たちが暮らしているのであれば、それで良い。
その平穏はキュウの犠牲の上に成り立っていると文句を言ってやりたいけれど、キュウの故郷が平穏であるならば、それはそれでフォルティシモから干渉するつもりはない。今の所は。
まあ実際のところ、もしも里長がキュウを奴隷として売らなかったら、フォルティシモとキュウの出会いはなかった。そもそもキュウを奴隷として“買った”フォルティシモに、“売った”里長を糾弾する資格があるのかどうかは何とも言えない。
「アル、そろそろ着く。手前の山で降りて、あとは走るぞ」
「承知なのじゃ!」
フォルティシモは情報ウィンドウのマップを確認しながらアルティマに伝えた。
アルティマの能力は言うまでもない。ステータスだけであれば他の従者の追随を許さず、ほとんどのプレイヤーさえも上回る、ファーアースオンラインの全従者の中でも強い力を持っている。だからフォルティシモの移動にも余裕で付いてこられる。
「設定は覚えているな?」
「うむ。行商人の兄妹で、妾が主殿の妹なのじゃ!」
拳を振り上げてやる気満々のアルティマには申し訳ないが、心配になってきた。しかしフォルティシモも人のことを言えるほど演技が得意ではないので、目を瞑ることにする。
天烏を収納し、地面に着地すると、フォルティシモとアルティマは勢いよく山中を走り抜けた。人の住んでいない山の中ではモンスターに襲われたものの、フィールドに出現するモンスターがフォルティシモの行く手を遮れるはずがない。
かくしてフォルティシモは狐人族の里を見つけた。
「着いたのじゃ」
「ああ、着いたな。たしかに、着いたが」
フォルティシモは足を止めて狐人族の里全体を呆然と眺める。
山を越えた先にある狐人族の里、合掌造りの家屋が建ち並ぶ様は、リアルワールドの世界遺産を思わせる緑の田畑に茅葺きの屋根が映える光景だった。手入れされていれば世界的観光地になったその場所も、今や家屋も田畑も荒れ放題、植物は所構わず伸びていて、人の住んでいる気配がない。
「誰も、住んでいないのかの」
「そんなはずない、だろ」
この狐人族の里はキュウを奴隷として売ったことで飢饉を乗り越え、今でも平穏な生活をしているはずだ。していなければ、キュウは何のために奴隷となったのか。
フォルティシモはアルティマを伴って狐人族の里へ入る。里は静かで、風が木々を揺らす音しかしなかった。
「この田んぼ、酷い荒れようなのじゃ。これでは何を育ててたのか分からないのじゃ」
「異世界では人が住まなくなった土地は魔物に奪われるそうなのじゃが、ここにモンスターはいないのじゃ」
「しかし静かなのじゃ。獣や虫の声さえしないのは、少々おかしい気がするのじゃ」
しばらくアルティマの感想をBGMにしながら里を歩き回るが、どこにも人影はない。この人影というのは、人の死体なんかもないという意味で、少なくとも里で大虐殺があった訳ではない。家屋も老朽化で崩れているものはあるけれど、大きな力で壊されたものもない。
この狐人族の里は、ここに住む者たちの意思によって廃棄された。
里を一周し、アルティマがくるりと身体を回転させてフォルティシモへ向き直る。
「主殿、どうするのじゃ? 誰もいないみたいなのじゃ」
「………キュウに、何て言ったら良いと思う?」
フォルティシモの思考は、キュウへ故郷の里が既に廃棄されたと伝えた時、キュウがどんなに傷付くかという点に集約された。
キュウは故郷の里が存続するため、奴隷として売られたのだ。里のため、家族のため、己の尊厳が売られた。それなのに故郷の里が既に廃棄され、狐人族が誰も住んでいないと知ったら、どんな痛みを感じるだろうか。
「キュウは故郷のことは割り切っていると思うのじゃ」
「そうか? 俺だったら相当気にするぞ」
フォルティシモはもう一度狐人族の里を見回す。
フォルティシモと出会う前のキュウの話を聞こうと思っただけなのに、こんな事実が出て来るとは思わなかった。
正直に言うと気が重いけれど、狐人族の里が廃棄されていたことをキュウに伝えなければならないだろう。こんな事実を隠していたらキュウとの信頼関係にヒビが入りかねない。
その後も、せめて何か残っていないかと勝手に空き家へ上がり込み、家の中まで調べてみた。
リアルワールドであれば住居侵入罪か建造物侵入罪になりそうな行為だが、古来より異世界の勇者たちが続けて来た伝統ある行動である。
屋内ではインベントリ無しでは運ぶのに苦労しそうな家具以外、ほとんど何も残されていなかった。家財が持ち出されている点から、里の住人たちが今もどこかで暮らしているだろうと想像できる。
何件か調べてみても収穫はなく、そのまま天烏を召喚して狐人族の里を後にする。
フォルティシモは諦めきれず、周囲の山を天烏に旋回させた。そして広範囲に【解析】を撃ち込んで、どこかに狐人族が移り住んだ場所はないか探してみたが、彼らの新しい住処が見つかることはなかった。
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