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大魔法使いは二度目の人生を普通に楽しみたい【思い出の魔法①】
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私、リンゼイ・フレーテスは、魔法学院の教師であり、交際中の恋人であるディノ・バスカルディと同棲中だった。
二人の住む家には、リビングとそれぞれの部屋、寝室や客室、ディノが仕事で使う作業部屋などがある。
ディノは、その作業場で魔道具の開発をする事が仕事だった。
その日は、私が学院から帰宅して、少しの違和感から始まった。
明かりはついておらず、薄暗い家が少し不気味に感じた。
「ディノ? 居ないのかい?」
確認しながら部屋を見ても、誰も居なかった。
ガタガタッと地下から物音が聞こえて、ディノはまだ仕事をしているのかと地下にある作業部屋へと足を向けた。
作業部屋の階段を下りながら、ドアの隙間から漏れ出る光に、やはりここに居たのかと安堵した。
ところが、何やら話し声聞こえて不思議に思う。ディノが作業場に私以外の人を入れるとは考えられない。
何かあったのかと素早くドアを開けた。
「ディノ!」
そこで、目に飛び込んできた光景にびっくりして言葉を発せなかった。
「「リンゼイ!」」
ディノとエルドが胸ぐらを掴み合いながら、私に顔を向けて私の名前を呼んだ。
これは、幻なんだろうか……?
「「聞いてくれよ!」」
ディノとエルドは、ムッとした顔をして睨み合う。
「「真似すんな!」」
少し頭を冷やしたい……。
目の前でケンカをしているのは、恋人であるディノと死んだはずのエルドだ。
「エルド……なのか……?」
肩より少し長めの金髪に真っ赤な瞳。記憶の中のエルドとそっくりの人物がディノと睨み合っている。
これが現実なのか幻なのか区別がつかない。
「お前には俺がわかるだろ!?」
私の方に詰め寄ってきたエルドをまじまじと見つめてしまう。
胸の奥がキュッと鳴った。心はいつでもエルドを求めている。
必死に私に訴えてくるエルドは、どこからどう見てもエルドだった。
「エルド……」
そっと名前を呼べば、エルドはパッと花開くように嬉しそうな顔をした。
胸がキュウキュウと鳴る。こんなの本物以外にない。
「リンゼイ!」
抱きつかれてびっくりする。
呆然としながらディノを見れば、ちっと舌打ちした。
「だから会わせたくなかったんだ! リンゼイに触るな!」
ディノは、私に抱き付くエルドをグイグイと引っ張って引き離そうとする。
「いいだろ! 俺のリンゼイでもあるんだ!」
何がなんだかわからなくて頭を抱える。
ディノは、エルドの魂が入っている人物だ。外見は、水色の長い髪に翠の瞳で、エルドとは全くの別人だ。
ここにいるエルドは、その魂の元?とでも言うんだろうか。
かつて大魔法使いだったエルド・クリスティアは、24歳という若さで亡くなった。けれど、ディノ・バスカルディという若者の肉体に魂を宿して戻ってきた。
ディノは、ディノであると共にエルドでもある。
エルドが死んでも好きだった私と想いが通じ合い、エルドがディノとして一緒に暮らしていたのが今の状態だ。
早く言ってしまえば、見た目は違っても二人は同一人物だ。
「おい! 離れろって!」
「やだね」
「力ずくでやるぞ!」
「やってみろ!」
睨み合う二人にどうにかこの場を収めることを優先させた。
「と、とりあえず……夕食でも食べようか……?」
「「食う!」」
二人が食いしん坊で良かった……。
◆◇◆
食卓を囲みながら、二人の話を聞いた。
どうやらディノは、ケフィンから調達した『思い出草』をなんらかの魔法を使って改良しようとしたらしい。
それに失敗して、大量の『思い出草』の成分を浴びたディノから、ディノの思い出から呼び起こされたエルドが目の前に現れたそうだ。
「はっきりした事はわからないけど、そうじゃないかと俺は思ってる。俺が変な魔法と結合させちゃったから、俺の中の思い出が実体化してしまったのかも……」
「それなら、時間が経てば、エルドは消えるって事?」
「そう思ってるんだけど……」
ディノと共に美味しそうに夕食を食べるエルドを見つめれば、消えるなんて事はないように思える。
「思い出草の取り扱いは気をつけろって言われたはずだよね……」
「そうなんだけど……お、俺も反省してるよ!」
ディノをじっとりと見つめれば、誤魔化すように視線を逸らした。
ため息と共にエルドに目を向ける。
「それで、エルドにはディノとしての記憶はないのかい?」
「ないな」
「それなら……覚えている事は?」
エルドは少し考えてから口を開いた。
「俺は、学院を卒業してから一人で森に住んでいて、リンゼイが身の回りの世話をしてくれてる。それで俺は──? 良くわからないけど……気付いたらここにいたんだ。ディノから説明は受けたけど、俺は記憶の結晶みたいな物なんだろ? あまり実感ないな」
エルドは、ニヤリと笑う。
「本物だったりして──」
「それはないって言っただろ! 俺自身が目の前に現れたのを確認してるんだ!」
「はいはい。わかったって」
ディノが言えば、エルドは嫌そうにあしらった。
ここにいるエルドは、ディノの思い出から抜け出た幻……とでも言うんだろう。
でも、抱きつかれた感触もあったし、ご飯も普通に食べている。
実体のある幻……。
「リンゼイは、俺の知っているリンゼイより少し老けてる」
「そうだね……」
「でも、年取ってもかっこいいんだな。リンゼイは将来こうなるって訳ね。楽しみだな」
エルドは、自分が死んだ事を知らないエルドのようだった。
エルドが私を見て笑う。その瞬間に、胸の奥がギュッと絞られたみたいに痛くなった。
息ができなくなるんじゃないかと思うほど苦しい。まさかまた、あの恋焦がれたエルドに会えるなんて思ってもいなかった。
目の前のエルドをまじまじと見つめた。今いるエルドは、昔のエルドと何も変わらない。
大好きだった頃のまま……。
「エルド……」
後を追って死んでもいいと思えるほど愛していた相手が目の前にいる事に戸惑った。
エルドが動いて……笑っている。
「俺もエルドなんだからな」
膨れっ面で不機嫌そうに言うディノに苦笑いする。
「自分だとわかっててもムカつく……」
もしかして、ヤキモチを焼いている……?
自分にヤキモチ……ディノが可愛い。
「リンゼイはニコニコすんな! エルドは、リンゼイを見るな! 会わせるつもりなかったんだからな!」
顔に出ていたらしい……恥ずかしい。
地下室で揉めていたのは、この事だったりするんじゃないだろうか。
「ディノって心が狭いな」
「うるさいな! お前は俺だろ! お前も心が狭いってことになるからな!」
ディノがエルドにビシッと指差せば、エルドはニヤリと笑った。
「俺もディノと一緒って事は、ここにいるリンゼイは、俺の事も大好きなんだよな?」
反応に困る……。
視線を逸らしても、私の胸はドキドキと音を立てる正直者だった。
誤魔化すようにお茶を飲もうと口に含んだ。
「リンゼイ、俺が消えるまで、いっぱい愛してくれよ」
「!? ゴホッ、ゲホッ、ゲホッ……」
むせてしまって言葉が出ない。人を揶揄って楽しむエルドは、相変わらずだった。
「だから会わせたくなかったんだ!」
ニヤリと笑うエルドにディノが怒る。
エルドが消えるまでの間、先が思いやられた。
◆◇◆
「今日は休んでもいいだろ?」
当然のように家に馴染んでいるエルドに、どっと疲れが出てきた気がしてため息を吐く。
「風呂どこ?」
エルドがお風呂に入りたいのだと訴えてくる。
ディノが自分の部屋に服を取りに行ったので、私が脱衣所に案内した。
物珍しそうにキョロキョロするエルドにクスリと笑う。
「ゆっくり入るといいよ」
そのまま脱衣所から出て行こうとしたら、エルドが魔法を使った。
風魔法でブワッと前から体が押しやられて足を止める。
魔法陣無しでの魔法の発動は、エルドにしかできない。目の前の人物がやはりエルドなんだと再確認する。
「魔法も使えるみたいだな」
俺で試したみたいだ……。
苦笑いすれば、エルドは目の前に来て、スッと私の胸に手を当てた。
「なぁ、一緒に入るか?」
そう言って妖艶に笑うエルドにドキッとする。
エルドが距離を詰めてきて後ずさる。すぐに脱衣所の壁に追いやられてドンッと背を預けた。
胸に当てられた手は、動くなと言ってるようで固まってしまう。
「ディノと入ったりしてたんだろ? それなら俺とも入れるだろ?」
エルドが言うように、ディノとは何度も風呂に入っていて、それ以上の事も何度もしている。
けれど、エルドに同じ事ができるのかと言われたら、できそうにない……。
「ダメだ……。エルドは……エルドだから……」
「お前、俺の事好きだよな?」
「もちろん!」
あ……思わず答えてしまって顔を赤くする。
ニヤリと笑うエルドの顔が迫ってくる。
「なら、いいじゃんか」
「良くない! いいから一人で入ってくれ……」
近付くエルドの胸を押す。
何が違うのかと聞かれたら、エルドもディノも同一人物で、何も違う所はないのかもしれない。
それでも、エルドとお風呂に入るなんて困る……。
鼻先が触れ合いそうなほど顔を近付けられた。
「俺からすれば、ここにいるリンゼイは夢の中の人と同じだ。それなら、普段俺がしたくてもできない事……してもいいだろ?」
自分の胸の鳴る音がドキドキなんて可愛いものじゃない。バクバクだ。
「リンゼイの胸の音……すごいな……」
頬を赤く染めて近付くエルドの顔に釘付けだった。
唇が触れ合う寸前に、バリッと引き剥がされた。
「目を離した隙に何やってんだ!」
「惜しかったな。来るのが早くないか?」
「来るってわかってて迫るな!」
ディノが間に入ってくれた事に安堵した。
落ち着こうと、何度も深呼吸を繰り返していた。
◆◇◆
寝る時になって、私だけがリビングのソファで寝ればいいと提案した。
それに反対したのはエルドだ。
「ベッドが一つって事は一緒に寝てたって事だろ? なんで別で寝ようとするんだ」
「なんとなく……」
「俺と一緒に寝るのが嫌なのか?」
寂しそうに言うエルドに、ブンブンと首を横に振った。
「嫌なんて事、絶対ない!」
「なら、一緒に寝よう」
断る理由が見つからない……。
「三人でベッドなんて狭いだろ。エルドがソファで寝ろ」
「えぇ~! それを言うならディノがソファでいいんじゃんか」
また揉めそうになる。
どうしようかと思っていれば、二人の矛先はこちらに向かった。
「「リンゼイはどっちと寝たいんだ?」」
答えられるわけない……どちらも同じ人だ……。
「わ、わかった! それなら三人で寝よう……!」
二人は納得していないようだったけれど、でなければ私は一人でソファに寝ると言えばそれで了承してくれた。
すると、エルドは服を脱ごうとしだす。
「な……っ! 何してるんだ!?」
「へ?」
慌てて脱ごうとしていた服をもとに戻してやる。
「俺はいつも裸で寝てるんだ」
「やめて……」
ディノに初めて添い寝をした時に、裸で寝ていたと言っていた事を思い出した。
「ディノは裸で寝ないのか?」
「俺も昔はそうだったけど、今は着てる」
「ふーん……なら、俺もそうする……」
ホッと一安心だ。
私を真ん中にして、二人は手を握ってくる。
「おい。お前はリンゼイに触るなって」
「俺だってエルドなんだからいいだろ? むしろ、リンゼイは俺の見た目の方が好きだろ?」
ニヤリと笑うエルドに胸がキュウと鳴った。
俺の胸の高鳴りは正直だ。
どちらも嫌いじゃない……としか言いようがない……。
「お前は……ディノの方がいいのか?」
少し不機嫌そうに言われた言葉に慌てる。
「そんな事ない……っ」
決してそんな事はないはずだと思う。どちらも同じエルドで、どちらなんて選べない。
エルドが死んでもずっと好きだった──今でもそれは変わらずに、エルドが好きだ。
「それなら……──俺に消えて欲しい?」
「っ……!」
儚く笑うエルドを見て苦しくなる。
そんな風に言わないで欲しい。
「消えて欲しいなんて思ってない!」
エルドの手をしっかりと握る。
エルドが死んだ時の気持ちが蘇ってきそうだ……あの時の私には、絶望しかなかった。暗い暗い海の底に沈むような感覚が全身を支配する。
「お前さ、そういうリンゼイを追い詰める言い方するなよな」
ディノの声にハッと我に返る。
ディノは、私の手を強く握ってくれた。暗い海の底から引き上げられたような感覚に、私も手を握り返す。
「ディノも俺なんだろ? 気にならないか?」
「俺は、リンゼイが見た目で選んだんじゃないって知ってる。俺がエルドだって気付いてくれて、ずっと好きでいてくれたから一緒にいるんだ。だから、リンゼイは選べるはずなんかない。どっちも俺だ」
「ディノ……」
ディノと私には積み重ねた時間がある。それが自分達の一部になっている。
「はいはい。意地悪な質問だったな。寝よ」
何事もないようにそっと目を閉じたエルドを見ていれば、ギュッと胸が締め付けられた。
もしかしたら、エルドは消えてしまうのが不安なのかもしれない。自分が消えると分かっていて平気な人はいない。
少しして、エルドの寝息が規則正しく聞こえてくれば、その寝顔を眺めていた。
隣でディノが大きなため息を吐いた。
「昔の俺って卑屈だったんだな……リンゼイ、エルドが言った事、気にするなよ」
「うん……」
ディノに苦笑いを返した。
今ここにいるエルドは、英雄で冷酷無慈悲と言われたままのエルドだ。それでいて、寂しがり屋でわざと明るく振舞おうとする人だ。一緒に学んだ学友も、私との馴れ初めも何も知らない──。
それでも、そんな彼を、愛おしいと思う気持ちが確かにここにある──。
「ディノ……ごめん。エルドの事……好きだ……」
「ばかだな。そいつだって俺なんだ。それは俺が一番良く知ってる。そこにいるエルドをリンゼイが好きじゃない方がおかしい。すげームカつくけどな……」
ディノの言葉に微笑めば、ディノはチュッと掠めるだけのキスをしてきた。
「それで、俺の事は?」
ディノには敵わない。
「めちゃくちゃ愛してる──」
「ふはっ。もう寝ろよ」
優しく微笑むディノに擦り寄って眠った。
二人の住む家には、リビングとそれぞれの部屋、寝室や客室、ディノが仕事で使う作業部屋などがある。
ディノは、その作業場で魔道具の開発をする事が仕事だった。
その日は、私が学院から帰宅して、少しの違和感から始まった。
明かりはついておらず、薄暗い家が少し不気味に感じた。
「ディノ? 居ないのかい?」
確認しながら部屋を見ても、誰も居なかった。
ガタガタッと地下から物音が聞こえて、ディノはまだ仕事をしているのかと地下にある作業部屋へと足を向けた。
作業部屋の階段を下りながら、ドアの隙間から漏れ出る光に、やはりここに居たのかと安堵した。
ところが、何やら話し声聞こえて不思議に思う。ディノが作業場に私以外の人を入れるとは考えられない。
何かあったのかと素早くドアを開けた。
「ディノ!」
そこで、目に飛び込んできた光景にびっくりして言葉を発せなかった。
「「リンゼイ!」」
ディノとエルドが胸ぐらを掴み合いながら、私に顔を向けて私の名前を呼んだ。
これは、幻なんだろうか……?
「「聞いてくれよ!」」
ディノとエルドは、ムッとした顔をして睨み合う。
「「真似すんな!」」
少し頭を冷やしたい……。
目の前でケンカをしているのは、恋人であるディノと死んだはずのエルドだ。
「エルド……なのか……?」
肩より少し長めの金髪に真っ赤な瞳。記憶の中のエルドとそっくりの人物がディノと睨み合っている。
これが現実なのか幻なのか区別がつかない。
「お前には俺がわかるだろ!?」
私の方に詰め寄ってきたエルドをまじまじと見つめてしまう。
胸の奥がキュッと鳴った。心はいつでもエルドを求めている。
必死に私に訴えてくるエルドは、どこからどう見てもエルドだった。
「エルド……」
そっと名前を呼べば、エルドはパッと花開くように嬉しそうな顔をした。
胸がキュウキュウと鳴る。こんなの本物以外にない。
「リンゼイ!」
抱きつかれてびっくりする。
呆然としながらディノを見れば、ちっと舌打ちした。
「だから会わせたくなかったんだ! リンゼイに触るな!」
ディノは、私に抱き付くエルドをグイグイと引っ張って引き離そうとする。
「いいだろ! 俺のリンゼイでもあるんだ!」
何がなんだかわからなくて頭を抱える。
ディノは、エルドの魂が入っている人物だ。外見は、水色の長い髪に翠の瞳で、エルドとは全くの別人だ。
ここにいるエルドは、その魂の元?とでも言うんだろうか。
かつて大魔法使いだったエルド・クリスティアは、24歳という若さで亡くなった。けれど、ディノ・バスカルディという若者の肉体に魂を宿して戻ってきた。
ディノは、ディノであると共にエルドでもある。
エルドが死んでも好きだった私と想いが通じ合い、エルドがディノとして一緒に暮らしていたのが今の状態だ。
早く言ってしまえば、見た目は違っても二人は同一人物だ。
「おい! 離れろって!」
「やだね」
「力ずくでやるぞ!」
「やってみろ!」
睨み合う二人にどうにかこの場を収めることを優先させた。
「と、とりあえず……夕食でも食べようか……?」
「「食う!」」
二人が食いしん坊で良かった……。
◆◇◆
食卓を囲みながら、二人の話を聞いた。
どうやらディノは、ケフィンから調達した『思い出草』をなんらかの魔法を使って改良しようとしたらしい。
それに失敗して、大量の『思い出草』の成分を浴びたディノから、ディノの思い出から呼び起こされたエルドが目の前に現れたそうだ。
「はっきりした事はわからないけど、そうじゃないかと俺は思ってる。俺が変な魔法と結合させちゃったから、俺の中の思い出が実体化してしまったのかも……」
「それなら、時間が経てば、エルドは消えるって事?」
「そう思ってるんだけど……」
ディノと共に美味しそうに夕食を食べるエルドを見つめれば、消えるなんて事はないように思える。
「思い出草の取り扱いは気をつけろって言われたはずだよね……」
「そうなんだけど……お、俺も反省してるよ!」
ディノをじっとりと見つめれば、誤魔化すように視線を逸らした。
ため息と共にエルドに目を向ける。
「それで、エルドにはディノとしての記憶はないのかい?」
「ないな」
「それなら……覚えている事は?」
エルドは少し考えてから口を開いた。
「俺は、学院を卒業してから一人で森に住んでいて、リンゼイが身の回りの世話をしてくれてる。それで俺は──? 良くわからないけど……気付いたらここにいたんだ。ディノから説明は受けたけど、俺は記憶の結晶みたいな物なんだろ? あまり実感ないな」
エルドは、ニヤリと笑う。
「本物だったりして──」
「それはないって言っただろ! 俺自身が目の前に現れたのを確認してるんだ!」
「はいはい。わかったって」
ディノが言えば、エルドは嫌そうにあしらった。
ここにいるエルドは、ディノの思い出から抜け出た幻……とでも言うんだろう。
でも、抱きつかれた感触もあったし、ご飯も普通に食べている。
実体のある幻……。
「リンゼイは、俺の知っているリンゼイより少し老けてる」
「そうだね……」
「でも、年取ってもかっこいいんだな。リンゼイは将来こうなるって訳ね。楽しみだな」
エルドは、自分が死んだ事を知らないエルドのようだった。
エルドが私を見て笑う。その瞬間に、胸の奥がギュッと絞られたみたいに痛くなった。
息ができなくなるんじゃないかと思うほど苦しい。まさかまた、あの恋焦がれたエルドに会えるなんて思ってもいなかった。
目の前のエルドをまじまじと見つめた。今いるエルドは、昔のエルドと何も変わらない。
大好きだった頃のまま……。
「エルド……」
後を追って死んでもいいと思えるほど愛していた相手が目の前にいる事に戸惑った。
エルドが動いて……笑っている。
「俺もエルドなんだからな」
膨れっ面で不機嫌そうに言うディノに苦笑いする。
「自分だとわかっててもムカつく……」
もしかして、ヤキモチを焼いている……?
自分にヤキモチ……ディノが可愛い。
「リンゼイはニコニコすんな! エルドは、リンゼイを見るな! 会わせるつもりなかったんだからな!」
顔に出ていたらしい……恥ずかしい。
地下室で揉めていたのは、この事だったりするんじゃないだろうか。
「ディノって心が狭いな」
「うるさいな! お前は俺だろ! お前も心が狭いってことになるからな!」
ディノがエルドにビシッと指差せば、エルドはニヤリと笑った。
「俺もディノと一緒って事は、ここにいるリンゼイは、俺の事も大好きなんだよな?」
反応に困る……。
視線を逸らしても、私の胸はドキドキと音を立てる正直者だった。
誤魔化すようにお茶を飲もうと口に含んだ。
「リンゼイ、俺が消えるまで、いっぱい愛してくれよ」
「!? ゴホッ、ゲホッ、ゲホッ……」
むせてしまって言葉が出ない。人を揶揄って楽しむエルドは、相変わらずだった。
「だから会わせたくなかったんだ!」
ニヤリと笑うエルドにディノが怒る。
エルドが消えるまでの間、先が思いやられた。
◆◇◆
「今日は休んでもいいだろ?」
当然のように家に馴染んでいるエルドに、どっと疲れが出てきた気がしてため息を吐く。
「風呂どこ?」
エルドがお風呂に入りたいのだと訴えてくる。
ディノが自分の部屋に服を取りに行ったので、私が脱衣所に案内した。
物珍しそうにキョロキョロするエルドにクスリと笑う。
「ゆっくり入るといいよ」
そのまま脱衣所から出て行こうとしたら、エルドが魔法を使った。
風魔法でブワッと前から体が押しやられて足を止める。
魔法陣無しでの魔法の発動は、エルドにしかできない。目の前の人物がやはりエルドなんだと再確認する。
「魔法も使えるみたいだな」
俺で試したみたいだ……。
苦笑いすれば、エルドは目の前に来て、スッと私の胸に手を当てた。
「なぁ、一緒に入るか?」
そう言って妖艶に笑うエルドにドキッとする。
エルドが距離を詰めてきて後ずさる。すぐに脱衣所の壁に追いやられてドンッと背を預けた。
胸に当てられた手は、動くなと言ってるようで固まってしまう。
「ディノと入ったりしてたんだろ? それなら俺とも入れるだろ?」
エルドが言うように、ディノとは何度も風呂に入っていて、それ以上の事も何度もしている。
けれど、エルドに同じ事ができるのかと言われたら、できそうにない……。
「ダメだ……。エルドは……エルドだから……」
「お前、俺の事好きだよな?」
「もちろん!」
あ……思わず答えてしまって顔を赤くする。
ニヤリと笑うエルドの顔が迫ってくる。
「なら、いいじゃんか」
「良くない! いいから一人で入ってくれ……」
近付くエルドの胸を押す。
何が違うのかと聞かれたら、エルドもディノも同一人物で、何も違う所はないのかもしれない。
それでも、エルドとお風呂に入るなんて困る……。
鼻先が触れ合いそうなほど顔を近付けられた。
「俺からすれば、ここにいるリンゼイは夢の中の人と同じだ。それなら、普段俺がしたくてもできない事……してもいいだろ?」
自分の胸の鳴る音がドキドキなんて可愛いものじゃない。バクバクだ。
「リンゼイの胸の音……すごいな……」
頬を赤く染めて近付くエルドの顔に釘付けだった。
唇が触れ合う寸前に、バリッと引き剥がされた。
「目を離した隙に何やってんだ!」
「惜しかったな。来るのが早くないか?」
「来るってわかってて迫るな!」
ディノが間に入ってくれた事に安堵した。
落ち着こうと、何度も深呼吸を繰り返していた。
◆◇◆
寝る時になって、私だけがリビングのソファで寝ればいいと提案した。
それに反対したのはエルドだ。
「ベッドが一つって事は一緒に寝てたって事だろ? なんで別で寝ようとするんだ」
「なんとなく……」
「俺と一緒に寝るのが嫌なのか?」
寂しそうに言うエルドに、ブンブンと首を横に振った。
「嫌なんて事、絶対ない!」
「なら、一緒に寝よう」
断る理由が見つからない……。
「三人でベッドなんて狭いだろ。エルドがソファで寝ろ」
「えぇ~! それを言うならディノがソファでいいんじゃんか」
また揉めそうになる。
どうしようかと思っていれば、二人の矛先はこちらに向かった。
「「リンゼイはどっちと寝たいんだ?」」
答えられるわけない……どちらも同じ人だ……。
「わ、わかった! それなら三人で寝よう……!」
二人は納得していないようだったけれど、でなければ私は一人でソファに寝ると言えばそれで了承してくれた。
すると、エルドは服を脱ごうとしだす。
「な……っ! 何してるんだ!?」
「へ?」
慌てて脱ごうとしていた服をもとに戻してやる。
「俺はいつも裸で寝てるんだ」
「やめて……」
ディノに初めて添い寝をした時に、裸で寝ていたと言っていた事を思い出した。
「ディノは裸で寝ないのか?」
「俺も昔はそうだったけど、今は着てる」
「ふーん……なら、俺もそうする……」
ホッと一安心だ。
私を真ん中にして、二人は手を握ってくる。
「おい。お前はリンゼイに触るなって」
「俺だってエルドなんだからいいだろ? むしろ、リンゼイは俺の見た目の方が好きだろ?」
ニヤリと笑うエルドに胸がキュウと鳴った。
俺の胸の高鳴りは正直だ。
どちらも嫌いじゃない……としか言いようがない……。
「お前は……ディノの方がいいのか?」
少し不機嫌そうに言われた言葉に慌てる。
「そんな事ない……っ」
決してそんな事はないはずだと思う。どちらも同じエルドで、どちらなんて選べない。
エルドが死んでもずっと好きだった──今でもそれは変わらずに、エルドが好きだ。
「それなら……──俺に消えて欲しい?」
「っ……!」
儚く笑うエルドを見て苦しくなる。
そんな風に言わないで欲しい。
「消えて欲しいなんて思ってない!」
エルドの手をしっかりと握る。
エルドが死んだ時の気持ちが蘇ってきそうだ……あの時の私には、絶望しかなかった。暗い暗い海の底に沈むような感覚が全身を支配する。
「お前さ、そういうリンゼイを追い詰める言い方するなよな」
ディノの声にハッと我に返る。
ディノは、私の手を強く握ってくれた。暗い海の底から引き上げられたような感覚に、私も手を握り返す。
「ディノも俺なんだろ? 気にならないか?」
「俺は、リンゼイが見た目で選んだんじゃないって知ってる。俺がエルドだって気付いてくれて、ずっと好きでいてくれたから一緒にいるんだ。だから、リンゼイは選べるはずなんかない。どっちも俺だ」
「ディノ……」
ディノと私には積み重ねた時間がある。それが自分達の一部になっている。
「はいはい。意地悪な質問だったな。寝よ」
何事もないようにそっと目を閉じたエルドを見ていれば、ギュッと胸が締め付けられた。
もしかしたら、エルドは消えてしまうのが不安なのかもしれない。自分が消えると分かっていて平気な人はいない。
少しして、エルドの寝息が規則正しく聞こえてくれば、その寝顔を眺めていた。
隣でディノが大きなため息を吐いた。
「昔の俺って卑屈だったんだな……リンゼイ、エルドが言った事、気にするなよ」
「うん……」
ディノに苦笑いを返した。
今ここにいるエルドは、英雄で冷酷無慈悲と言われたままのエルドだ。それでいて、寂しがり屋でわざと明るく振舞おうとする人だ。一緒に学んだ学友も、私との馴れ初めも何も知らない──。
それでも、そんな彼を、愛おしいと思う気持ちが確かにここにある──。
「ディノ……ごめん。エルドの事……好きだ……」
「ばかだな。そいつだって俺なんだ。それは俺が一番良く知ってる。そこにいるエルドをリンゼイが好きじゃない方がおかしい。すげームカつくけどな……」
ディノの言葉に微笑めば、ディノはチュッと掠めるだけのキスをしてきた。
「それで、俺の事は?」
ディノには敵わない。
「めちゃくちゃ愛してる──」
「ふはっ。もう寝ろよ」
優しく微笑むディノに擦り寄って眠った。
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☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
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