上 下
30 / 47

30

しおりを挟む
「本当に白雪姫そっくりねぇ」
六十一歳になるらしいランドルフのお母様は、さっきから何度もメルヘンな発言を繰り返している。

最後まで、二人で部屋で食べると抵抗していたランドルフは私の隣で不貞腐れている。
部屋にたどり着く前に、マーガレットが現れディナールームへと連行されてしまったのだ。
せめて、シャワーを浴びて着替えたかったが
「年老いた両親を待たせるのかしら」
そう言われては、わがままは言っていられない。
途中で顔だけは洗わせてもらい、涙の跡は何とか流せた。

ご両親と初対面した訳だが、どう見ても「年老いた両親」ではなかった。
六十三歳のお父様はランドルフによく似ていた。
騎士を引退してから領地でのんびりと農作業をしていると言っていたが、今でも領地の私設兵団と共に活動しているそうで、溌溂とした声の大きな人だ。
ランドルフと同じくらい背が高いが、体つきは父親の方が厚みがある。

母親は、すらりとした貴婦人だが、話し方がおっとりとしていて可愛らしい。
顔や体型はマーガレットとよく似ているが、常にニコニコと微笑んでいる所が全く違っていた。

四十二歳だと教えてくれた長男のトリスタンも、また父親似で、ランドルフがもう少し歳を重ねればこうなるだろうと思うほどよく似た兄弟だ。
こめかみの所には白いものが混じり始めているが、現役騎士らしい姿勢の良さと、長男らしく末っ子のランドルフをからかう様子が楽しそうだ。

長男の奥様のイザベルは、なんと女性騎士だそうだ。パリッとした騎士服を模したパンツ姿で、柔らかそうな金髪を、王都でもまだ珍しいショートカットにしている。
かっこよすぎて視線がついつい引き寄せられてしまう。
「姉と呼んで頂けるなら光栄です」と指先にキスを受けた時は鼻血が出るかと思った。

二男ニコラスは毎回不参加らしく
「ランドルフの結婚式には引きずり出さないとな」
先走った発言をする父親を誰か止めて欲しい。

父親の「パパと呼んでくれ」発言は、三兄弟が一斉に「「「気持ち悪い」」」と止めてくれたので助かったが、母親もママと呼ばれるのが夢だったとか言い出し「お父様、お母様、スタンお兄様」と呼ぶことでなんとか落ち着いた。
長男の奥様は喜んで「ベルお姉様」と呼ばせていただきますとも。

「本当に白雪姫ねぇ」
また同じ言葉をしみじみと言う母親の事は誰もが放置している。
「ランドルフも情けないな。マーガレットの手を借りないと付き合えないなんて、兄として恥ずかしいぞ」
ランドルフが家での立場が弱いと言っていた意味が分かった。
年の離れた末っ子が可愛いのだろうが、どうも一般的な愛情表現では物足りない兄姉のようだ。
今のはきっとおめでとうと言いたかったのだろう。たぶん。
マーガレットだってランドルフを心配したからこそ、こんな壮大な嘘をついたのだと思う。
かなり風変わりな愛情表現だけど。

当の末っ子には、長男からの愛情は伝わっていないようで、長男を睨みつけている。
「うっせぇ。てめぇも結婚するまで大変だっただろうが」
「何を言うんだ。僕はフェルナン義兄さんと同じぐらい行動力があるからね。すぐに好きだと告げただろ?」
ベルお姉様に甘い微笑を向けるが、お姉様は真顔で私に告げる。
「上司と恋愛は無理だと何度も断ったんです」
「ほらな。三百回目にしてやっと付き合ってもらえたくせに。俺は一発でアリーと付き合えたからな」
三百回……ちょっと執念を感じる。
「二年掛かったランドルフと違って、僕は一年も掛からなかったからね」
ほぼ毎日告げたのだろうか。ベルお姉様は大変だっただろう。
この兄弟の話は聞こえないふりをしよう。
真面目に聞いていると常識が歪められそうだ。

「マギーもベルも大切な娘だけど、可愛いタイプとは言えないでしょう?だから可愛いお嫁さんが来てくれるのがうれしいわぁ」
思わずマーガレットの方を見てしまったが、我関せず食事をしていて胸をなでおろす。
「マギーは誰に似たのか未だに謎だな。なんでこうなっちまったんだろうなっ。まるで魔女だからな、魔女!ガハハハッ!」
お父様、その魔女に呪われないといいですね……
「義父様、マギーを魔女だなんてとんでもない。僕の奥様は世界一美しく聡明なので、凡人の僕達とは違う場所にいるだけですよ。マギーは神から与え――」
この部屋にいる誰も、フェルナンの意見に賛同していないにも関わらず、マーガレットがいかに素晴らしいか、一人興奮し熱弁を振るっている。
このメンバーの中では、まともな方だと思っていたのに。
褒められている当人は、興奮する旦那様をちらりとも見ないで、無表情のまま食事をしている。
「優しいマギーはランドルフ君とアリーさんの事も大層心配していてねぇ。夜も眠れないくらいだったんだよ」
この部屋に入ってから、ずっと苦虫をかみ潰したような顔をしていたランドルフが
「夜中に寝ないで呪いでも掛けてたんじゃねえのか」
と言った瞬間にマーガレットが扇子をバッと開いたので、思わずビクついてしまった。
「アリー、この子の初恋は白雪姫でしたの。絵本の中のお姫様に恋をしておりましたのよ」
それでお母様が白雪姫を連発していたのか。
でも、そんな可愛い頃があったなんて、今のランドルフからは想像できないな。
「てっめぇ!……アリー、子供のころの話だ」
「実家の人間は皆知っておりますの。家族だけじゃなく庭師までもね」
「お前が広めたんだろーが!」
子供の頃の可愛い話だと思うけど、ランドルフにとっては黒歴史なんだろうな。
「マギーは歳の離れた愛らしい弟の話をするのが大好きだからね。エドモンド侯爵家でもみんな知ってるよ」
フェルナンの爆弾は見事にランドルフに命中し放心状態に追い込んでしまった。嘘だろと呟きながら目が逝っている。
意外と話好きだと発覚したフェルナンが大層良い笑顔で続ける。
「みんなマギーの話を聞くと、小さなかわいい男の子を想像するのに、実物のランドルフ君を見ると鋭い目つきの大男だから驚くんだよ」

このメンバーの中で言葉を発すると、災いの元になりそうだと察知し、笑顔で貝に徹していたのだけれど、さすがに集中砲火を受けているランドルフが可哀そうで、一緒に恥ずかしい思いをすることにした。
「私の初恋はドラゴンを倒す騎士様でした」
ちょっと恥ずかしくてうつむいてしまったが、お父様とお母様の可愛いわねぇという声に救われ
「私も同じですよ。ただ、助け出されるお姫様じゃなくて、騎士に憧れてドラゴンを倒す方を目指してしまいましたが」
ベルにも助けられた。

が、ランドルフはなぜか私を睨んでいる。
恥ずかしい思いまでして、話を逸らしてあげたのに何で睨むのよ。

なんとか夕食が終わり、部屋を移動してお酒でも呑みましょうと誘われたが、不機嫌なランドルフに連行された。
正直、あのメンバーでお酒を呑むよりはいい。
良い方達だし、仲良くなりたいと思うけれど、馴れるまでは少人数で会いたい。
集まると個性が強すぎて、シラフでも船酔いのようにくらくらしてしまうわ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

側妃に最愛を奪われました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:610pt お気に入り:473

風ゆく夏の愛と神友

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1

川と海をまたにかけて

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

チェンジ

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

十年目の恋情

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:41

せっかく時が戻ったので、旦那様含め断罪します!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:198pt お気に入り:202

結婚して二年、愛されていないと知りました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:745pt お気に入り:796

処理中です...