【完】白雪姫は魔女の手のひらの上で踊る

三月ねね

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 コルセットは苦しかったが、知り合いに囲まれた席のお陰で、料理を味わう事が出来た。
緊張がほぐれると、周りにも目がいくようになる。
多くの招待客がマーガレットと同世代のご夫婦のようだ。その子供達も何人か出席していて、近い席に座る二十代前半の綺麗に着飾ったお嬢さんがランドルフをちらちら見ていた。ちょっと嫉妬するけど、素敵な人がいればついつい目が引き寄せられるものだよね。

ランドルフを見る。
ため息が出る。
「ん?どうした?疲れたか?」
首を振りながら、これは仕方ないと納得する。
いつにもましてカッコいい。
ビシッと決めた姿は貴族そのものだが、鍛え上げられた肉体が野性を感じさせ、瞳からは甘さが溢れ出ている。
三つの要素を併せ持つとか超人ですか。一つ分けて下さい。
普段のランドルフを見慣れている私でも涎が垂れそうになるほどセクシーだ。
ランドルフに免疫のないお嬢さんが、ついつい見てしまうぐらいは可愛いものだろう。
こんな良い男がちんちくりんとセットでいるのだから、ちんちくりんを睨まない彼女は非常にお行儀がよい。

気を取り直して、デザートを食べながらランドルフの家族と話をする。
ランドルフを程よくからかいながら話に花が咲く。

ベルお姉さまは、流行最先端の足首の見えるシンプルなドレスを着こなしている。
「アリーは見た目も性格もかわいいです。守ってあげたくなりますね。義妹として周りに紹介できる日が待ち遠しい」
ズキューンと胸を撃ち抜かれた。
頭の中でハートが狂喜乱舞していると、若いお嬢さんがアッと短く声を上げた気がした。
私の唇から、チュと音を立てて離れたのはランドルフの唇だ。
「浮気すんな。俺だけを見ていろ」
今度こそ、頬を染めたお嬢さんがキャッ!と小さく叫んだ。
こんなに人のいる所でキスするなんて!
思わず鉄骨扇子を握りしめてしまった。

「ランドルフ君、余裕がないねぇ。斡旋所でも周りを威嚇しまくりで笑えたけどね」
「同性にまで嫉妬するなんて異常よ。アリー、こんな事がこの先続くのよ。本当にランドルフでいいの?」
そう言うあなたの夫は、孫にまで嫉妬してますよ。
マリアンの言葉にランドルフのご家族が参戦する。
「ランドルフは斡旋所にお婿に出して、アリーちゃんを我が家のお嫁さんにもらうのはどうかしら?」
斡旋所と結婚って……お母様は結婚制度を壊すつもりだ。
「ニコラスが余ってるんだから、ニコラスと籍だけ入れたらいい。とりあえず法律的には問題ない」
お父様は二男に乗り換えろと言っている。
「二男も三男もどっちもどっちのポンコツだ。親父達の養女にしたら、ベルの希望通り義妹に出来るだろ?」
長男は弟達を切り捨てた。

「……我が家に嫁いで来れば良いのでは?」
上座から聞こえて来た声は、小さいけど良く通った。
扇子で隠していない口元が、はっきりと弧を描いていた。
「マーガレット、馬鹿なことを言うな」
会場にいる各々が会話していたはずなのに、今は皆がランドルフとマーガレットに注目している。
「アリーに歳の近い息子が二人。我が家は侯爵家。うちの息子達の方がお買い得物件ではなくて?」
単なる気まぐれ発言なのか、また、何かを計画しているのか判断が付かない。
ランドルフがマーガレットの真意を探ろうとじっと見つめているのがわかる。

「僕の奥様も娘にしたいほどアリーさんを気に入ったみたいだね。でもマギー、僕達みたいに愛し合う者同士が結婚しないとね。もちろん僕は今でもマギーを愛しているよ。誕生日おめでとう。僕の愛が詰まったプレゼントを受け取ってくれるかい?」
フェルナンの言葉に招待客がマーガレットにお祝いを言い、食事を終えた人達が贈り物を手に席を立つ。
空気をがらりと変えたフェルナンに侯爵家当主としての手腕を見た。
「あ、プレゼント……」
侯爵家に来てから、目まぐるしく変わる事柄に手一杯で、誕生日だというのに贈り物の用意をしていない。
それどころか、マーガレットからドレスや装飾品まで頂いている。
私の収入では大したものは贈れないが、それでも感謝の気持ちを込めて何か用意しておくべきだった。
「大丈夫だ。俺との連名で用意してあった」
用意してあった?
「どういうこと?」
ランドルフが内ポケットから出した、長方形の箱を眺める。
詳しく話を聞くと、ネックレスを買いに行ったお店で、マーガレットが愛用している鉄骨扇子を見せられ、埋め込む宝石を選ぶだけになっていたそうだ。
『いつまでも美しい姉に愛をこめて。あなたの下僕ランドルフ&アリー』
マーガレットの字でメッセージまで書かれていたらしい。
話が聞こえていた伯爵家家族も所長夫妻も大笑いだ。

無理やり『あなたの下僕』には二重線を引いたが、直接箱に書かれたメッセージに、箱を潰す訳にもいかずそのままにするしかなかったと、悔しそうに言う姿に私も笑ってしまった。
「お前は払わなくていいからな。これは仕事だ。お前の分は経費で落とせ」
「おいおい、ランドルフ君。そんな高価な物は経費で処理出来ないよ」
「どうせあの魔女から斡旋所に報酬が入るんだろ?魔女にアリーを売ったんだから落とせ」
黙った所長を見るに報酬は入るらしい。
所長達に売られたとまでは思っていないし、自分で支払うつもりだが、金額次第では少し斡旋所に立て替えてもらわないと厳しいかもしれない。

 マーガレットの前に並ぶ行列が途切れたので、所長達と一緒に立ち上がる。
マリアン達は繊細なレースで出来た紺色のベールを渡す。
「またアリーの誘拐ごっこをする時は、これを被って斡旋所に来てね」
なんて怖い事を!もう連れ去るのは勘弁してほしい。
私達の順番になり、ランドルフが無言で差し出した箱をフェルナンも覗き込む。
「メッセージの一部が消されているね。でもマギーの好みにぴったりだ」
それはそうだろう。本人が選んだのだから。
全て分かって言っているだろうフェルナンもなかなかの腹黒だ。
無言で渡し、そのまま席へ帰ろうとするランドルフに引きずられながら、マーガレットの方を振り向き告げる。
「お誕生日おめでとうございます!」
マーガレットの口角が少し上がったように見えた。


 立った流れで、隣接するダンスホールに人が移動し始めたので、私達も後に続く。
近くにいたご婦人に話しかけられた。
「素敵なドレスね。そこのレースは私も愛用しているの」
白いシルクに縫い付けられたレースに目を止める。
あぁ、なんてこと!気が付かなかった!
「なかなか手に入らないけど、待ってでも手に入れたいと思える品だものねぇ」
マーガレットの気遣いに泣きそうになる。
「ありがとうございます。これは母の編んだレースです」
ランドルフの腕が揺れる。驚いたのだろう。
このパターンは間違いない。母と私以外でこれを編める人を知らない。
代々伝わって来たパターンだから、途絶えさせるつもりはないが、レース編みで商売はしていない。手が空いた時にだけ母が編んでいる。
「まぁ、ジャネットの娘さんなのね。そういわれたらジャネットにそっくり。二十一歳の孫がいるのだけどお嫁に来ない?ジャネットの娘さんなら大歓迎だわ」
「メイシーおばさん、ただでさえライバルが多いんだ。これ以上増やさないでくれ」
ランドルフが苦々しい顔をしながら、また首の後ろに手をやる。
「残念だわ。息子に似てハンサムなのよ。急な仕事さえ入らなければ、今日連れて来るつもりだったのに。実際に見たらうちの孫を選んでもらえたかもしれないでしょう?」
「だめだ。アリーは俺の嫁になる。おばさんの親戚になることで我慢してくれ」
「仕方ないわね。アリー、ランドルフに飽きたら孫の事を思い出してね」
私の手を握ってから去って行った。
「なんというか、ランドルフの血縁者って個性的な方ばかりね」
「親戚が集まる時は、結婚式だろうが葬式だろうが、主役より招待客の方が目立つ」
故人について賑やかに語る葬儀を想像して、しんみり送られるより私は好きだなと思った。
ランドルフに胸元のレースを撫でられ、体温が上がる。
「驚いたよ。アリーのお母さんの腕は見事だな。チューリップか?」
「そうよ。母はチューリップの花言葉の『思いやり』が好きで、刺繍もチューリップを刺す事が多いの」
「お母さんの性格がよくわかるな。でも、マーガレットの奴、俺より先にアリーのお母さんに会うなんておかしいだろ」
いつか二人で挨拶に……そんな日が来て欲しい。
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