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――あのね、始まりは二年前なんだ。
寄宿学校が長期休みに入って、寄宿舎から出なくちゃいけなくなったんだ。
僕の通う寄宿学校は、進級する時の休みが一般の学校より長いんだよ。
だって、新入生が引っ越してくる前に、部屋の修繕を終わらせないといけないだろ?
男ばっかりの寄宿舎は一年もあれば色々と壊れるからね。
他の休みの時は寄宿舎にとどまってもいいんだけど、学年が変わるこの休みだけは、外部の人間が出入りするから、事故防止の為に生徒全員が追い出されるんだよ。

その頃の僕は成長期が来て、背も伸びて声も変わり始めた。
学校でそれなりに人生経験を積んだ気でいたんだよ。もう大人になったと思い込んでいたんだ。
今、振り返るとちょっと恥ずかしいくらい、気が大きくなっていたんだ。
だから、父さんに『休みの間、冒険してきます』って手紙を出したってわけ。
ちょっと、おじさん笑わないでよ。アリーさんも我慢してるのバレバレだからね。
もぅ!誰だって大人ぶる時期ってあるだろ?

それで、憧れのランドルフおじさんみたいに色んなところに行って、自分でお金を稼ぎながら過ごす事にしたんだ。
おじさん、その涙は僕に憧れられた嬉し涙だよね?笑い過ぎで泣いてるんじゃないよね?
もういいよ。話を進めるからね。

家に帰る友達の馬車に乗せてもらって、ちょっと離れた町で降ろしてもらったんだ。
それで、その町の職業斡旋所に行って仕事を探したんだよ。
でもまぁ、背が伸びても十四歳の子供がもらえる仕事なんて……ね。
可愛いワンちゃんのお散歩とか、庭の草むしりだよ。冒険のはずが子供のお手伝いだよ。
収入も子供のお駄賃なわけで、宿代どころか食事代だけで赤字でさ、アリーさん!慈愛の目で見ないでよ!おじさんは……ふんっ!笑い過ぎてお腹が痛くなればいいさ。

で、お小遣いが底をつく前にこっちに帰って来たのは正しい判断だったと思うけど、手紙に冒険とか書いちゃったから、家に帰りづらいったらないだろ?
そこで、あ・こ・が・れ・の!ランドルフおじさんに頼ろうと思って、取り合えず一泊だけ宿を取ってから、おじさんの働く斡旋所に行ったんだ。
そしたら、とっても可愛い女の子が受付に座っているじゃないか。
同い年くらいに見えたから、職員の子供が休みの間お手伝いをしていると思ったんだ。
アリーさんは、僕の初恋で一目惚れだったんだよ。
うー、めっちゃ照れる。
おじさん、今、僕の事を気持ち悪いって言った?
仕方ないだろ、本人が目の前にいるんだからモジモジしちゃうよ。

翌日から、おじさんの所に転がり込んで仕事を紹介してもらうつもりだったんだけど、アリーさんに会った途端、おじさんの事はどうでもよくなったんだ。
で、アリーさんに声を掛けようと帰るのを待っていたんだ。
落ち着くところでゆっくりお話ししたいなと思って、宿に誘ったんだけど、びっくりさせちゃったみたいで……。
うん、おじさん。今ならわかるよ。でもあの時はその誘い方はまずいってわからなかったんだ。
男の人が気軽に女の子をお茶に誘っているのを見たことがあったから、僕としてはそんな感覚だったんだよ。
実際やってみると、めちゃくちゃ緊張したけどね。

アリーさんの抵抗する声で、今日来てた男の人と……へぇ、あれが所長さんなんだ。あと熊みたいにデッカイ人が飛んできたんだ。
アリーさんは、女の人に連れられて直ぐ斡旋所に入って行ったから、この辺の話は知らないかもしれないけど、二人に殺されるんじゃないかと思ったよ。
きちんと丁寧に、仕事を探しに来たんだけど、さっきの女の子に恋をしちゃったって説明したんだ。
二人には子供だってバレてたと思う。だから許してもらえたんだろうけどね。変声期で安定していない声だったし、背は伸びてもまだ骨格は出来上がっていなかったからなぁ。
そういうのって男同士だとわかっちゃうよね。
まぁ、しこたま怒られたし、女性がそんな風に声を掛けられたらどう思うか説明された。
アリーさんを怖がらせちゃったし、僕が、その、せ、性的な誘いをしたと、思われたし、と、とにかく申し訳なさと恥ずかしさで、パニックだったよ。

「アルバン、お前ほんとに後先考えないよな」
「うん、今でも母さんに言われるよ。今回も二年前の事を謝りたかったんだけど、また驚かせちゃって……」
しょんぼりしたって駄目だ。アリーを怖がらせたことはしっかり反省してもらわないと。
それに恋したってところも気になる。憧れの俺が直々に尋問してやろうじゃないか。

「まだ言ってない事があるのでは?」
「うわっ!母さんいつから居たの!?えーどれのこと?」
どれって事は複数あるのか。自白してくれてありがとよ。このアホめ。
「母さんが僕に監視を付けていて、全部知られていたこと?」
「監視ではなく護衛ですよ。報告はさせていましたけどね」
マーガレットの「さあ、言え」の重圧に負けて渋々アルバンが口を開いた。
「ほんと公開処刑だよ。なんで親とか叔父の前で……あのねアリーさん、気持ち悪いだろうけど聞いてくれる?」
小さく頷いたアリーが可愛い。コクリと頷く姿が可愛すぎる。アルバンに見せたくない。
「実はその後も、アリーさんを見たくて、何度か斡旋所に行ったんだ」
「てめーっ!甥っ子だろうが、アリーに付きまとう変態は生かしておかねぇ!」
「それなら、まず自分を殺しなさい。まだ純粋なこの子とあなたとではどちらの方が変態かしらね?あなたの部屋の壁がどうなっていると言っていたかしら?」
ぐっぅ!ブーメラン!
「こっそりと見に行くのは気持ち悪いって自分でもわかっていたんだよ。だから謝りたいと思っても、嫌われるのが怖くて話しかけられなかった。だって、まだ、アリーさんの事、好きだったんだよ……でも、母に言われたんだ。一方的な想いは許されても、一方的な行為は犯罪だって。それでやっと僕の行動が気持ち悪いじゃすまない行為だってわかったんだ。本当にごめんなさい」
「……アルバン君、ありがとう。謝罪も受け入れます。あなたにとって純粋な想いだったってよくわかったわ。でも……私はあなたの叔父さんの事が大好きなの」
ぎゅっとアリーを抱きしめて、チュッとキスもお見舞いしてやる。アルバンの目の前で。
「盛りの付いた犬ね」
「もーおじさん、失恋ほやほやの甥の前でやめてくれる?あーーーっ心が痛いっ!」
ふんっ!知るもんか!
「アリーは俺のだ。甥だろうが、王子だろうが譲らねぇ」
「ランドルフおじさんと同じ人を好きになるなんて思わなかったよ。でも今日の二人を見たらもう負けだと実感したや。母さんは、僕にちゃんと謝罪してふられて欲しかったんだよね?」
「ふられて欲しかったとは違うわ。アリー次第ですからね。あなたが正々堂々とアリーの心を掴んでいたなら、ランドルフから二人を守りましたよ。二年もの間どちらも気概を見せないのだから、情けなくて腹立たしかったわ」
俺もアルバンも何も言い返せず床を見つめていたが、先に立ち直った俺がマーガレットの矛盾をついてやった。
「お前の一方的に監視を付ける行為も反省したらどうだ」
「あなたは一方的にアリーの隣に引っ越したでしょう?謝ったのかしら?」
それを言われると辛い。しかも聞き耳まで立てていたわけだし。
「まぁいいわ、せいぜい長生きする事ね。うちの血筋は粘着質な人間が多いでしょう?早死でもしようものなら、アルバンの敗者復活も――」
「俺は百まで生きる!」
アリーを抱きかかえたまま部屋まで走って帰り、扉に鍵を掛けた。
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