腹黒執事はご主人様を手に入れたい

おみなしづき

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嫌いな女

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「煌麻様、起きて下さい」

 煌麻様を揺り起こせば、私を見てボッと顔を赤くする。
 昨日のキスを思い出したのだろう。
 なんて可愛らしい。
 キスだけでこんな反応をされると、それ以上はどうなるのか楽しみになる。

「……起きている」

 恥ずかしさを誤魔化すようにそんな悪態をつく。

「ベッドから起きて下さい」

 ニッコリと笑って告げれば、少しむくれた。
 いつも通りの私が気に入らないという所だろう。
 わかりやすいお方だ。

「煌麻様は子供の頃から本当にお可愛らしいお方です。では、朝から特別なご奉仕を──」

 煌麻様は、ガバッと布団から飛び起きた。
 何を想像したのやら──。

「もう起きた……」

 真っ赤になる煌麻様に笑いを堪えるのが大変だ。

「おはようございます、煌麻様」
「おはよぅ……」

 いつもの習慣であるキスをチュッと頬にしてあげてもむくれたままだった。

「煌麻様? 何かご不満が?」
「キスだ……」
「キスがご不満ですか?」

 唇荒れてたかな?

「く……口にしろ……」

 視線を逸らしながら呟かれた。

「頬だと……前と変わらないじゃないか……」

 …………プツンッ!

 思わず両頬を包み込んで唇を塞いでその口内を味わう。二人の唾液が混ざり合って、煌麻様の口の端からツーッと一筋落ちる。
 息が上がるほどのキスをして唇を離したら、煌麻様はポーッとした顔で私を見つめてくる。

「……どうでしたか? ご満足頂けましたか?」

 我を忘れて貪ってしまった。
 口の端をそっと親指で拭った。

「もっと……したい……」

 朝からなんて誘い文句を……。

「煌麻様、これ以上は朝では時間がございません」
「そ、そうだな……」

 大人しく従ってくれた煌麻様が尊い。

 学園へ行く用意をしながら、今日の予定を確認する。

「煌麻様、今日は聖蘭せいらん様がお会い来られる日です」
「わかった……」

 聖蘭は、家同士が決めた煌麻様の婚約者だ。
 煌麻様が大学を卒業したら籍を入れるらしい。
 煌麻様は、私の様子を窺うように見てくるけれど、私はにっこりと微笑むだけ。
 婚約は家の問題であり、煌麻様がどうこうできるわけではないからだ。

「崇臣……その……」
「煌麻様は、気にする必要はありません。聖蘭様とご結婚なされても、私を雇って下さいね」

 煌麻様は、くしゃりと顔を歪めた。
 どんな顔も可愛らしい。こんな顔をする煌麻様も好きだな。

「……もういい!」

 何に怒っているのかはわかる。
 煌麻様が結婚する事に対して、私が気にしている様子がないからだろう。

 そんなの──平気なわけないでしょう。

     ◆◇◆

 宮園みやぞの聖蘭は、煌麻様が帰ってくる前に天野宮邸にやってきた。
 黒髪のストレートをなびかせて、上品な服に身を包んでいる。いかにもお嬢様という感じがする。見た目だけは。
 煌麻様より年上の大学生だが、年齢の釣り合う分家の修也よりも、本家の煌麻様がいいと宮園家が強く希望して、婚約者として決まってしまった。
 こうやって月に一度、様子見程度に会っている。

「聖蘭様、いらっしゃいませ」
「崇臣、煌麻さんはどこかしら?」

 お前はまだ私の主人ではない。気安く呼ぶな。

「まだお帰りではございません」
「なら、待たせてね」
「はい。こちらへどうぞ」

 客室に案内して、椅子に座らせた。
 紅茶を入れて、お菓子を用意する。

 りんごのコンポートは、りんごを砂糖で煮たもので、りんごの酸味と砂糖の甘みが煌麻様の好きな食べ物だ。
 それらをそっと差し出す。

「あら。ありがと」

 椅子に踏ん反り返って足を組み、スマートフォンに目を落として指先でいじる。
 こんな態度を煌麻様の前ではしない。だからって、私の前でこんな態度をする事が嫌だというわけではない。

 聖蘭がいじっていたスマートフォンが着信を告げた。
 指で画面を押して耳に当てると話し出す。

「ひろくん? ──うん。いつものお店で待ってるね。──ふふっ。私も楽しみだわ」

 ひとしきり笑顔で話し終えると、紅茶を飲む。
 こんなのはいつもの事だった。
 私の知っている限りでは、今の男で7人目かな。

 今の男はホストであり、かなり入れ込んでいる。
 男がホストだと言っても二人の出会いはホストクラブではない。
 履いていた靴のヒールが壊れて困っていた聖蘭を華麗に助けたのがその男だ。それがたまたまホストだった。聖蘭は運命を感じて……なんて、良くある話だ。

「煌麻さんって面白みがないのよね」

 私の前でそんな事をサラリと言うこの女を殴ってやりたい。
 仕事じゃなければ会話もしたくない。
 煌麻様のどこを見ているのか。
 あんなに気高くて、可愛い人はいない。

「結婚したらずっと一緒にいなきゃいけないんだから、今ぐらい自由にしてもいいでしょ?」

 これは、自分への言い訳だろう。
 婚約者がいながら、他の男性と関係を持つ自分を正当化したいんだ。

「私はただの執事です。私からは何もございません」

 の意見はない。
 ニッコリ笑顔で言えば、クスクスと笑う。

「話のわかる執事って好きよ。崇臣はずっとこの家にいるのでしょう? 結婚したら私の味方になってね」
「はい。もちろんでございます──」

 結婚できたならな──。

 今まで、煌麻様の婚約者である聖蘭の事もそれなりに大事にしてきた。
 それも全て、煌麻様が私のものになるという確信がなかったからだ。
 けれど、今は違う。聖蘭の事をどうするかはもう決めた。

 そのうちに、煌麻様が学園から戻ってきた。
 聖蘭の前に座って二人で他愛ない会話をする。
 聖蘭に先ほどまで椅子に踏ん反り返っていた姿はない。
 上品に口元に手を当てて笑い、煌麻様に媚びた視線を送る。

 私はこの女が本当に嫌いだ──。
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