廃課金最強厨が挑む神々の遊戯

葉簀絵 河馬

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第六章

第二百四十六話 キュウの望郷

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 キュウは起床すると主人を起こさないように部屋を出て、台所へ向かって既に朝食の準備をしているつうの手伝いをする。

 この家では当番が割り当てられていて、日によって手伝いをする人物が変わる。ただキュウは毎日お手伝いをしているし、つうは当番など無関係に家事や炊事を担っていた。

 今日の当番はマグナで、つまらなそうに野菜を炒めていた。主人たちが使う神話の中に出て来そうな武具を産み出す彼女が作っているのが、みんなの朝食の野菜炒めである。アクロシアの鍛冶師たちが悲鳴を上げそうな光景だ。

 その横でキュウもだし巻き卵を作る。最初はこのシステムキッチンという魔法道具の使い方が分からず苦労をしたが、慣れてしまえばとても便利である。

 食事が終わったら出掛ける前―――ほとんどがキュウのレベル上げ―――に洗濯をする。アクロシアの宿に泊まっていた頃は食事の前、主人が目を覚ます前に洗濯場へ行って済ませてしまうのが日課であったが、主人の家に来てからは食事の後になった。

 全員の部屋を回って洗濯物を回収し、大きな魔法道具の前へやってくる。この魔法道具は使用人の仕事の一つを完全に奪い去る、ある意味では悪夢のような魔法道具だ。

 名前を全自動洗濯機と言うらしい。その恐るべき機能とは、洗濯物を魔法道具にある穴のような場所へ入れると、しばらく待つだけで綺麗に洗浄され乾かされる。つまり、冷たい水に手を付けて、汚れを落とすために懸命に擦り、天気を気にしながら干す必要がない。

 キュウにとって、主人の傍に仕えるようになってやっと自分の仕事だと思えたのが洗濯だったので、それが全否定されるような魔法道具を前にして呆然としてしまったのを覚えている。

 キュウは何とか洗濯物は自分の仕事であるという矜持を守るため、全員の洗濯物を回収してこの魔法道具を使い、洗濯が終わり次第全員の部屋にそれぞれ戻す仕事を勝ち取った。キャロルに凄い睨まれたのは怖かったけれど、これだけはやらせて欲しくて虚勢を張ったのだ。

「ご主人様、洗濯が終わりました」

 キュウは主人と同室だ。従者がみんな一人部屋なのに主人がキュウと二人部屋であることには今でも違和感を感じざるを得ないものの、誰もその点を指摘しないのでキュウも黙っている。キュウだって、主人と一緒のが嬉しいからだ。

 キュウは物心付いた時から子供部屋に押し込まれて、その後は奴隷商品としての集団生活、そして主人と出会っているので、一人部屋を与えられたら寂しくて眠れなくなりそうだった。

「そうか、いつもありがとな」
「いいえ、少しでもご主人様のお力になれたら嬉しいです」

 主人はこういう小さな仕事にも礼を言ってくれる。

「キュウ、ちょっとここに座ってくれ」
「はい」

 主人に言われて、主人が座っている畳の床に腰を下ろした。主人が座布団を渡してくれたので、それを敷いて座り直す。

 じっと主人と目を合わせる。主人の目が真剣だったので、何を言われるか閃きがきた。

 伽を要求されている。

 この状況ではそれしかない。嫌ではない。むしろ嬉しい。

「あ、あの、身体を洗って来ますので、少しだけお待ちください」
「ん?」
「その、寝汗もありますし、食事の準備で火を使っていて」
「………いや、そういうことをしようって誘いたいわけじゃない」
「そ、そそ、そうですね。申し訳ありません!」

 まるで期待していたかのような自分の言葉に、恥ずかしさの余り今すぐ布団を頭に乗せて耳を塞ぎたくなった。キュウは黙って主人の次の言葉を待つ。

 待つ。

 待つ。

 待つ。

 主人は迷っているようで、次の言葉がなかなか出てこない。

「ご主人様、私への命令、用件であれば何でも仰ってください」

 キュウが不要であるから捨てる、という言葉以外であれば、今のキュウは何を言われても冷静でいられる自信がある。

「ああ………、あれだ。キュウは、カリオンドル皇国出身なのか?」

 数瞬前の自分の内心に対して、びっくりするほど高速で前言撤回をした。主人に言われると困ることがある。それは学も知識もないキュウには答えられない内容で、無知を晒して申し訳なくて耳と尻尾を折る。

「その、分かりません。私は、地理の知識がなかったため、あの里がどこの国にあったのか、分からないです」
「………キュウ、俺は少し酷いことを言うかも知れない」
「ご主人様と一緒に居られなくなるのでしょうか?」
「なんでそうなる。俺はキュウが嫌って言っても絶対に放さないって言っただろ」
「あ、ありがとうございます」

 嬉しくて少し顔が熱くなってしまう。尻尾がむずむずするので、急いで手で抑え付けた。

「そうじゃなくてだな。あれだ。キュウの住んでいた、里なんだが」
「はい」
「誰も住んでいなかった」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 だって狐人族の里では飢饉が起きたけれど、キュウたちを奴隷として売って、売ったお金で今も普通に暮らしているはずだからだ。

「死んだって感じじゃなかった。普通に移り住んだんだ。だから、どこかには居る、と思う。ルナーリスに頼めば、移り住んだ場所を調べられるかも知れない」

 家族にまた会える。

 そう聞いてキュウの内に生まれた感情は複雑だった。家族のことは、正直に言えば恨んでいる。

 何せキュウを奴隷として売ったのだ。しかしそれが家族が生き残るために必要だということは理性で分かっており、あのままキュウが里に残っていても食料事情を圧迫するだけで何もできなかっただろう。

 そして何よりも、奴隷として売られたからキュウは主人と出会えた。

 仮に里に残っていたら、里で顔を合わせた同年代の誰かと家族に言われるがままに結婚し、一生を里から出ずに終えるだけだった。この心の底から慕う大好きな人と一緒に居られることになったのは、奴隷として売られたからだとも言える。

 だから恨んでいながら感謝もしているような何とも言えない感情が浮かんで来て、主人の言葉にどう反応して良いか分からなくなってしまう。

「キュウ、今日は楽しいことをしよう。だから、俺が聞きたいことを一つだけ、キュウの本心で答えてくれ」
「はい」
「キュウは家族に会いたいか?」

 迷いが生じたのは疑いようも無い。たとえ恨んでいても、遠巻きにでも家族が無事に暮らしている姿を見られたら、きっと嬉しいと思う。父や母、兄弟、妹に思いはある。けれどもキュウははっきりと答える。

「いいえ、もう会いたくありません」

 否定の言葉を口から出した。

 だって、もうキュウは“キュウ”なのだから。

「そう、か」

 主人は目を瞑り息を深く吐いた。

「悪かった。嫌なことを聞いたな」
「そのようなことはありません。ご主人様に私のことを考えて頂けたことを嬉しく思います」
「よし、じゃあ気持ちを入れ替えるために遊びに行くぞ」
「ほ、本当に大丈夫です」
「今日は俺が遊びたい気分になったんだ。キュウも付き合ってくれ」

 そう言われてしまえば、キュウに拒否することなどできない。
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