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 メイド二人がかりでコルセットを絞められている時、マーガレットが部屋に来て、所長夫妻も招待しているし親しい間柄の人ばかりだから緊張する必要はないと教えてくれた。
食事中に落としたナイフがランドルフの足に刺さろうが、ダンス中にランドルフを蹴り上げようが堂々としていろと励ましてくれた……のだと思う。まさか、緊張したふりをしてナイフを落とせって指示じゃないよね?

 ランドルフにエスコートしてもらいながら晩餐会場へ入ると、一斉に注目され足がすくむ。
親しい間柄ってどこまでよ。多くても二十人位だと思ってたのに、百人近くいるんじゃないだろうか。
ランドルフの腕に手を掛けていなかったら回れ右して逃げ出していただろう。
足を動かすことだけに集中して座席までたどり着くと、ランドルフの家族と所長夫妻に囲まれていてマーガレットの配慮に感謝した。

 フェルナンのマーガレットを褒めたたえる挨拶のあと晩餐会が始まる。

マーガレットが部屋に来た時に、侯爵家の二人の息子達の内、普段は寄宿舎で過ごしている十六歳の二男アルバンが出席すると言っていた。
エドモンド侯爵夫妻の性格を考えると、アルバンはどんな人物だろうと興味が湧いてしまい、マーガレットに尋ねてみると、花の好きな鳥のような子だと言う。
ちょっとマーガレットの性格が分かって来たので、ランドルフの時と同じパターンだと察知した。
白雪姫の話を何度も読んで欲しいとせがんだ子供と、今のランドルフが結びつかないように、小さくて愛くるしい姿を想像していると、実際のアルバンを見て驚くことになりそう。引っかかりませんよ!

 好奇心に負けて上座を見ると、フェルナンの隣にどことなくマーガレットに似た若い男性が座っている。きっと彼がアルバンだ。
マーガレット譲りの整った顔だが、はっきりとした二重のマーガレットと違い、一重瞼の目が鋭く見える。鳥は鳥でも猛禽類だった。
マーガレットの独特の表現方法を鵜呑みにしてはいけないとつくづく実感した。
「誰を見ている?あぁ、マーガレットの二男アルバンだ」
「マーガレット様からアルバン様は花の好きな鳥のような子だって聞いていたのですが……」
少し悩んで
「見た目は鷹か鷲だろ?ありがたいことに性格は両親に似ていない。マーガレット二号とか勘弁だからな。そういえば、あいつが子供のころ暇さえあれば庭に咲く花を見ていたな」
見た目と違って、自然を愛する穏やかなタイプなのかもしれない。
「甘いものが好きだったが、マーガレットに菓子を食べ過ぎるなと言われてたんだよ。それで、蜂蜜は花から取れるだろ?だから花をそのまま食っても甘いんじゃないかと見ていたんだと」
あんまり触れちゃいけない話だったわ。きっと個性的な家族にふさわしい、突出した個性をお持ちの子なのだろう。

「ごめんねぇ、アリーちゃん。マリアンにどうしても協力するように言われちゃってさぁ」
久しぶりに聞く所長の間延びしたしゃべり方に安らぎを感じるとは自分でも驚きですよ。
あぁ日常が恋しい。斡旋所で書類と格闘して、所長の渋い紅茶が飲みたい。
今日と明日さえ乗り切れば、あの狭い我が家に帰れるんだわ。
美味しい食事は恋しくなるだろうけど、自宅なら、繊細過ぎて割ってしまいそうな食器も無いし、コルセットもつけなくていい。
「ふふっ。でもうまく行ったでしょ?ランドルフだけに任せていたら、アリーがおばあちゃんになっちゃうわ」
マリアンにお礼を言うべきか恨み節を言うべきか迷っていると
「うまいぞ。これ好きだろ?」
ランドルフがフォークに刺したサーモンを差し出してきた。
えーっと、あーんで食べろって事よね。マナー違反じゃないのかな。
とりあえず自分で食べると無難な断り方をすると、あっちを見てみろと言うように前方を顎でしゃくった。
つられて前を見ると、伯爵家の二組の夫達がせっせと妻の口に食べ物を運んでいる。周りも慣れているのか注目していない。
「我が家では普通の事だ。口を開けろ」
サーモンを放り込まれた。スモークの風味が広がり、とろりと溶けた。うーー美味しい!
「俺にも食わせろ」
と言われ食べさせたものの、これは意味があるのかと疑問に思う。
だって、自分の皿の分を自分で食べる方がスムーズじゃない?変なの。
「あらら、ラブラブねぇ。あのランドルフが随分と変わるものね。あなた、私にもサーモン下さいな」
所長達もイチャイチャしながら食べさせ合っているから、付き合い始めるとこういう行為も必要なんだなと学んだ。


 ランドルフはいつもと違う髪型が気になるのか、しきりに首の後ろを触っている。
もしかして髪の毛が肌を擦っているのかもしれないと思い、見てあげると声を掛けようとした時、強い視線を感じた気がした。
向かい側の下手の席からスッと視線を流したが目の合う人物はいない。

ランドルフはまだ首を触っている。
「首がどうかしました?見ましょうか?」
「違う、ゾワゾワするんだ。さっきから落ち着かない。今日はマーガレットの知り合いばかりだが気を抜くな。俺のそばに居ろ」
斡旋所に来るおじ様達が何度も救われたと言っていた、ランドルフの勘を軽視するつもりはない。
「わかった。ランドルフから離れない」
きっぱり言い切ると、顔を赤くし片手で目を覆ってしまった。
だが、また視線を感じてそちらの方に気を取られた――――
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