【完】白雪姫は魔女の手のひらの上で踊る

三月ねね

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 ランドルフのいない午後、練習テーマは『微笑ほほえみ』だった。
ステップは大丈夫と言ってもらえたけど、何度も踊って来た貴族令嬢と違い勝手に足が動くわけではない。間違わないように頭の中で次の動きを考えながら踊るので、ついつい真剣な顔になってしまう。
「腕はマクブラウン卿にお任せすれば下がることは無いでしょう。問題は表情が硬い事ですねぇ」
余裕のなさが顔に出てしまうのだ。
意識して微笑んでいても、途中からついつい足に気を取られ表情の事を忘れてしまう。
何度も踊って足が勝手に動くようになれば、笑顔を意識する余裕も出て来るのだろうが、付け焼刃ではどうにもならない。
「微笑もマクブラウン卿にお任せしましょうか」
驚く発言をされてしまった。
さすがに、私の顔の管理までお任せできないと言ったら
「パートナーを楽しませるのもマナーですよ」
と笑顔で一蹴されてしまった。
この講師は豪胆な女性だわ。

午後はステップに慣れるために繰り返し踊り、出来るだけ笑顔を心掛けた。
「良い靴ですね。安いものだと豆が潰れてますよ」
この靴もマーガレットが準備してくれたものだろう。かなり踊ったので足は疲れるが、豆が出来ることもなく、靴擦れもしなかった。
マーガレットは些細なことにまで気を配ってくれている。個性が強いのでそちらばかりに意識が向いてしまうが、優しい人なんだよね。
分かりにくい優しさはランドルフと似ている。

 講師にお礼を言って、メイドに案内されながら部屋へ戻る。
いつまで経っても一人で部屋に戻れそうにない。広すぎるし、入り組んでいる。なにより目印が少なすぎる。
同じような壁紙に同じような扉をいくつも過ぎ、疲れた足を誤魔化しながら階段を上り、やっと着いた部屋にホッとする。
今日も部屋食と聞いて、シャワーを浴びて楽な服に着替える。
スキンケアをしようと寝室に入り、ランドルフがバスローブのままベッドで眠っていることに初めて気が付いた。
いつからいたのだろう。
そういえばバスルームが湿っていた。私より早く帰って来ていたのか。
ローズウォーターを付けながら、ランドルフを観察する。
目の下にうっすらと隈が出来ている。
ダンスで運動量の増えた私は、倒れ込むように寝てしまうが、もしかするとランドルフは他人が一緒だと眠れないタイプなのかもしれない。
バスローブから覗く、盛り上がった胸筋を見つめてしまい、痴女かと自分に突っ込みを入れる。
あの胸に多くの女性達が抱かれたのだと思うと、心がキリキリと絞られる。
お姉さま方の顔や、黒く塗りつぶされた顔の女性達が浮かんでは消えていく。
流れる髪やひらひらしたドレスが舞う。
横たわるランドルフにしなだれかかる女性の影が見えた気がして、固く瞼をつむった。

 好きだとバレないように、嫉妬を表に出してはいけない。
これからも今までと同じように、口喧嘩をしながら一緒に働いていくしかない。
ランドルフを見ないようにそっと掛け布団をかぶせ、沈んだ気持ちのまま居室に戻り、一人夕食を取る。
目にも舌にも美味しかった料理が、今日は何の味もしなかった。
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