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 フッと意識が浮上し「しまった」と飛び起きた。
月が窓から見えない高さまで昇っている。
街から帰ってきて、シャワーを浴びたとたん、睡魔が一気に襲い掛かって来た。
普段は数日間の徹夜くらい平気だが、何度も欲を吐き出し、今までにない高い快感を得たので、思ったより体が疲れていたのだろう。
姉の千里眼には戦慄したが、上々の買い物が出来た事に安堵して、五分だけ横になるつもりだったのに、まさか夜まで眠ってしまうとは。
アリーを迎えに行きそびれてしまった。
 
隣りにアリーがいないと起きた瞬間わかった。
寂しいのだ。心が。
欠けてしまったピースを探すように、居室へ向かう。
ソファーで眠るアリーが柔らかい月明りに照らされている。
形の良い額にそっと触れる。
触れておかないと消えてしまいそうだった。
この子は俺のだ。誰にも渡さない。

 小さなアリーはソファーでも余裕があるが、俺はアリーがいないベッドへ戻りたくない。
そっとそっとゆっくりゆっくりと心の中で唱えながら抱きあげる。
自分の腕の中に収めたことで、やっと焦燥感が静まる。
広いベッドで離れてしまわないように、アリーの足に自分の足を絡めた。

アリーの規則正しい吐息を感じられることが嬉しい。こんなに近くにいる。
アリーの呼吸に合わせると、また睡魔がやって来た。
朝まで、アリーと同じテンポで呼吸したいと願いながら、足を絡め直し目を閉じた。


 鳥の鳴き声で眠りから目覚めた。
アリーと同じタイミングで吐いた息に気を良くして、眠るアリーを堪能する。

アリーの瞼が小さく動く。フルフルと睫毛が震え、潤んだ瞳でぼんやりと俺を見る。
今日のアリーが初めて見たものは俺の顔だぞと口角が上がる。
「はよ」
小さく告げると、意識のはっきりしたアリーが目をそらしながら
「おはようございます」
同じぐらい小さく返してきた。
ピンクの頬がおいしそうだ。
覚えさせるように、溶け込ませるように、ゆっくりと腰を動かす。
しかし、動かし始めたや否や顔を伏せられてしまった。
昨日と同じように「嫌か?」と聞くと
昨日と同じく「嫌とかじゃ無くて」と返って来る。

素晴らしい。
大変素晴らしい。
嫌じゃないんだと。
昨日も思ったが、嫌いな相手のモノが擦り付けられたら、突き飛ばすだろう?
期待と自信がぐんぐん上がる。
「なら、俺のこれが好きなのか?ん?」
調子に乗って思わずからかってしまうと、瞬時に伏せていた顔を上げ叫んだから驚いた。
「昨日、ランドルフとは違うって言いましたよねっ!」
こんな風に傷ついた目を向けられるとは思ってもみなかった。
「……」
なんと言ったらいいのか、言葉が出てこない。
「違うって、慣れてないって……うっ……ひっく、い、言いました」
泣き出してしまったアリーを見て、頭が真っ白になる。
昨日と同じように少しからかうだけのつもりだったのに。

どうしたらいいのか分からない。
離れようともがくアリーを引き寄せることも放してやることも出来ず、ただ華奢な背中を擦る。
謝罪の言葉が何度も出かかるが、何について謝ればいい?
普通なら擦り付けた事を謝るべきだろうが、昨日はここまでの反応じゃなかった。
昨日も泣き出したいほど嫌だったのか?あり得るが、アリーは嫌ならはっきりと言う。
そうは言っても、今朝の行動すべてが犯罪と変態臭がするので、すべてを謝るべきか?
どうなんだ。どうするべきだ。動揺してしまって冷静に考えられない。
悩んでいるうちに、アリーの涙が止まって来た。
俺が泣かせてしまった。
俺も泣きそうだ。
「アリー、分かんねぇ。泣かせてしまった理由を教えてくれ。教えてくれないと謝ることもできない」
「うぅ……ひっく、ち、違うの。私が、勝手に、思い出して……ごめんなさい……」
「何を思い出したんだ?教えて欲しい。俺の悪戯が過ぎたのか?ん?違うのか……じゃあ、なぜだ?アリーが悲しむことを知っておきたいんだ。ダメか?ん?」
「……これは、じ、自分の気持ちの問題なの」
これ以上はいくら聞いても拒否されるだろう――

 気まずい雰囲気のまま、最後のダンス練習が始まった。
沈んだ空気に講師が困った顔をしていたが、どうにもならない。
昼食直前になり姉が来た。
無表情で踊る俺達を見て
「ランドルフ、書斎へ」
言い放ち出て行った。

先に昼食を食べておくよう告げ、マーガレットの書斎へ向う。
俺達のぎこちない雰囲気を姉が見逃すはずがない。あー気が重い。

書斎に入って直ぐに両手を挙げる。
「何も言わないでくれ」
「……そう」
俺から視線をそらさないまま、扇子でテーブルを指す。
綺麗にラッピングされた箱が置かれている。
「届いたのか……」
午後にでも、これを渡して好きだと伝えるつもりだった。
昨日の前向きだった心はきれいさっぱり消え去っていた。
振られたって何度でもアタックすればいいと考えていたが、ちょっと壁を感じただけで、こんなに落ち込むんだから、振られる度に寝込みそうだ。
ソファーに座り水色の箱をぼんやりと見る。
とてもじゃないが、告白できる空気ではない。

 マーガレットの視線を感じていたが、どうでもいい。
「こんなにも無防備な様子は子供のころ以来ね」
子供のころだって、マーガレットの前ではもう少し心の武装をしていたさ。
「ふふっ、面白いものを見せてもらったわ。アリーに感謝ね」
うるさい。しゃべるな。
出て行きたいが、立ち上がる事さえ億劫だ。
「夕方には父達が到着するわ」
面倒な人間が増えると聞いて眩暈がしてきた。
これ以上ここに居たらもっと気分が悪くなる。
箱をつかみ、振り返ることなく書斎を後にした。
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