上 下
25 / 47

25

しおりを挟む
 巨大なダンスホールを出て、姉の書斎へ向う。
昨夜、アリーをベッドへ運んだあと、事件の事を呟かれた時は、思わず小さな頭を撫でる手が止まってしまった。
姉の嘘だったと告げるべきだ。
だが、なぜそんな芝居をする必要があったのかと聞かれると返事に困ってしまう。
ごまかそうと思えばいくらでもごまかせる。姉の誕生日に出てこない俺を引きずり出すためだと言えば、あっさりと信じてくれるだろう。
しかし、それは嘘だ。嘘を打ち明けるために、また新たな嘘をつきたくない。

アリーに好きだと告白してしまえばいい。
これは、俺がアリーに告白できるよう仕組まれた馬鹿げたお節介で、脅迫状も犯人も嘘だから二人で楽しもうと。

立ち止まって、壁に頭をぶつける。
「言えねー」
いや、言うんだよ。がんばれ俺。
前から来ていたメイドが足を止めて、急いで引き返していく。
奇行を姉に報告されるのだろう。
また一人誰かが引き返して行ったが、知ったこちゃねぇ。一人も二人も一緒だ。

 壁に頭を預けたまま、昨夜のアリーも可愛かったと回想する。
寝入ってしまったアリーを引き寄せると、足が冷たくて驚く。
「冷え性なのか」
足を絡め俺の熱を分け与える。
もちろん下半身はピッタリとつける。
認めよう、ザ・変態だ!
そうだ俺は変態だ。
幸せな変態だっ!
懲りない相棒が、ほのかに下着を湿らせながらガチガチになってビクビクと暴れてるが、自分の手で処理しようとは思わなかった。
こうやって、アリーの横に居ることが幸せだった。今のこの時を壊したくない。
夜のうちのどこかで、昨日の体の快感とはまた違う、心の快感を感じた。
また、ハイテンションになっていく自分を止められない。
アリーの呼気には快楽物質でも混ざっているのだろうか?
うん、男を一メートル以内に近づけてはダメだな。
犬もダメだ。足に縋り付いて腰でもふりだしそうだ。
猫だって……と、アリーの寝顔を見つめながら排除対象を広げていると、アリーが目を覚ました。
もう朝か。アリーの寝顔なら一晩中見ていても飽きないな。
朝から、あわあわしていて可愛いな。ちょっと意地悪して腰を揺らすと真っ赤になる。
相棒!お前の事も嫌じゃないってよ。
おいおい慣れてるとか言うな。
こんなに特別な時間は初めてだし、朝まで一緒に過ごした女なんていない。

ちょっといじめ過ぎたのか、雰囲気が変わった。
逃げ出したアリーを見送り、勃ったままのこいつをどうにかしておかないと踊れないのが残念だ。
一晩かけてアリーの腹の感触を相棒にしっかりと覚え込ませたのに、処理すると感触が消えてしまいそうで嫌だったのだ。


――三人目の使用人が引き返していく足音を聞きながら、朝ぶりに硬くなったこいつがアリーの腹の感触を覚えていることに安堵する。
脳みそもないのにやるじゃないか。
貴族名鑑を唱えておとなしくなった相棒と一緒に、やっと姉の書斎へ向かった。

ノックもせずに開けたので、睨まれたが
「昨日のテメーもそうだった」
と言えば、顔を歪めたが言い返して来なかった。
久しぶりの一勝だ。今日は良い日だな。
「アリーに全部話す」
端的に報告した。
「そう。やっと気持ちを告げると?」
やっと発言にムカつくが、これは事実だから反論すれば十倍に返って来る。
何も言わずただ頷いた。
「それから、この家で無駄に衣服を汚すのはやめなさい。変質者の弟を持った姉の気持ちがあなたには――」
ぐえっ!反論しなくても百倍になって返って来た。
「待て。悪かった。もうやめてくれ」
汚物を見る目をされ、今すぐ逃げ出したいが、どうしても姉に頼らないといけない事があるのだ。
「その、頼みが、だな、あってだな」
「鬱陶しいこと。サッサと言いなさい。私は忙しいの」
忙しいくせに、こんな壮大な茶番を考える時間はあるのかと突っ込みたいが、その壮大な茶番のお陰で、アリーと過ごす時間が増えて、気持ちを告げようと決心出来た。
「ムカつくが感謝している」
口角を上げ『にいぃ』と魔女の笑みを浮かべ
「当たり前だわ」
と言いやがった!!!

イライラを抑え、姉に紹介状を書いてもらう。金は有っても伝手がないと入れない高級店だ。
今まで用事の無かった場所だから、マーガレット以外に頼る相手が思いつかなかった。

 恥ずかしい思いまでして手に入れた紹介状を片手に、鍵の閉まった扉の前に立つ。
音もなく鍵が回り、指紋一つないガラス扉を開けた人物は、義兄の執事に雰囲気の似た有能そうな人物だった。
無言で紹介状を渡す。
サッと目を通し
「ようこそ、マクブラウン卿。お待ちしておりました。エドモンド侯爵夫人にはご贔屓頂いております」
にこやかにソファーに案内される。
お待ちしておりましただと?
壁際に屈強な警備員が三人。
ジャケットの前が開いているところを見ると、発砲することに躊躇しない奴らだろう。
なかなか良い人選だな。

テーブルに並べられた石を見て驚いた。
俺の瞳とアリーの瞳の色だ。
「どういうことだ、なぜこの色の石を?」
高級ジュエリーの主人は首を傾げ
「二年ほど前から、ブラックダイヤモンドとマクブラウン卿の瞳に似たルースを集めるようにと言われておりましたが、マクブラウン卿のご指示ではなかったのでしょうか?」
二年前ってアリーと出会って直ぐじゃないか。
あの時から姉はお見通しだったのか――――

「ブラックダイヤモンドも希少ですが、こちらのルースの方は頭を抱えました。オパールの一種ですが、水のように見え――」
店主がしゃべっているが、魔女の恐ろしさに、ちびりそうだった。

「こちらが一番近いお色ですかね」
手袋をした手で小さなトレーに石を移し、俺に差し出す。
水色に輝く宝石は確かに俺の瞳の色に似ている。
仕組みは分からないが、角度を変える度、中が金色にキラキラと輝くのだ。
「奇跡が重ならないとこのようになりませんので、世界でも――」
色々と言ってくるが、どうでもいい。
高かろうが安かろうが、アリーに似合う物で俺の色という事が重要だ。
デザイン案を見ながら、他にも何点か注文する。
「この三つは急ぐが出来るか?」

店主が不思議そうな顔になる。
「一か月ほど前に侯爵夫人から、先ほどのデザインの枠を作って、ルースを嵌めれば良い状態にしておくように指示があったのですが、相談されていたわけではなかったのですか?」
「……アリーの、いや、指輪のサイズも姉の指示か?」
「そうです。すべて侯爵夫人からすでにお聞きしておりました」
俺はアリーの指のサイズさえ知らなかったし、なんで俺の選ぶデザインも分かったんだよ。
「……あのぅ、なんだか申し訳ございません。秘密にするよう伺ってなかったので」
そりゃ店主も何がどうなっているのか分からなくて不安になるよな。
姉が魔女なだけだ。人の思考を先読みするのが趣味なんだよ。本当に悪趣味だ。
「いや、後で直す手間が無くなった。が……実の姉が怖い」
有能な店主も思わず頷きかけたのだろう。顎にグッと力が入った。
どうにか耐えた店主は商売のプロだな。
話の聞こえていた警備のプロ達は揃って頷いていたが。

「あのぉ言い難いのですが、実はもう一つ侯爵夫人から……」
おずおずと差し出してきたものを見て、あの魔女の考えそうなことだと納得した。
「そっちは適当でいい。あぁ適当に付けとけばいいさ。それとペンを貸してくれ」

 店の前まで見送られ、低くなった太陽に目を細める。
明日の朝には届けてくれるから、午後には告げよう。
第一弾だ。振られても良い。また、告げればいいだけだ。
久しぶりに感じる緊張をほぐそうと肩を回した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

2024年のトレンド 新生児に付けられた最新の名前とその背景

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

不完全防水

BL / 完結 24h.ポイント:227pt お気に入り:1

親友彼氏―親友と付き合う俺らの話。

BL / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:20

錬金術師の性奴隷 ──不老不死なのでハーレムを作って暇つぶしします──

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:184pt お気に入り:1,372

【R18】あんなこと……イケメンとじゃなきゃヤれない!!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:291pt お気に入り:59

進芸の巨人は逆境に勝ちます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:1

mの手記

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:944pt お気に入り:0

処理中です...