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大魔法使いは二度目の人生を普通に楽しみたい【思い出の魔法②】
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「リンゼイ! なぁ、リンゼイ!」
揺り起こされて目を開けた。
そこにはエルドがいて、嬉しそうな顔と目が合った。
私はまだ幻を見ている──。
「リンゼイ! 起きろよ! 一緒にここに行こう!」
寝ぼけた頭をどうにか起こして、エルドが差し出してきたチラシを確認する。
「何? チョコレート?」
チラシには、丸いチョコレートがドーンと一面に載っていた。写真では拳ぐらいの大きさで載っている。
「そう! バレンタインだから、そこの喫茶店で売ってるらしいんだ!」
「へぇ……」
甘いものが好きなエルドは、チョコレートも好きだ。
目をキラキラさせて子供みたいに喜んでいる。それを見て笑みが零れる。
引っ張られて起こされてクスクスと笑う。
「早く行こう!」
「待って。ディノは?」
ディノは、隣でまだ寝ていた。
「昨日は譲ってやった。今日は俺だ」
「え?」
「昨日……俺、起きてた」
昨日のディノとの会話を聞かれていたらしいと思うと恥ずかしい。
「俺の事、好きなんだろ?」
ニヤリと笑うエルドに咳払いをして誤魔化した。
「用意をするから待っていて」
コクコクと頷いて嬉しそうにするエルドがとても可愛らしかった。
◆◇◆
誰も本物のエルドだと思う人はいないと思うけれど、念の為にエルドの髪を縛って帽子を被せた。
伊達眼鏡も掛けさせれば、エルドを知っている人でも一瞬ではわからないと思う。
家から外に出て街に入れば、いつもより人が多かった。
「エルド、はぐれないで」
「それならこうしよう!」
手を握られてドキリとした。ニカッと笑う顔が私の胸を苦しくさせる。
本来なら二度と見れないと思っていた笑顔だ。この手の温もりを味わう事もできないと思っていた。
幻だとわかっていても、泣き出してしまいそうでそれを我慢した。
「リンゼイ? どうした?」
「いや……なんでもないよ……」
誤魔化すように笑えば、エルドは気付くことなく微笑んだ。
「行こう!」
グイッと強引に引っ張られれば、エルドらしい気がした。
◆◇◆
そのチョコレートは、一口サイズだった。チラシの一面だったので、もっと大きいかと思っていたが違うようだ。
エルドは、紙袋に数個入ったそれを買うと、食べずに私に差し出してきた。
「バレンタインだろ? お前にやる」
「私に……?」
まさかこの為にここに来ようと言ってくれていたのかと思い、感激する。
「ほら、食べてみろよ」
手でチョコレートを一つ出すと、私の口の前へ持ってくる。少し緊張しながらそれを口の中に入れれば、パチンッと音を立てて弾けると、あっという間に溶けて口の中に広がる。チョコレートの甘い香りが鼻に抜ける。
思わず口元に手を当てて、目を見開いた。
普通のチョコレートではないらしい。
「ははっ。そのびっくりした顔、最高。面白いな」
少しばかりムッとして、エルドにも同じようにチョコレートを差し出した。
「エルドも食べてみればいい」
「俺は食べても平気だ」
エルドは、ニヤリと笑ってチョコレートをパクリと食べる。最初は余裕そうだったエルドも、パチンッと口の中でチョコレートが弾けた瞬間に、目を見開いて一時停止した。
それを見たら笑いが堪えきれなかった。
「ふはっ。同じじゃないか」
「うるさい!」
照れくさそうにしながらツンとそっぽを向いたエルドが可愛くて、微笑む事が止められない。
ふざけ合った毎日が思い出されて胸の奥が温かくなる。
「リンゼイ、向こうも見てみよう!」
そう言って手を引くエルドの手を握り返した。
◆◇◆
家に戻ってきて、仁王立ちのディノに出迎えられた。
「俺を置いていくなんて、いい度胸してるよな?」
「ディノは寝てただろ? リンゼイとのデートの邪魔だからな」
「デートだと!?」
「ディノがこわ~い」
詰め寄るディノに、エルドは私の背後に隠れた。
「リンゼイの後ろに隠れんな!」
「リンゼイ助けて~」
私を間に挟んで何をしているのか……。
「ま、まぁまぁ……」
ディノを宥めようとすれば、キッと睨まれた。
「リンゼイは、エルドに甘い!」
「そうは言っても……エルドはディノだし……」
「俺はどうでもいいのか!」
「そんな事ない!」
どちらかを構うとどちらかが拗ねる……。
エルドが、ディノにお土産だと言ってチョコレートを差し出せば、少し怒りが収まったのでやはり似たもの同士だと思った。
ディノがそれを食べて、チョコレートにびっくりした顔が、エルドとそっくりで笑ってしまった。
◆◇◆
前日と同じようにベッドに入った。
エルドが私を見て嬉しそうに笑った。
「リンゼイ、今日、楽しかったな」
「そうだね」
エルドとディノ……やっぱり中身は同じエルドだ。
「俺はつまらない」
今度はディノの方を向く。
「ディノは今度一緒に行こう」
「約束だからな」
ディノに微笑めば、ディノも微笑み返してくれる。
「なぁ、キスしていいか?」
エルドがなんてことのないように言った。
ギョッとした後に、顔が熱くなった。
「だめ?」
「だめに決まってんだろ!」
ディノが半身を起こしてエルドに怒れば、エルドも半身を起こした。
「減るもんじゃないだろ。むしろ増える」
「意味わかんないぞ!」
「リンゼイのキスの回数が増える」
「当たり前の事言うな!」
私の上で言い合いを始めてしまった。私も二人を宥めようと苦笑いしながら半身を起こす。
「それと、俺とリンゼイの……思い出が増える……」
「思い出ってお前……」
ディノの勢いが少し無くなった。
「ディノは、これからもリンゼイとずっと一緒だろ? 俺はそうじゃない……」
エルドのふざけた様子も無くなって、いつの間にか、お互いに真剣な顔を向けていた。
「そういう問題じゃないだろ……」
「俺は、リンゼイが好きだ。でも、ディノが羨ましい……リンゼイと風呂に入って同じベッドで寝てたんだろ? 今の俺じゃ、片想いだ……」
「でも、お前は俺で──」
「違うだろ! 俺はディノとして生活した記憶はない! ディノはエルドであっても、俺はディノじゃない!」
ディノは、何も言葉を返せなかった。私とディノからすれば同じ人物でも、エルドからしたらディノは別人だという事だ。
ディノとしての記憶がなければ、全く顔の違う自分だと言われてもそう簡単に納得できないのだろう。
切なく見つめられて、胸が苦しくなる。
「リンゼイ……俺にはリンゼイだけだよ。でも、リンゼイにはディノがいる。それで……俺はこのまま消えるのか?」
エルドの顔が段々と近付く。ディノは止めようとせずに視線を逸らした。
「エルド、ねぇ、待って」
キスを求めようとするエルドの頬を両手で包み込んだ。
ここにいるのは、あの頃の寂しがり屋のエルドだけれど──。
「私は、今のエルドもディノも同じ人だと思う。愛してる。でも、君が言ったように、エルドとディノが別人なら、ディノにはエルドも別人かもしれない……それでは、ディノが悲しむんじゃないか? それは嫌なんだ──」
「リンゼイ……」
真っ直ぐ見つめれば、赤い瞳が潤んで揺れる。
私の胸は正直で、エルドを傷付けたくないのだと叫ぶように痛む。
エルドもディノも傷付けたくない……。
「俺らは、自分自身に嫉妬してるのか……変な話だよな……」
エルドが自嘲するようにクスリと笑う。エルドの手が私の頬を優しくなでる。
「──でも、俺はもうすぐ消えるから、キスだけは許して……」
エルドの言葉に一瞬何も考えられなかった。
「エルド、消えるって……んっ……」
話の途中でそっと寄せられた唇の感触は、懐かしさと辛さを一緒に運んできた。甘くて……苦しい……胸の奧が熱くて……痛い──。
「最後に、わがまま言ってごめんな……」
ハニカミながら優しく笑うエルドを見て、熱かった胸の奥が昼間食べたチョコレートのように弾けた気がした。
ズキズキと痛むのに、とても愛おしくて、切ない──。
言いようのない想いが泉のように涙と一緒に溢れてくる。
優しく抱きしめられて、抱きしめ返した。
「エルド、愛してる。愛してるよ──ずっと──」
今ここにいるエルドも、ディノになったエルドも、この命がある限り、想い続ける事をやめない。
「はは……知ってる……」
「知ってても……何度も言うから──」
エルドは、涙を溜めながら嬉しそうにニカっと笑った。
この時、抱きしめられた感触を絶対に忘れないと思った。
「リンゼイ、ありがとう。俺も……死ぬほど愛してる……──」
その刹那──抱きしめていた感触が一気に無くなった。自分の腕にいたはずのエルドは、跡形もなく消えた。
「っ……!」
襲ってきたのは、エルドが死んだ時のような苦しいほどの喪失感。
もう二度と見れないと思っていた笑顔のエルドを見た。抱きしめていた感触が手や腕に残っている。
エルドは、二度も私を置いていった──。
「エルド……っ!」
ディノが隣にいるのに涙が止められなかった。
「ごめん……っ! ごめん、ディノ……!」
泣くことしかできない自分が嫌だった。
ディノは、俺を覗き込むように見ると、潤んだ瞳で微笑んだ。
「……──リンゼイ、俺、今の記憶が上書きされたみたいだ……。なんでだろう……確かに記憶に残ってる。本当に俺とお前の思い出が増えたな。チョコレート……お前に渡せてよかったよ」
ディノにエルドと同じように優しく抱きしめられた。
絶対に忘れないと思った感触と同じだった。
もう二度と離れないようにキツく抱きしめれば、ディノも同じように抱きしめてくれる。
「さっきの俺はここにいる。言ったろ? 死ぬほど愛してるって……──」
◆◇◆
朝起きて隣に眠っている人物を見て幸せだった。
長い水色の髪が、顔にかかっていた。
「エルド……」
そっと名前を呼んでその髪を手で梳くう。髪に口付ければ、胸がキュンと鳴った。
楽しいことも苦しい事も、思い出として自分の中に虹のように色づいて、色んな形をして残っている。
「愛してる……」
何度だって言う。そう約束した。
「俺も……」
急に聞こえた声と同時に目を開けたディノの翠の瞳と目が合った。
「起きてたんだ……」
「起きたんだよ。お前、そんなキャラだったっけ?」
少し照れ臭そうに、それでいて嬉しそうにするディノに自然と微笑んでしまう。
「キスでもしとくか?」
楽しそうに言ったディノに顔を赤くした。
「揶揄うなよ……」
「違う。可愛がってるんだろ」
微笑み合いながらキスを交わせば、それすらも愛おしい思い出の一部になった。
揺り起こされて目を開けた。
そこにはエルドがいて、嬉しそうな顔と目が合った。
私はまだ幻を見ている──。
「リンゼイ! 起きろよ! 一緒にここに行こう!」
寝ぼけた頭をどうにか起こして、エルドが差し出してきたチラシを確認する。
「何? チョコレート?」
チラシには、丸いチョコレートがドーンと一面に載っていた。写真では拳ぐらいの大きさで載っている。
「そう! バレンタインだから、そこの喫茶店で売ってるらしいんだ!」
「へぇ……」
甘いものが好きなエルドは、チョコレートも好きだ。
目をキラキラさせて子供みたいに喜んでいる。それを見て笑みが零れる。
引っ張られて起こされてクスクスと笑う。
「早く行こう!」
「待って。ディノは?」
ディノは、隣でまだ寝ていた。
「昨日は譲ってやった。今日は俺だ」
「え?」
「昨日……俺、起きてた」
昨日のディノとの会話を聞かれていたらしいと思うと恥ずかしい。
「俺の事、好きなんだろ?」
ニヤリと笑うエルドに咳払いをして誤魔化した。
「用意をするから待っていて」
コクコクと頷いて嬉しそうにするエルドがとても可愛らしかった。
◆◇◆
誰も本物のエルドだと思う人はいないと思うけれど、念の為にエルドの髪を縛って帽子を被せた。
伊達眼鏡も掛けさせれば、エルドを知っている人でも一瞬ではわからないと思う。
家から外に出て街に入れば、いつもより人が多かった。
「エルド、はぐれないで」
「それならこうしよう!」
手を握られてドキリとした。ニカッと笑う顔が私の胸を苦しくさせる。
本来なら二度と見れないと思っていた笑顔だ。この手の温もりを味わう事もできないと思っていた。
幻だとわかっていても、泣き出してしまいそうでそれを我慢した。
「リンゼイ? どうした?」
「いや……なんでもないよ……」
誤魔化すように笑えば、エルドは気付くことなく微笑んだ。
「行こう!」
グイッと強引に引っ張られれば、エルドらしい気がした。
◆◇◆
そのチョコレートは、一口サイズだった。チラシの一面だったので、もっと大きいかと思っていたが違うようだ。
エルドは、紙袋に数個入ったそれを買うと、食べずに私に差し出してきた。
「バレンタインだろ? お前にやる」
「私に……?」
まさかこの為にここに来ようと言ってくれていたのかと思い、感激する。
「ほら、食べてみろよ」
手でチョコレートを一つ出すと、私の口の前へ持ってくる。少し緊張しながらそれを口の中に入れれば、パチンッと音を立てて弾けると、あっという間に溶けて口の中に広がる。チョコレートの甘い香りが鼻に抜ける。
思わず口元に手を当てて、目を見開いた。
普通のチョコレートではないらしい。
「ははっ。そのびっくりした顔、最高。面白いな」
少しばかりムッとして、エルドにも同じようにチョコレートを差し出した。
「エルドも食べてみればいい」
「俺は食べても平気だ」
エルドは、ニヤリと笑ってチョコレートをパクリと食べる。最初は余裕そうだったエルドも、パチンッと口の中でチョコレートが弾けた瞬間に、目を見開いて一時停止した。
それを見たら笑いが堪えきれなかった。
「ふはっ。同じじゃないか」
「うるさい!」
照れくさそうにしながらツンとそっぽを向いたエルドが可愛くて、微笑む事が止められない。
ふざけ合った毎日が思い出されて胸の奥が温かくなる。
「リンゼイ、向こうも見てみよう!」
そう言って手を引くエルドの手を握り返した。
◆◇◆
家に戻ってきて、仁王立ちのディノに出迎えられた。
「俺を置いていくなんて、いい度胸してるよな?」
「ディノは寝てただろ? リンゼイとのデートの邪魔だからな」
「デートだと!?」
「ディノがこわ~い」
詰め寄るディノに、エルドは私の背後に隠れた。
「リンゼイの後ろに隠れんな!」
「リンゼイ助けて~」
私を間に挟んで何をしているのか……。
「ま、まぁまぁ……」
ディノを宥めようとすれば、キッと睨まれた。
「リンゼイは、エルドに甘い!」
「そうは言っても……エルドはディノだし……」
「俺はどうでもいいのか!」
「そんな事ない!」
どちらかを構うとどちらかが拗ねる……。
エルドが、ディノにお土産だと言ってチョコレートを差し出せば、少し怒りが収まったのでやはり似たもの同士だと思った。
ディノがそれを食べて、チョコレートにびっくりした顔が、エルドとそっくりで笑ってしまった。
◆◇◆
前日と同じようにベッドに入った。
エルドが私を見て嬉しそうに笑った。
「リンゼイ、今日、楽しかったな」
「そうだね」
エルドとディノ……やっぱり中身は同じエルドだ。
「俺はつまらない」
今度はディノの方を向く。
「ディノは今度一緒に行こう」
「約束だからな」
ディノに微笑めば、ディノも微笑み返してくれる。
「なぁ、キスしていいか?」
エルドがなんてことのないように言った。
ギョッとした後に、顔が熱くなった。
「だめ?」
「だめに決まってんだろ!」
ディノが半身を起こしてエルドに怒れば、エルドも半身を起こした。
「減るもんじゃないだろ。むしろ増える」
「意味わかんないぞ!」
「リンゼイのキスの回数が増える」
「当たり前の事言うな!」
私の上で言い合いを始めてしまった。私も二人を宥めようと苦笑いしながら半身を起こす。
「それと、俺とリンゼイの……思い出が増える……」
「思い出ってお前……」
ディノの勢いが少し無くなった。
「ディノは、これからもリンゼイとずっと一緒だろ? 俺はそうじゃない……」
エルドのふざけた様子も無くなって、いつの間にか、お互いに真剣な顔を向けていた。
「そういう問題じゃないだろ……」
「俺は、リンゼイが好きだ。でも、ディノが羨ましい……リンゼイと風呂に入って同じベッドで寝てたんだろ? 今の俺じゃ、片想いだ……」
「でも、お前は俺で──」
「違うだろ! 俺はディノとして生活した記憶はない! ディノはエルドであっても、俺はディノじゃない!」
ディノは、何も言葉を返せなかった。私とディノからすれば同じ人物でも、エルドからしたらディノは別人だという事だ。
ディノとしての記憶がなければ、全く顔の違う自分だと言われてもそう簡単に納得できないのだろう。
切なく見つめられて、胸が苦しくなる。
「リンゼイ……俺にはリンゼイだけだよ。でも、リンゼイにはディノがいる。それで……俺はこのまま消えるのか?」
エルドの顔が段々と近付く。ディノは止めようとせずに視線を逸らした。
「エルド、ねぇ、待って」
キスを求めようとするエルドの頬を両手で包み込んだ。
ここにいるのは、あの頃の寂しがり屋のエルドだけれど──。
「私は、今のエルドもディノも同じ人だと思う。愛してる。でも、君が言ったように、エルドとディノが別人なら、ディノにはエルドも別人かもしれない……それでは、ディノが悲しむんじゃないか? それは嫌なんだ──」
「リンゼイ……」
真っ直ぐ見つめれば、赤い瞳が潤んで揺れる。
私の胸は正直で、エルドを傷付けたくないのだと叫ぶように痛む。
エルドもディノも傷付けたくない……。
「俺らは、自分自身に嫉妬してるのか……変な話だよな……」
エルドが自嘲するようにクスリと笑う。エルドの手が私の頬を優しくなでる。
「──でも、俺はもうすぐ消えるから、キスだけは許して……」
エルドの言葉に一瞬何も考えられなかった。
「エルド、消えるって……んっ……」
話の途中でそっと寄せられた唇の感触は、懐かしさと辛さを一緒に運んできた。甘くて……苦しい……胸の奧が熱くて……痛い──。
「最後に、わがまま言ってごめんな……」
ハニカミながら優しく笑うエルドを見て、熱かった胸の奥が昼間食べたチョコレートのように弾けた気がした。
ズキズキと痛むのに、とても愛おしくて、切ない──。
言いようのない想いが泉のように涙と一緒に溢れてくる。
優しく抱きしめられて、抱きしめ返した。
「エルド、愛してる。愛してるよ──ずっと──」
今ここにいるエルドも、ディノになったエルドも、この命がある限り、想い続ける事をやめない。
「はは……知ってる……」
「知ってても……何度も言うから──」
エルドは、涙を溜めながら嬉しそうにニカっと笑った。
この時、抱きしめられた感触を絶対に忘れないと思った。
「リンゼイ、ありがとう。俺も……死ぬほど愛してる……──」
その刹那──抱きしめていた感触が一気に無くなった。自分の腕にいたはずのエルドは、跡形もなく消えた。
「っ……!」
襲ってきたのは、エルドが死んだ時のような苦しいほどの喪失感。
もう二度と見れないと思っていた笑顔のエルドを見た。抱きしめていた感触が手や腕に残っている。
エルドは、二度も私を置いていった──。
「エルド……っ!」
ディノが隣にいるのに涙が止められなかった。
「ごめん……っ! ごめん、ディノ……!」
泣くことしかできない自分が嫌だった。
ディノは、俺を覗き込むように見ると、潤んだ瞳で微笑んだ。
「……──リンゼイ、俺、今の記憶が上書きされたみたいだ……。なんでだろう……確かに記憶に残ってる。本当に俺とお前の思い出が増えたな。チョコレート……お前に渡せてよかったよ」
ディノにエルドと同じように優しく抱きしめられた。
絶対に忘れないと思った感触と同じだった。
もう二度と離れないようにキツく抱きしめれば、ディノも同じように抱きしめてくれる。
「さっきの俺はここにいる。言ったろ? 死ぬほど愛してるって……──」
◆◇◆
朝起きて隣に眠っている人物を見て幸せだった。
長い水色の髪が、顔にかかっていた。
「エルド……」
そっと名前を呼んでその髪を手で梳くう。髪に口付ければ、胸がキュンと鳴った。
楽しいことも苦しい事も、思い出として自分の中に虹のように色づいて、色んな形をして残っている。
「愛してる……」
何度だって言う。そう約束した。
「俺も……」
急に聞こえた声と同時に目を開けたディノの翠の瞳と目が合った。
「起きてたんだ……」
「起きたんだよ。お前、そんなキャラだったっけ?」
少し照れ臭そうに、それでいて嬉しそうにするディノに自然と微笑んでしまう。
「キスでもしとくか?」
楽しそうに言ったディノに顔を赤くした。
「揶揄うなよ……」
「違う。可愛がってるんだろ」
微笑み合いながらキスを交わせば、それすらも愛おしい思い出の一部になった。
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感想ありがとうございます!
まずは、全て読んで頂けた事に感謝です(*^^*)
ギャク的な(あの二人はずっとあんな感じでいて欲しいw)ものもありますが、比較的幸せなバレンタインだったと思います。
リンゼイが過去と未来を選べるとしたらどうするか……という究極の選択をさせました。本編であんなにも過去のエルドに拘っていたリンゼイは、ディノとの暮らしの中で、無意識にディノとの未来を選べるようになりました。
ディノは、リンゼイがエルドに迫られた時、リンゼイが断るとは思っていませんでした。自分が選ばれた時のディノの気持ちは計り知れません。エルドも、自分が消える前に、どうしても愛を伝えたかったんでしょうね。
この先リンゼイとディノは、思い出いっぱいで幸せに暮らしていると思います♡
そして、新キャラ!気付いてもらえて嬉しいです!
あの三人は、今後更新予定の作品の中の登場人物です。忘れた頃に更新予定なので「あの時の!」と思ってもらえたらいいなと思って出しました♡
好きだと言ってもらえて嬉しいです♡楽しんでもらえて良かったです!ありがとうございます♡
退会済ユーザのコメントです
感想ありがとうございます!
私事なのですが、子供の事、本当にありがとうございます!
「みぃちゃん」の場面が好きだと教えてもらい嬉しいです。
そして、N様とるいくんがめちゃくちゃ可愛いです♡(๑˃̵ᴗ˂̵)
N様が痛がっているのに、ほっこりして笑ってしまいました。
近嗣が美羽に秒で返事をしたように、るいくんの秒噛みにも愛がこもっているはずです♡w
るいくんの愛の痛みに耐えながらの応援嬉しいです!
とても元気が出ました!本当にありがとうございます!
感想ありがとうございます!
お詫びだなんてそんな……!
読んで感想を頂けるだけで有り難い事なので、どうぞ気にせずにお願いします♡
子供の事、ありがとうございます!
大学受験の時、滅多にない経験をされて大変でしたね(><)結果的に娘さんが楽しい学校生活を送れた事が何よりです!
これから書類の整理をしたり、入学準備とまだ少し忙しいかと思いますが、時間がある時には、小説も頑張りたいです!
身代わりも筆が進まなくても、最後まで書くつもりです。あまりお待たせしないようにしたいですが、キリンさんになったつもりで待って頂けたら嬉しいです!
作品を大好きだと言ってもらえて本当に嬉しいです!読んで頂ける事に感謝します。電車うさぎ様もお身体を大切にして下さい。本当にありがとうございます♡