6 / 47
6
しおりを挟む
店を出て、少し寒くなった夜空の下を二人で歩く。
結局、支払いは、ランドルフがいつの間にか済ましていて、金額は分からず仕舞いだった。何かでお礼をしよう。
少し会話が途切れた時だった。
「帰れない理由があるのか?」
帰省の話は、つい最近ジェシカともしたので、言葉に詰まる事もなくスムーズに返事が出来たはずだった。
ランドルフの勘の鋭さを甘く見ていた。
「……隠しているわけではないんです。でも、楽しい話では無いので」
「隠してないなら、言えない話じゃ無いってことだな」
――どうやら、許してくれないらしい。
学校を卒業する半年前、私宛に一通の手紙が届いた。
両親は仕立て屋を営んでいたが、その店舗として借りている建物の持ち主から、卒業後すぐに後妻として嫁いでくるよう書かれていた。
はっきりとは書かれていなかったが、逆らえば、両親が困る事になると読み取れる内容だった。
私と同い年の娘がいる、父親と同世代の男性で、娘とはお互いの家を行き来して遊んだこともあった。
遊びに行った時に父親を見かければ挨拶をしたし、街中ですれ違う時は会釈をした。一度だけ娘も一緒に三人でお茶を頂いたことはあったが、それだけだった。
青天の霹靂でどうすれば家族に迷惑を掛けずにお断りできるのか、十八歳の私には見当もつかず、両親に相談するしかなかった。
両親は「店の事は気にするな。みんなで引っ越せばいい」と言ってくれた。
ほどなく娘に知られ「自分の父親が馬鹿なことをした。申し訳なかった」と謝ってくれた。
後継ぎとして事業を手伝い始めていた娘に、耳打ちしてくれた人がいたそうだ。
責任をもって父親のことを見張ると言ってくれたが、今までの友人関係とは変わってしまった。
確実にしこりは残った。
実家のある田舎は、噂は娯楽というような地域で、好き勝手に尾ひれがついた。
私が誘惑したとか、両親が私を売ろうとしたとか、ひどいものもあった。
腕の良い両親だったから、仕事への影響は一時的ですんだ。
むしろ、タチの悪い噂を流した人の依頼を断って、清々したと言っていたが、家族に大きな心労を掛けたのは事実だった。
家族が落ち着きを取り戻した時に、家を出る決断をした。
両親は最後まで家族で引っ越そうと言ってくれたが、仕事は元通りになり、弟の親友も変わらずに接してくれている。
でも、私がここにいては、噂が下火になっても、完全に消えることは無いだろう。
卒業後に仕事を求めて町を出る人も多いからと説得して、鞄二つを下げて長距離馬車に乗った。
「――と言う事です。所長には面接の時に話しましたが、楽しい話ではないでしょ?」
そっといたわるように、ランドルフに抱きしめられた。
「お前は何にも悪くない」
こちらに引っ越してからは、過去の事だと忘れたふりをして過ごしていたが、第三者から肯定してもらえると、古傷が癒されていく。
心の温かいランドルフは、体も温かかった。
武器を胸と腰に着けたままなのだろう。硬いものが当たっているが、ランドルフの体温で温まっているから、どちらも不快では無い。
「……ありがとうございます。斡旋所の前で男性に待ち伏せされた時、やっぱり自分でも知らない間に誘うような態度をとっているんじゃないかと少し悩みました」
「アホだな。お前」
やっぱりランドルフはランドルフだ。でも「アホ」の響きがいつもより優しい。
気持ちが落ち着いてきて、そろそろ抱きしめられているのが恥ずかしく思えてきたころ、
「――あんのぉ、部屋に入りたいっす。ほんっと申し訳ないんすけど、もうクタクタで」
後方から、よく知った調査員の声が聞こえて来て驚いた。
小さい声で話していたから、内容は聞こえていないだろうが、抱きしめられていたのだから、勘違いをしているかもしれない。
「お、おかえりなさい、コリン。ごめんね、気が付かなくて。その、これは、なんでもなくって、あの」
「お前、気が利かないやつだな」
「なっ!ランドルフ!」
「あー、アリーさん。わかってますんで大丈夫っす。今夜はちょっとやそっとの物音じゃ起きないんで、この後はどーぞご自由にっす」
なんか、勘違いされてないかーーーー!?
バタンと閉まった、コリンの部屋のドアを、口をあんぐり開けて見つめてしまう。
「ぷっ、間抜け面だな」
我に返ったが、返ったけど、返ったけれども!ど、どうしよう。なにも言葉が出てこないまま「寝ろ」と言われ、私のバッグから出した鍵を使い、部屋に放り込まれてしまった。
結局、支払いは、ランドルフがいつの間にか済ましていて、金額は分からず仕舞いだった。何かでお礼をしよう。
少し会話が途切れた時だった。
「帰れない理由があるのか?」
帰省の話は、つい最近ジェシカともしたので、言葉に詰まる事もなくスムーズに返事が出来たはずだった。
ランドルフの勘の鋭さを甘く見ていた。
「……隠しているわけではないんです。でも、楽しい話では無いので」
「隠してないなら、言えない話じゃ無いってことだな」
――どうやら、許してくれないらしい。
学校を卒業する半年前、私宛に一通の手紙が届いた。
両親は仕立て屋を営んでいたが、その店舗として借りている建物の持ち主から、卒業後すぐに後妻として嫁いでくるよう書かれていた。
はっきりとは書かれていなかったが、逆らえば、両親が困る事になると読み取れる内容だった。
私と同い年の娘がいる、父親と同世代の男性で、娘とはお互いの家を行き来して遊んだこともあった。
遊びに行った時に父親を見かければ挨拶をしたし、街中ですれ違う時は会釈をした。一度だけ娘も一緒に三人でお茶を頂いたことはあったが、それだけだった。
青天の霹靂でどうすれば家族に迷惑を掛けずにお断りできるのか、十八歳の私には見当もつかず、両親に相談するしかなかった。
両親は「店の事は気にするな。みんなで引っ越せばいい」と言ってくれた。
ほどなく娘に知られ「自分の父親が馬鹿なことをした。申し訳なかった」と謝ってくれた。
後継ぎとして事業を手伝い始めていた娘に、耳打ちしてくれた人がいたそうだ。
責任をもって父親のことを見張ると言ってくれたが、今までの友人関係とは変わってしまった。
確実にしこりは残った。
実家のある田舎は、噂は娯楽というような地域で、好き勝手に尾ひれがついた。
私が誘惑したとか、両親が私を売ろうとしたとか、ひどいものもあった。
腕の良い両親だったから、仕事への影響は一時的ですんだ。
むしろ、タチの悪い噂を流した人の依頼を断って、清々したと言っていたが、家族に大きな心労を掛けたのは事実だった。
家族が落ち着きを取り戻した時に、家を出る決断をした。
両親は最後まで家族で引っ越そうと言ってくれたが、仕事は元通りになり、弟の親友も変わらずに接してくれている。
でも、私がここにいては、噂が下火になっても、完全に消えることは無いだろう。
卒業後に仕事を求めて町を出る人も多いからと説得して、鞄二つを下げて長距離馬車に乗った。
「――と言う事です。所長には面接の時に話しましたが、楽しい話ではないでしょ?」
そっといたわるように、ランドルフに抱きしめられた。
「お前は何にも悪くない」
こちらに引っ越してからは、過去の事だと忘れたふりをして過ごしていたが、第三者から肯定してもらえると、古傷が癒されていく。
心の温かいランドルフは、体も温かかった。
武器を胸と腰に着けたままなのだろう。硬いものが当たっているが、ランドルフの体温で温まっているから、どちらも不快では無い。
「……ありがとうございます。斡旋所の前で男性に待ち伏せされた時、やっぱり自分でも知らない間に誘うような態度をとっているんじゃないかと少し悩みました」
「アホだな。お前」
やっぱりランドルフはランドルフだ。でも「アホ」の響きがいつもより優しい。
気持ちが落ち着いてきて、そろそろ抱きしめられているのが恥ずかしく思えてきたころ、
「――あんのぉ、部屋に入りたいっす。ほんっと申し訳ないんすけど、もうクタクタで」
後方から、よく知った調査員の声が聞こえて来て驚いた。
小さい声で話していたから、内容は聞こえていないだろうが、抱きしめられていたのだから、勘違いをしているかもしれない。
「お、おかえりなさい、コリン。ごめんね、気が付かなくて。その、これは、なんでもなくって、あの」
「お前、気が利かないやつだな」
「なっ!ランドルフ!」
「あー、アリーさん。わかってますんで大丈夫っす。今夜はちょっとやそっとの物音じゃ起きないんで、この後はどーぞご自由にっす」
なんか、勘違いされてないかーーーー!?
バタンと閉まった、コリンの部屋のドアを、口をあんぐり開けて見つめてしまう。
「ぷっ、間抜け面だな」
我に返ったが、返ったけど、返ったけれども!ど、どうしよう。なにも言葉が出てこないまま「寝ろ」と言われ、私のバッグから出した鍵を使い、部屋に放り込まれてしまった。
0
あなたにおすすめの小説
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。
りつ
恋愛
~身代わり令嬢は強面辺境伯に溺愛される~
行方不明になった伯爵家の娘によく似ていると孤児院から引き取られたマリア。孤独を抱えながら必死に伯爵夫妻の望む子どもを演じる。数年後、ようやく伯爵家での暮らしにも慣れてきた矢先、夫妻の本当の娘であるヒルデが見つかる。自分とは違う天真爛漫な性格をしたヒルデはあっという間に伯爵家に馴染み、マリアの婚約者もヒルデに惹かれてしまう……。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる