テレワークから始まる大人の恋もある。

みょうじん

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新しい朝と隣人

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ソファーの寝心地はあまり良くない。こんなところで眠ったのは大学生以来だったから、そんな奇妙な懐かしさを感じた。
「ん……」
しかし、身体に染み付いた習慣もあり、朝7時にしっかり目が覚めた。今日もまた仕事だ。なんとか今週を乗り切った、今度の週末はゆっくり身体を休めたいものだ。
とりあえず、朝の準備をしてから朝食を……いや、今日はいいや。残っているシリアルで済ませてしまおう。とりあえず、コーヒーを淹れるべくお湯を沸かし始める。
「……あ」
そのとき、人栄さんがゆっくり寝室のドアを空けて顔をのぞかせ、私とばっちり目が合う。
「おはようございます」
「……おはよう、せーじさん」
彼女はニコリと笑って、肩に羽織った毛布を引きずりながら私のとなりに立つ。その表情はとても穏やかで、少なくとも彼女に訪れていた嵐は去っているようだ。
「コーヒー?」
「はい。飲みますか?」
「うーん、カフェオレなら」
「分かりました。私もたまにはカフェオレにしましょう」
「やった、ありがとう」
「出来るまでテレビでも見ていて下さい」
彼女は、はあいと返事をしてからソファーにぽすっと座り、慣れた手付きでリモコンを操作する。私はその間に冷蔵庫だした牛乳を小さめの鍋に移して弱火で温める。ゆっくりと濃いめに抽出したコーヒーの香りを楽しみつつ、牛乳と一緒に混ぜてから、彼女に話しかける。
「砂糖は?」
「多めだと嬉しいなぁー」
間延びした彼女の声に、了解とだけ返し、砂糖を大さじ二杯入れてたっぷり甘めにする。自分のマグカップといつの間にか増えていた彼女のマグカップに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「わあ、ありがとう」
彼女にマグカップを渡し、床に座ろうとすると、彼女は自分の隣をぽんぽんと叩く。その意図を察し、一瞬迷ったものの、結局その隣に座る。彼女は満足そうに笑いつつ、カフェオレを一口飲む。
「美味しい……」
「よかった」
彼女は少し腰を浮かして、私の真横に移動する。肩と肩、脚と脚が触れ合うような距離感で、少しだけ動揺する。しかし、彼女は何を言うまでもなく、黙ってカフェオレを飲んでいるだけだ。だから、私も何も言わないし、言う必要もないだろう。ただ静かに私達は肩を寄せ合って、苦味と甘味を楽しむ。
結局、朝食も食べずに時間を過ごす。もうすぐ就業時間だが、正直、久しぶりに仕事なんてしたくなかった。しかし、そういうわけにもいかない。
「申し訳ないけれど、そろそろ仕事を開始しないと……」
「あ……うん、そうだよね」
彼女は毛布を手に抱いて立ち上がる。
「私も、家に戻るね」
「うん」
そして玄関まで行くと、彼女は私の方に振り返る。
「また、今日の夜も来ていいかな?」
上目遣いでそんな事を言うと断ることはできない。もっとも、そもそも断ろうなんて思っていないのだけど。
「ええ、もちろん」
「ありがとっ」
彼女は、はにかんで歯を少しだけ見せて笑う。そしてそのまま私を軽くハグする。すっかり彼女の中の距離感はこれくらいになっているのかもしれない。私は心揺らさないようにしながら、それに付き合い軽く背中をポンポンと叩く。
「……うん、これで大丈夫!また今晩ね」
彼女はこつんと私の胸に額を当ててから離れ、玄関ドアの向こうに消えて行く。それを見送って、私は一つため息を突く。
「いったい俺はどうするのがいいのかな」
そんな言葉は空虚に響くだけだ。
「はあ……どうしたものか」
同じことを二度繰り返しても状況は変わらない。三十路の男が二十歳の女性に好意を抱きつつある、のかもしれない。しかし、俺にはその気持ちに自信が持てなかった。学生の頃に抱いたような感情、そして今彼女に抱いている感情。そこには埋めることができるのか分からないほどの乖離があるような気がしてならない。
だからこそ、俺は自分の感情をどうしたらいいか分からず、ただ持て余して閉じ込めることしかできなかった。
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