【完】白雪姫は魔女の手のひらの上で踊る

三月ねね

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 マーガレットが短い挨拶を終えると楽団が演奏を始めた。
ゆったりとした曲だ。この曲は踊れない。
主役夫婦が踊り出し、何組かの年配のご夫婦がそれに加わった。

次の曲になり、ランドルフが跪く。
「アリー、俺と踊ってくれるか?」
そのために練習したんじゃないの、と頭の中で憎まれ口をたたく。
そうでもしていないと小さい頃に夢見ていたようなシーンに泣いてしまいそうだったから。
母の編んだレースにそっと触れ、差し出されていたランドルフの手を取る。
ホールの中央に進む一歩一歩を記憶に刻み込むように歩いた。

見つめ合ってから、ゆっくりと踊り出す。
ランドルフと一体になったように、足が自然にステップを踏む。
ふわりと舞った赤いスカートが目の端に映ったが、ランドルフの甘やかすような優しい瞳から目が離せない。
夢のような時間に自然と笑顔になる。
色々あったがマーガレットに感謝があふれて来る。
彼女のお陰で今この時を体験できているのだから。

 短いような、長いような曲が終わる。
見つめ合ったまま挨拶をして、ふわふわとした気持ちのまま所長達の所へ戻る。
「素敵だったわ。火傷しそうな二人に見惚れちゃったもの」
「結局アリーちゃんのあの表情を引き出せるのはランドルフ君だけなんだねぇ」
「とっても可愛かった。上手に踊れてたぞ。さすが俺のアリーだ」
ランドルフが甘く褒めてくれる。
私達と交代するように踊りに行った所長夫妻を見ながら、もう一曲踊れたらよかったのにと思う。
「アリー、なにか飲んだ方がいい。ここで待っていろ」
言われて初めてのどが渇いていることに気が付いた。
軽く汗もかいたかもしれない。
「お手洗いにお化粧直しのパウダーを用意してくれているの。ちょっと行って来ていい?」
「一人ではだめだ。一緒に行く」
一息つきたいし、女性用化粧室の前にランドルフを待たせたままでは落ち着かない。
「すぐそこだし、ダンスの練習中にも使っていた場所だから迷わないわ」
納得はしていない様子だったが、渋々許可をもらえた。


 扉を出て左へ向かう。突き当りが中庭だ。そこを右に曲がるればすぐに化粧室がある。
いつもは電灯を灯しているのだろうが、今夜は等間隔にロウソクが置かれ、ぼんやりと浮かび上がる中庭が幻想的な雰囲気だ。
化粧室に入ろうと取っ手を引いた瞬間、強く風が吹きロウソクが消えた。
心細くなり振り返ると、中庭に面した通路のロウソクは消えているが、ダンスホールに続く廊下の明かりが見えてホッとした。
月が明るいし、廊下までは数メートルしかない。
それに化粧室の中は電灯が付いていたので安心して明るい中へと足を踏み入れた。

良かった、崩れていない。パウダーはやめてハンカチで軽く抑えた。
ハンカチにもチューリップの刺繍がしてある。これも母が刺してくれたのだろう。
手を洗い、コルセットに許されている範囲で深呼吸した。
想像していたより楽しんでいる。
所長夫妻がいることも大きいが、母のレースを身に付けていることも心強い。

 前向きな気持ちになり、ロウソクが消えていたことを忘れ、明るい化粧室を出た。
月の隠れた真っ暗な空間に焦る。
化粧室の明さに慣れていた目が、弱い光を拾ってくれない。
一旦、化粧室の扉を開けようと、後ろに伸ばした手を誰かに捕まれる。
「ひっ!」
心臓がバクバクうるさい。
お願い、ランドルフであって!
「ランド――」
「しっ!騒がないで」
聞こえて来た声は、ランドルフより少し高い声だった。
とっさに男と反対方向を見る。
明かりを捉える。廊下はすぐそこだ。
足を踏み出した途端、ウエストを捕まれ男の方に引き寄せられ、叫ぼうと大きく息を吸った時
「僕の事を覚えていない?」
困ったような声で尋ねられ、叫ぼうとしていた声が口の中で消える。
「誰?暗くて顔も見えないのにわかるわけないわ!」
「あ、そっか。なんでこんなに暗いんだよ。危ないなぁ」
間の抜けた返事に脱力しそうになるが、まだ気を抜くなと自分を奮い立たせて、持っていることを忘れていた扇子を握りしめる。いざとなったらこれを振り上げよう。
「あの、明るい所で話しましょう。向こうの廊下に戻れば――」
「ごめんね。あっちに戻す訳にはいかないんだ」


 抵抗すべきなのかもしれないが、お酒の匂いもしないし、引かれている手が優しい。
振り払える程度に繋がれた手は、ただ暗い道を進むために繋いでいるのだろう。
暗い中、確信をもって歩いている。
隠れていた月が出て来て、前を行く人のシルエットが浮かぶ。すらりと背が高い。
月が雲から完全に出て、男の髪が輝く。
金交じりの明るいブラウンの髪色で誰だか分かったが、こんなことをする理由には思い当らない。
今日初めて会ったはずだ。
庭に面した通路から外れ、電灯の灯った廊下に出た。
暗い中をダンスホールと反対側に来てしまったので、ここがどの辺りか見当がつかない。階段を上がり奥へと進んでいく。彼がこの邸宅を知り尽くしているのは間違いない。
壁の絵に見覚えがある。初日に見た、光の捉え方が素晴らしい絵だ。
「扉は開けておくから、怖がらないで」
ここまで来る間、使用人を見かけなかった。会場の方に人手を集めているのだろう。
誰も通らないのなら、扉を開けていたって意味がない。

「うーん、ちょっと待って」
躊躇しているのに気が付いた彼が、庭に面している廊下の窓を開け、下にいる誰かを呼ぶ。
初日に通った使用人専用のドアから騎士服を着た男女が現れた。
「僕が彼女に無体な真似をしないように、ドアの前で見張っててくれる?」
不思議そうにしていたが、ドアの前に立ってくれた。

先に部屋に入った男について行く。
「アリーさん、びっくりさせてごめんね。母にもお前は考えなしに行動しすぎるとよく叱られるんだ」
鋭い目つきを下げる姿は、猟犬が尻尾を下げて反省しているようでどうにも憎めない。
「アルバン様ですね?フェルナン様とマーガレット様のお子様の」
「しまった!自己紹介も忘れてた」
身長は高いが、頭をかく姿が十六才らしくあどけない。
「エドモンド侯爵家の二男、アルバン・リットンです。アリーさんは覚えていないでしょうが、前にもお会いしました」
顔をじっくりと見ても以前に会った記憶はない。
「あー、あんまり見つめられると照れます。前の時も驚かせてしまったのに謝ることが出来なかったので、きちんと謝りたくて――」
そこまで聞いた時に、廊下から声が聞こえて来た。
「止まって下さい!」
「アリー!!!!」
ランドルフの声だわ。
「あーあ、早すぎるよ。まだ、なんにも話せてないのに」
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