大魔法使いは二度目の人生を〝普通〟に楽しみたい

おみなしづき

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入学後

 寮の部屋から出ようとすると、メルフィスが声を掛けてきた。

「ディノ? 夜は外出禁止だぞ?」
「すぐに戻りますから」
「あ! おい!」
「すみません!」

 このままじゃいられなかった。
 マベルの部屋の前で深呼吸する。
 ノックをすれば「どうぞ」と返事があった。
 ガチャリとドアを開ければ、マベルはニコニコとして紅茶を飲んでいた。

「やはり来ましたね。お茶飲みますか?」
「いりません……。僕が来ると知っていたみたいですね……」
「ええ。あなたがここに来るように煽ったつもりです。お茶を飲みながら待っていました」

 お見通しって事ね……。
 全部マベルの手のひらの上か。
 俺って単純だ……。

「ディノ・バスカルディ。君はエルドで間違いなさそうです」

 ニコニコとしたまま確定された。

「なぜですか?」
「一つ、見習いなのにあの魔石を知っていた。一つ、僕と話そうとここに来た。一つ、リンゼイと親しい間柄である」

 そんな風に言われると言い返せなくなりそうだ。

「リンゼイ先生とは親しくありません」
「それなら、僕がこれから言う事も関係ありませんよね? リンゼイは今どこにいると思いますか?」
「は……? どこって部屋じゃないんですか?」

 マベルは、寝室のドアを指差した。
 嫌な汗が背中を伝う。

「そこにいると言ったらどうしますか?」
「そんなの……」

 あり得ないと言えるのか?

「信じなくていいですよ。親しくないんでしょう?」

 リンゼイとは連絡も取れなくて話せていない。
 弱みを握られていたら、従わせる事も可能かもしれない。
 マベルならやりかねない。

「僕はこれから親しくさせてもらいますよ」

 マベルの余裕そうな顔にチッと舌打ちをする。

「リンゼイを──返してもらう!」

 駆け出して急いで寝室のドアを開けて中に入った。
 その瞬間に足元からバチッとした感覚がして眉を顰めた。

 これは……っ!

 身に覚えがありすぎる!
 俺の魔力を奪った魔法陣だ!

 魔力の減って行く感覚にガクッと膝をつく。

「あーあ。足元は確認しなきゃ。相変わらず、リンゼイの事になると必死ですね」
「これは……お前が考えた魔法陣なのか……?」

 言いながら寝室の中を確認して誰もいなくてホッとする。
 こいつ……平気で嘘つきやがって……。

「ええ。ルーベンス様の臣下に頼まれまして、数年かけて作ったんですよ」
「マベル……お前もすごい魔法使いだったんだな……」
「その発言は頭にきます。これでも一応四つ星です」

 マベルでも怒ることってあるのかなんて呑気に考えてしまった。
 俺にとって魔法使いはみんな似たようなものだ。リンゼイ以外は──。

「あの場にお前もいたって事か……?」
「いいえ。僕は魔法陣を作っただけ。何に使うかは知らされていませんでした」
「よく言う……」
「本当です。雇われ魔法使いは大変なんですよ」

 わざとらしく肩をすくめる仕草をするマベルを見つめながら、そっと魔法陣の外に出ようとするもバチッと弾かれた。
 この魔法陣は、無理やり出ようとすると反動が来る。
 体の中で魔力を循環して魔法陣が吸収しようとする魔力を逃して、最小限にするしかない。

「それじゃあ、エルドを従わせようとしたのはルーベンスの臣下で間違いないんだな……?」
「ええ。ルーベンス様はエルドに心酔してますからね。誰にも従わないエルドをルーベンス様に献上したかったのでしょう」

 くだらない。
 エルドは、リンゼイ以外に優しくした覚えはない。エルドのどこがいいのかわからない。

「ルーベンス様がエルドが生きていると知ったら──面白い事になりそうですね」

 俺からしたら全然面白くない。
 マベルの口ぶりではルーベンスはまだディノがエルドだと知らないらしい。

「ルーベンスには黙ってろよ……」

 返事をせずにクスクス笑われる。弱みを握られた気分だ。

「この魔法陣では、あなたの魔力を奪い尽くすのに時間が掛かりそうですね」
「そうだな……今もまだ8割程度残ってる」
「化け物ですね……」

 さすがに引きつった笑いをするマベルに笑って見せる。

「それで……お前の目的は?」
「一言で言えば……エルドの悔しがる姿が見たいんです。僕はエルドが大嫌いですから──」

 こいつ堂々と人のこと嫌いって言いやがって。
 エルドは嫌われ者だけれど、直接言われたのは久しぶりだな。

「リンゼイを独り占めして、勝手に死んで……彼に一生消えない傷を作った……」

 マベルが視線を下に落とした。少しだけマベルの本音が見えた気がした。

「お前……リンゼイの事……」

 視線を上げたマベルは、いつものマベルだった。

「好きですよ。本人は本気だと思ってくれませんがね」

 あっさりと答えてクスクスと笑う姿は、ふざけているようにしか見えない。

「魔力を奪ったところで……俺をどうこうしようなんて無理だ」
「そうでしょうね。でも、動けなくする事はできる」
「どうしてだ……?」
「言ったでしょう? 嫌いなんです。目の前で好きな人を奪ってあげたいんです」

 こいつ……何を言って……?

 そこで、ドアの叩く音が部屋に響く。

「ちょうど来たようです」

 マベルがドアを開けて招き入れたのはリンゼイだった。

「リンゼイ!?」

 こんな姿をもう一度見せる事になるなんて思っていなかった。
 リンゼイは、俺を見てくしゃりと顔を歪めると、悲痛な表情で駆け寄ろうとした。

「来るなっ!」

 あの時と同じで胸が張り裂けそうだ。
 マベルは、手を伸ばそうとしたリンゼイを抱きつく形で押さえ込む。

「ダメですよ。リンゼイも巻き込まれてしまいます」
「なんでこんな事をするんだ! 私が来れば、ディノには何もしないって言っただろう!」

 交換条件でも出されたのか。

「リンゼイが僕と会ってくれなかったからですよ。逃げ回っていたくせに、ディノの為なら僕とも会ってくれるんですね。妬けるなぁ~」

 連絡がつかなかったのは、部屋に戻っていなかったからか。
 マベルから逃げていたのなら、俺と接触しなかったのも納得できる。
 俺はマベルの思惑に嵌って、余計な事をしてしまったのか……。
 リンゼイは、俺のためにここに来たのか──嬉しいと思うのと同時に、来ないで欲しかったとも思う。

 そこでマベルは思いついたという風にリンゼイに声を掛けた。

「ディノってエルドだったんですね。リンゼイは知っていましたか?」

 俺を見つめるリンゼイの瞳には変化がなかった。
 やっぱり──知っていたんだ。
 リンゼイに心配かけないように笑って見せる。

「こんなの俺に取ったら朝飯前だ」
「エルド……」

 リンゼイからそう呼ばれるのが好きだった。

「──ディノだ。俺はディノ・バスカルディ──お前の側にいるために普通の魔法使いになるんだ」
「ディノッ!」

 でも俺は、リンゼイからディノって呼ばれる事がもっと好きだ。
 こんなにも胸がいっぱいになる。
 泣き出しそうなリンゼイの側に行きたい。
 かと言ってどうしたものか。
 魔法を使ったら爆発する。絶対に魔法を使うわけにはいかない。
 5割程度まで魔力を奪われてしまっている。

「リンゼイ。ディノを助けたいですか? この間の続きをしてくれたら、出してあげてもいいですよ。あなたからキスして下さい」

 こいつ……好きな人を奪うって……そういう事かよ……!
 悪趣味なやつ! どうにかしなきゃ!

 これは、魔力を込めなくても発動する特殊魔法陣。
 魔法陣から発動条件を読み取れ。
 ──足を踏み入れた者を閉じ込めて、魔力がなくなるまで吸い尽くす。
 それ以外に読み取れない。なんてタチの悪い……性格の悪さが魔法陣にも出ている。

 魔力が無くなれば動けなくなる。
 その前にどうにか魔法陣を消して無効化するしかない。

 考え込んでいれば、リンゼイがマベルにキスしようとする光景が目に飛び込んでくる。思わず「やめろ!」と叫んでいた。
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