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アリーが施錠した音を聞いてから、隣の自分の部屋に入る。

そのまま、真っ暗な玄関にしゃがみこんだ。
くぅーーーっ、抱きしめてしまったぁぁーー!!
温かくて、小さくて、良い香りがして、華奢だがしっかりと女性らしい起伏があった。
体の前面の神経を総動員して、アリーの体をスキャンしていた時に、コリンの邪魔が入った。いや、邪魔をしてくれてよかった。助かった。
勝手に動こうとする腰を、なんとか押しとどめていたが、気付かれなかっただろうか。

だめだ。今動けば俺の服に移ったアリーの香りが鼻腔を刺激するだろう。
間違いなく出る。香りを察知した瞬間に発射する。
おかしい、こんな思春期のガキみたいになるなんてありえない。
いや、思春期でも、性欲くらいコントロール出来ていた。大人になってからは、完璧に支配下に置いた。
任務を完了し、なんとなく高揚した気分になった時、そういう宿屋に行くこともあったが、今からヤルんだから、ぶら下がってないで勃ちやがれ、働きやがれと、仕事を命じる感覚だった。

性欲に左右される奴は精神力が弱いからだと、馬鹿にしていた事もあったのに、今や、脳ミソすら入っていない棒に右往左往させられている。
ありえねーだろ。

つらつらと考えているうちに、ちょっと落ち着いてきた。
とりあえず立ち上がろうと動いた瞬間、アリーの部屋から微かにシャワーの音が聞こえ、瞬時に想像力を働かせた優秀な頭脳と、動いたことで漂った移り香に、なす術もなく中腰のまま白旗を振った。

 風呂から上がり、手洗いした服を見て、己の情けなさにため息が出た。
玄関を汚していないことを確認してから、酒を準備するためにキッチンへ向かった。
明日、林檎を二、三個持って帰ることになりそうだが、今は酒とパンしかない。
食事は外食だし小腹が空けばパンを齧る。日持ち優先のパンだから、水分が少なくて、硬くて味気ないが、腹に溜まれば何でもいい。
酒を片手にアリーの部屋の方を向いて座る。いつもの通り、壁の向こうのアリーをつまみに酒を飲む。

アリー自身は地味だと言っていたが、絹糸のような黒髪に、濡れた黒い大きな瞳、小ぶりな鼻に、小さくて形の良い鮮やかな唇。そのどれもが白い肌に映える。
初めて見たときは心臓が一瞬止まって、脈が何拍か飛んだ。
幼いころ可愛いと思っていた絵本のお姫さんが、現実に飛び出してきたかと思った。

 お気に入りの絵本には、剣もドラゴンも出てこなかった。
繰り返し読んでくれとせがんだ本には、悪い魔女に毒林檎を食べさせられる、黒い髪に赤い唇を持つお姫さんが出て来た。
だが、絵本を何度読んでもらっても、最後にお姫さんを助けるのは王子だった。最初は憧れだった王子が嫌いになった。


 自分が王子タイプじゃない事は百も承知だ。
なら王子が登場する前に、俺がアリーを手に入れてしまえばいいと考えた。
その時は、好きになってもらうことが難しい事だと思わなかった。誘わなくても女の方から勝手に寄って来て纏わりつくのだから。

ところが、自分から好かれようとした事なんて一度もなかった俺は、どうすればいいのかさっぱりわからなかった。
少しでも良い印象を与えようと考えた言葉が、口から出るときには、魔女の魔法にかかったみたいに、アリーをからかう言葉になってしまう。

明らかに挙動不審な俺に、斡旋所の奴らも、おっさん達も、町の人達までニヤニヤ笑う。
最初はムッとしていたが、味方につければちょっとした情報をくれるし、奴らの基準に満たない男は排除してくれる。

今日は、ジェシカから仕入れた情報をもとに、アリーの好物ばかりを注文した。普段は合わない視線が、俺を見ながら柔らかく緩んでいた。
実家にいた頃に、もっと高級な店に連れていかれたこともあるが、今日アリーと食べた物のほうが何倍もうまかった。


 帰りに聞いた話には、怒りで今すぐその男の前にすっ飛んで行きそうになった。
アリーに改善すべき所などない。
アリーの魅力に野郎共が勝手に集まって来て、自分勝手に騒ぎを起こすのだ。

今も、アリーの部屋の物音を拾おうと、耳をそばだてている変態だが、アリーの心を無視して囲い込みたい訳では無い。そいつと違って、アリーを脅すなんてことはしない。
心も体も傷つけないために、いきり立つ下半身を無視して、アリーをドアの中に押し込んだのだから。

 いつか必ず、アリーと一緒にご両親に挨拶に行こう。

 噂好きの田舎なら、ちょっと豪華な結婚式を挙げただけでも大きな噂となるだろう。ふざけた噂を忘れちまうくらい、故郷の人でなしどもに見せつけてやろう。

新たな決意と共に、静かになったアリーの部屋に向かってグラスを挙げた。
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