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 食事が終わり、各々が席を移動し親しい人と歓談している。
私たちも新郎新婦やご親戚と楽しい時を過ごした。どのご親戚も平民の私を見下げたりせずに笑顔で接してくれた。

 夕方になると会場が屋敷の中になるので、移動する前に一息つこうと飲み物のテーブルに向かったのだけど……。
ニコラス様を初めて見た女性陣がお互いをけん制しながらも、我先にアピールしようとニコラス様の周りに壁を作ってしまった。
わかりますよ、美丈夫ですものね。でも集まる女性たちが敵を前にした戦士のように周りを威嚇していて怖いったらない。
もちろん横にくっ付いている私も攻撃の的になるわけで……。
「あなたはどちらのお家かしら?パーティーで見かけたことが無いわ……そう侯爵夫人の侍女なの。ではニコラス様のパートナーもお仕事なのね」
家を聞いてくる辺り、あからさまに感じが悪いけれど、マーガレット様の侍女という立場のお陰か、嫌がらせと言うほどのことはしてこない。
マーガレットさまさまです。ええ、これくらいのお嬢様なら笑顔で対応できますとも。
にっこり笑ってお嬢様のご機嫌を取ろうとした時、ニコラス様が割って入った。
「……誰だか知らないけど君は失礼だな。どっかに行ってくれ。いやいい、僕らが失礼する」
どうやらニコラス様は私とは違う意見だったようで、私の腕を取って会場になっていない庭園の隅へと移動してしまう。
貴族としてはもうちょっと遠回りな嫌味で返した方がスマートだろうが、はっきりと切り捨ててくれた姿にときめいた。
「ニコラス様、私は大丈夫でしたのに……それに女性との交流も大切ですわ」
振り向いたニコラス様は怒りの表情を浮かべ顔を歪めている。
怒っている姿は初めて見た。私がどれほど失礼なことを言ってもそんな顔をしたことは無かったのに。
「僕は許せなかった!クロエは僕のパートナーだ。僕と同等に見て欲しい。それに……」
今度は憂うような表情になり、私の手を両手で包み込んだ。
「クロエはマーガレットに言われたから僕の世話をし始めたって分かってる。でも、今も仕事だから仕方なく僕の隣に居るの?嫌々居るのか?」
包み込んでいる手に力がこもり、切実に願う様に私の返事を待っている。
そんな様子を見ると嘘などつけない。
「……最初はマーガレット様に頼まれたからです」
最初の印象は素っ裸が強烈過ぎて、感情より目の前にある映像の処理が追い付かなかった。
「今は?僕が知りたいのは今の気持ちだ。教えてくれクロエ」
夕日へとうつろい始め、屋敷の中に移動して行く招待客の後ろ姿が小さく見える。
屋敷の中から笑い声やお酒の入った人が歌う出鱈目な歌詞の歌が聞こえて来る。
「……今は、一緒に過ごすのが楽しいです」
「クロエ、もう僕はその答えでは満足できないみたいだ。胸が苦しいよ。クロエに他の女性を薦められると傷つくんだ。はっきりと言って欲しい。僕はクロエが好きだ」
言っていいのだろうか?マーガレット様を裏切る事にはならないの?
「クロエ、お願いだ!」
正解が分からない。はっきりしているのは明日ここを発つという事だ。
私も好きだと伝えて何になるの?未来なんてないのに……。
「クロエ!僕はっ」
「あら、こんな所でどうしたの?」
「メイシーおばさん!どうして毎回っ!」
「なんですか、人をタイミングの悪い幽霊みたいに言わないでちょうだいな」
「幽霊の方がましだ!幽霊なら無視できるのに!」
「幽霊じゃなくて、タイミングの悪い幽霊ですよ。この違いは大きな違いよ。寒くなって来たわ。風邪をひく前に二人とも中に入りましょう」
ニコラス様の熱の籠った言葉に気が付かなかったが、爽やかだった風が、随分と冷たいものになっていた。
「先に行ってくれ。僕はもう少しクロエと話がしたいんだ」
「まぁ!老い先短い老人をエスコートしないつもりなのね!間抜けな旦那が骨折してパートナーのいない寂しい老婦人に一人で会場に入れというなんて、伯爵家で育った先人として恥ずかしく――」
「わーーーーかった。分かったよ!僕が悪かった。マダムお手をどうぞっ!」
大いに投げやりだが、マナーに沿って手を差し出した。
「エスコートしてくれないと、死んだ時に化けて出なくちゃいけないところだったわ。他にも出なくちゃいけないところがあるんだから、私は死んでからも忙しいのよ。クロエはニコラスと反対側でエスコートしてちょうだいな。まぁ、若い二人に挟まれて幸せだわ」
公爵夫人がニコラス様に見えないようにウインクしたので、助けてくれたのだと気が付いた。
「私は死んでもタイミングの悪い幽霊にはなりませんからね。ここぞという時に化けて出る幽霊になるのよ。幽霊のプロフェッショナルと呼ばれて――――」
屋敷に入るまで化けて出るタイミングがいかに重要かの講義を聞いた。

【マーガレット様、公爵夫人はお元気過ぎて私より長生きすると思います】
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